Kiss in the Moonlight

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天真たちに囲まれて談笑している間も、挨拶に来る者は後を絶たない。
それなりの年齢を踏まえた者や、先程のように若い者も結構いる。
「しっかし、何だ?あいつら…。おまえのご機嫌取りみたいな態度してさあ」
呆れるような、それでいて不満げな口調でイノリが言う。
彼だけではなく、詩紋や天真もその光景に苦々しい顔をしている。
「彼らは出来る限り、あかね殿と親しい関係を築きたいのですよ」
表向きはその存在さえ明らかにされていないが、国務に従事する立場なら知らない者は居ない。
龍に加護を受け、天啓を伝えられる聖なる上級巫女。
存在価値は、計り知れないほど希少である。
「親しい関係って、どういうことだよ」
「それはまあ…つまり、あかね殿は若い独身の女性ですから…」
鷹通は物が挟まったような感じで、うやむやな説明を天真に話す。

上級巫女になるために、この王宮に召されて早三年が過ぎて、ようやく正式に継承を済ませた。
これからもますます頑張らねば…と思っていたのに、突然目の前に現れたのは何人もの男性たち。
皆、自分との交際や絆を取り持とうと考えているなんて。
果たしてこれは…上級巫女の役目なんだろうか。
あかねはいささか、疑問が芽生えていた。
「確かに、少々浅ましい考えだとは思いますが…」
永泉も控えめながらに、そう言わざるを得なかった。
いわば、神に仕えると言っても良い彼女の地位を頂き、自らも加護にあやかろうというもの。
それさえあれば自国は安定するし、豊かな生活も保障されるのは間違いない。
「なんか、下世話な感じだよなあ。政略結婚とか狙ってるみたいじゃん、それ」
イノリはストレートに、思ったことを口にする。
だが、少なからず皆も同じように思っていたに違いない。
もちろん、あかね自身も。

「私、お付き合いなんて…考えてないのに」
「その気がないのなら、適当にあしらって無視しておけば良い。おまえの意志がすべて優先されるものだ」
相手が本気で交際を申し込もうと、あかねがNOと言えば絶対にYESにはならない。
「おまえは、おまえが本心で愛しく思う者だけを、求めていれば良い。…いれば、の話だがな」
庭に通じるテラスの窓から、静かな夜風がホールの中へと吹き込み、泰明の長い髪を揺らす。
本心で愛しく思う人だけを求める。
それで…その恋は実るものなんだろうか。

「あの…もしもその人に好きな人がいたとしたら、その時は…どうなるんですか」
つい、口に出してしまった。
傍目から見たら、意味深な発言に聞こえたんじゃないだろうか。
でも、何となく黙っていられなかったのだ。
「思い当たる男がいるのか」
「えっと…その……た、例えばの話です!」
さすがに彼らの前で、本当のことは言えない。そのまま友雅本人に、筒抜けとなってしまいそうだ。
「例えばっ…、相手が結ばれることのない恋をしていて…。それでも諦められないって想いを持っている人だったら……振り向いて貰える可能性って…」

はっ!としてみんなの顔を見た。
あまりに克明なことを言ったせいか、キョトンとした目であかねを見ている。
「あっ…その、い、今のは無しです!わ、忘れてください!」
ぶんぶんと頭を手を振り回し、口にしたことをかき消そうと必死になった。
そして、改めて自覚させられる。
こんなにも友雅のことが、気になって仕方がない自分に。


「そういえば、あかねちゃん。友雅さんの姿が見えないけど…どうしたの?」
詩紋が切り出した声に彼の名前が混じって、あかねは一瞬どきっと胸が震えた。
しかしすぐに気持ちを正し、辺りを見渡してみると…、そういえば彼の気配がいつのまにか消えている。
「どっかの国のヤツと懇談でもしてんのか?」
「それか、あかねに悪い虫が付かねえように、釘を差しに行ってるとかさ」
笑いながら天真たちは話すが、気付いてしまうと視線に意識が集中してしまう。
目で追い求める彼の姿が、どこにあるのかを瞳は探りまわる。
いつも隣にいてくれる彼が、一体どこに行ったのかを突き止めたくて。

「あらあら、みんな集まって楽しそうね」
二人の姿が近付いたとたん、あかね以外の全員が一瞬で軽く頭を垂れた。
右手を胸に当てて目を伏せる。それは忠誠の証を示すポーズである。
「構わないよ、皆も顔を上げなさい」
皇太子に言われてようやく、彼らは普段通りの立ち位置へと戻った。
「どうしたの、あかね。向こうで見ていたら、何だかきょろきょろしていたみたいだけど」
「あの、友雅さん…どこに行ったのかと思って…」
「友雅?彼なら確かさっき、庭の方へ行ったのを見たような気がするけれど」
そう教えてくれたのは、皇太子だった。
彼がシャンパングラスを手に、噴水のある庭の方へ歩いていくのを見た、と言う。

「ただ、何だか物憂げな顔をしていたような気がしたけれど、一体どうしたのだろうね?」
「物憂げぇ?友雅がですかぁ?」
あまりにも彼に相応しくない表現で、天真が気の抜けたような声を出した。
常に飄々としていて、地に足が付いていて。
本心まで見せずに、さっと周囲を払い除けて通り過ぎる要領の良さと、気楽に構える余裕を持つ彼に、憂いなんて文字は思い浮かべられない。
「だから、かえって気になったのだけれどね。何かあったのかな…あかね殿は、思い当たることはないかい?」
皇太子はあかねに尋ねたが、黙って首を横に振る。
憂いどころか、今日はあかねが正式に上級巫女となった日である。喜ばしい以外の何ものでもないのに。
……だから、確かに気になる。

「私、ちょっと探してきます!」
「え?あかねちゃん!?」
突然くるっと身を翻し、詩紋の前をあかねは走り去ってゆく。
柔らかそうなドレスの裾をはためかせ、彼女は庭へと出ていった。


「…というわけで、どうなるかしらねえ…あの二人」
あかねがいなくなったあと、皆は黙って首をかしげた。
友雅の気持ちは、ここにいる誰もが知っているし、あかねのことも伝わっている。
本来ならすぐにでも結ばれて構わないのに、どちらも慎重になりすぎて空回り。
さっきの様子も皇太子夫妻に聞いて、皆そろって溜息をついていたところだ。
「まあ、あとは…お二人に任せるしかありませんが…」
そのお二人がこんな調子なのだから、先に進まないので困っているんじゃないか、と天真が永泉を正した。

「一応、あと一人協力してもらおうと、お願いしている方がいるんですがね」
と、皇太子が口にすると、隣にいた彼女も続いて微笑んだ。
「友雅ったら、かなりがっかりしていたものね。ちょっと背中を押してあげる、強い方が必要だから」
まさか、協力してもらうという人物とは…。
友雅があかねと同じように、忠誠を誓うその人物。
つまり、ここ龍京王国の長…か?
「陛下を色恋沙汰に、引っ張り出して良いんすかぁ?」
「大丈夫だよ。父も友雅の様子には、少しじれったく思っていたようだからね」
皇太子はそう言って笑った。

思っている以上にこの国の王は、人情味に溢れた性格のようだ。



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Megumi,Ka

suga