Kiss in the Moonlight

 Story=02-----04
一泊では勿体無いほど、最初の町は賑やかな良いところだった。
連泊したいような名残惜しさがあるが、目的のある旅であるから仕方ない。
町を離れると、景色はのどかな田園が広がる。
初めは鮮やかな緑に、目も心も癒されていたものだが、ずうっとそれが続くと退屈感も出て来てしまう。

「これから先は山道に入りますから、少し馬車が揺れるかもしれません。」
馬車などの行き来が多いため、比較的整った緩い山道ではあるが、坂道や砂利道がところどころにあるので、完全に平坦とは言えない。
「気分が悪くなりましたら、休憩しますのでおっしゃって下さいね。」
「はい、わかりました」
あかねが返事をしてから間もなく、ガタンと少し馬車が傾いた。


ゆっくり山を進んでいくと、時折他の馬車と行き違うことがあった。
舗装された大きな道は別にあるが、ここは王宮に一番近い山なこともあり、山間部の町や村に住む者は頻繁に近道しているようだ。
「あかね殿、大丈夫ですか?少し揺れましたが」
「平気です、これくらいなら。」
心配して声を掛けた永泉に、あかねは笑顔で答えた。
表情からは疲れも見えないし、次の村に到着するまでは問題なさそうだな、と永泉も鷹通も安心した。
しかし、その隣にいる彼は…というと。
「友雅殿、お休みのようですね」
あかねの隣に座っている友雅は、彼女に少し寄り掛かるようにして、腕を組んだまま目を閉じている。

「横になって頂きましょうか?」
「そうですね。夕べぐっすり寝られなかったんだと思います。」
ひとつしかないベッドを、自分が占拠してしまったから。
すぐに起きられる方が良いとか、半分は本音でも半分は口実だったに違いない。
「友雅さん…?ごめんなさい、起きてくれます?」
彼が気がつくように、あかねはそっと友雅の肩を揺すって声を掛けた。
「ああ…ごめん。何かあったのかい?」
「いえ。友雅さん眠そうだったから、横になったらどうですかって鷹通さんが。」
薄手の毛布を取り出した鷹通は、それをあかねに手渡した。

「山道を進んでいる最中だから、揺れて寝付きは悪いかもしれませんけど…。でも、夕べのソファよりはマシでしょう?」
山を越えるには、もうしばらく時間は掛かるし。
それまでは用事もないから、身体を休めるなら今のうちだ。
「じゃあお言葉に甘えて、少し横になるよ」
「そうして下さい。」
あかねがはい、と差し出した毛布を広げた友雅は、幌の奥に移動した。
続いてあかねもまた、彼の移動する方へ向かう。
出来るだけ離れないようにするのが、友雅とあかねのきまりでもあるから。

「あかね殿、ひとつお願いがあるのだけど」
お願い?
「枕の代わりに、君の膝を貸してくれないかな?」
「なっ…友雅殿!あかね殿に何てことをっ…」
思いもよらない彼の申し出に、鷹通は動揺せずにはいられなかった。
もちろん鷹通だけではなく、永泉やイノリたちも驚きを隠せない。
上級巫女候補という特別な存在の彼女に、膝枕を頼むだなんて…とんでもない!
普段彼が相手をしている女性たちと、同じように扱われては困るというのに。

だが、それよりも驚いたのは、あかねの反応だった。
「……良いですよ。それくらいなら。」
「ええっ!?おまえっ、良いのかっ!?」
イノリは驚いて身を乗り出したが、あかねは全く動じていなかった。
「だって、夕べは私がベッドを借りちゃったおかげで、友雅さんは眠れなかったんですもん。お詫びに膝枕くらい、何でもないです。」
そう言われると、返答に困ってしまうのだが…。

「有り難う、あかね殿。では甘えさせてもらうよ。」
他の面々が戸惑っているのも知らず、友雅はあかねの言葉にその気になった。
差し出された細い膝に、遠慮もなく頭を乗せて横になる。
「ふふ…少しばかり、良い夢が見られそうだ」
「そうですか。ゆっくり休んで下さい」
友雅は軽くうなづいて、そのまま静かに目を閉じた。



馬を引いていた頼久が、とあるところで急に手綱を引いて馬車を停めた。
「あ?どうしたんだよ頼久」
天真が声を掛けると、彼は馬車から下りて、山道の隅に置かれていた石像のところへ歩いて行った。
凝視している頼久の元に、天真もやって来てそれを見た。
「何だコレ。道祖神みたいなもんか?」
「いや、これはおそらく…」
石仏のようなものではなく、それはまるで教会に納められているような、精巧な作りの白い彫像だった。
彫られているのは、幼い少女のような形。
薄い羽らしきものが付いているので、妖精か何かの類いだろうか。
「変わった像だなあ、道に置いてあるようなもんじゃ、ないよな…コレ」
雨ざらしにするには不釣り合いなほど、綺麗な彫像を見て天真もそう言った。

すると、頼久はその彫像を持ち上げて、馬車に持って帰ろうとした。
「おい!ちょっと、それ…勝手に持ってって良いのか!?」
「仕方あるまい、これも縁というものだろう…」
何がなんだか分からないまま、彼は彫像を担いで歩いて行く。
頼久らしくない行動に戸惑いつつも、天真は急いで彼の後を追いかけた。


「頼久、一体何が…って、オイ友雅ーっ!!!」
馬車に再び乗り込んだ天真だったが、声を掛けた頼久に意識を向ける前に、友雅の様子を見て飛び上がった。
「ん…?どうしたんだい、天真」
「どうしたって…おまえ、何なんだそれはー!!」
一番近くで護らなければならないあかねに、膝枕してもらって居眠りなんて、どういうことだ!
「もー、天真くんが大声出すから、友雅さん起きちゃったじゃない」
「起きちゃった…っておまえーっ…」
あかねもあかねだ。何でコイツに膝枕して、平然としているんだ。
しかも、友雅の睡眠を妨げたとかで、こっちが窘められるって…何でだ。

「まあまあ落ち着きなさい。そんなことより、問題は頼久が持って来た彫像のことだろう?」
はた、と近くにいた頼久に目をやると、彼は薄い皮布で彫像を梱包している。
何故だかそれを、詩紋がずっと手伝っていた。
「これ、妖精の像だよなあ?すげえ綺麗な像だけど…こんなものが道に転がってたのか?」
イノリが言ったが、よく考えれば妙な話である。
山道とはいえど車が絶えない道に、これだけ綺麗なものが放り出されてあれば、誰かしら持って帰ってしまいそうなものだが。
「普通の者では、どんな大男や怪力の持ち主でも、抱えられないらしい。持ち上げられるということは、この彫像自体がその者に助けを求めている、という意味だと聞いた。」
きゅっと紐で梱包を終えた頼久は、それを荷物籠の奥へと仕舞い、衝撃を防ぐために他の布を何枚も被せた。

「ねえ頼久さん、やっぱり…みんなに話した方が良いんじゃないですか?」
詩紋が言うと、頼久は手を止めて顔を上げた。
鷹通、永泉、天真、イノリ、泰明は…いつも通り無言だが、神経はこちらに向けられているらしい。
そして何よりも、友雅の隣にいるあかねが、不安そうに頼久たちを見ている。

本当なら、自分一人で解決しようと思ったのだが…。
こうなったら、どうしようもない。
頼久は腹をくくって、これまでの事を皆に打ち明けることを決意した。



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Megumi,Ka

suga