Kiss in the Moonlight

 Story=32-----04
最初のお披露目が済んでからは、緊張は一気に穏やかになった。
食事もかしこまったコースではなく、立食スタイルのカジュアルなもので、思い思いに好きなものを口にしつつ談笑している。
だが、あかねの周りは相変わらず、わずかも落ち着く暇さえない。
一国の要人と話をしたあと、それが終わればすぐにまた別の国の者がやって来る。
「はじめまして。お会いできて光栄です。私は南海を越えた先にある国の……」
握手と挨拶と、簡単なお話を繰り返し。
それも大体は友雅にフォローしてもらって、当たり障りのない返答が精一杯だ。
「機会があれば、私共の国にもお越し下さい。良いお持てなしをお約束致します」
「有り難うございます。その時は御言葉に甘えさせて頂きます」
そう言って友雅は握手を交わし、接待を終える。

「疲れるね、同じことばかりの繰り返しだ」
さすがに友雅も、ぽろっと本音が出たみたいだ。
国王の側近として、外交の接待には十分慣れているけれども、こうして間髪入れずにやって来られては疲れる。
目を凝らして相手を細かく睨んでみたが、幸い裏のある魂胆を持つ輩はいない。
その分気楽でいられるので、かえって暇なのだ。
「すいません、私の代わりにいろいろとやってもらって…」
「いいや、これも私の仕事だからね。緊張の肩代わりくらいは平気だよ」
常に彼はあかねの後ろに立っている。
背後を守り、すぐに手を伸ばせば前を守ることも可能。
抱き込んですべてを払い除けることも出来る、彼にとってはベストポジションと言える。

暖めてあげる、と言って抱きしめてくれた。
後ろから大きな手を広げて、包むようにして。
甦るのは甘い記憶。
でも、彼が甘さを感じているのかは…分からない。
お願い聞いてくれるなら、その確信があれば言えるかもしれないのに。

「友雅、あかね殿にご紹介したい方がいるのだけれど、良いだろうか?」
そう言って現れたのは、皇太子と皇太子妃の彼女であった。
彼らの後ろには精悍な顔立ちの男性と、物腰が上品な若い男性がいた。
二人は東方の遠国の者で、祭司と息子なのだという。
祭司の息子は皇太子と同い年で、学院で親しくしていたのだそうだ。
「皇太子殿下がご成婚される話は聞いておりましたが、これほどお美しい御方とは思ってもみませんでした。それに、こんな愛らしい方が上級巫女を継がれるとは」
お世辞のような台詞も、若い割には嫌味なく言い周しが上手い。
しゃべりも過ぎることはなく、人がすんなり喜ぶタイミングで話が出来る、なかなか優れた男性のように思う。

友雅は感心しながら彼を観察していたが、突然あかねの目の前にやって来たかと思うと、直々にその手を取った。
「あかね殿、私もまだ祭司として駆け出しの身。お役に立てるか分かりませんが、どうぞ気軽にお声を掛けてください」
「え?あ……ありがとうございます…」
「可愛らしい巫女殿ですね。我が国に、あなたに似合いそうな花がございます。押し花にしてお送り致しましょう」
突然のことで、あかねは戸惑った。
強引とも言える行動だったが、それがそう思えないのが人柄なのだろう。はい、と答えなきゃいけないような、そんな気になる。

「どうやら彼、あかね殿が気になるようでね」
彼らが去ったあとで、皇太子が苦笑しながら真実を打ち明け始めた。
祭司も息子をそろそろ結婚させようと、躍起になっているようで。そういう意味もあり同行したのだが、あかねを見てまんざらでもない気持ちになったらしい。
「彼は上級巫女について、いろいろ知っているからね。いざとなれば、結婚しても続けられることも知ってる」
「…どういうことです?」
わざと友雅は、皇太子に尋ね返した。
「あわよくば…親しくなりたいと思っているようだよ、あかね殿と」
親しくなりたいと言っても、結婚がどうのこうのと言ったあとでは、ただ友達になるとかではない。
恋仲に進展し、その後は結婚相手に…という将来図まで描いているはずだ。
「上級巫女でも、恋は自由よ。私たちみたいにね」
仲良さそうに肩を寄せ、二人は友雅たちの前で幸せな笑顔を見せる。

「私みたいに、婚約をしてあとから結婚…でも良いのよ。まずは約束しておいて、ってのもアリだし」
「ちょ、ちょっと待って下さい!私、そういうつもりは全然ないです!」
上級巫女を継承した当日に、今度は結婚相手がどうのこうのって、これはどんな展開なのだ。
まだ恋……を実らせてもいないというのに、相手なんて。
相手なんて、選べないじゃないか。
恋をしている人がいるのに---------すぐそばに。
「でもねえ、そろそろ異性とのお付き合いをするのも、女性としては大切よ」
女性は母となる者だから、人を愛すること、慈しむことを知らなくてはならない。
人類愛という広い感覚はもちろんだが、一人を愛する恋愛の想いも知って、母性愛を育むことになる。
「恋人じゃなくても、お付き合いするだけでもね。さっきの彼も、良い感じだと思うわよ?」

何でそんなこと言うんだろう…。友雅さんがここにいるのに…。
私の気持ち、知ってるはずなのに、まるで別の人と恋をしろって言ってるみたい。
…もしかして、友雅さんは諦めた方が良いって、遠回しに言ってる…?

「それとも、いっそのこと手近で…友雅に恋の相手をしてもらう?」
どきっと胸が飛び出すほど震えた。
直前まであやふやな勧め方をしておいて、突然今度はピンポイントを突いてくるから、心臓がばくばく。
「いろいろと教えてくれるんじゃない?ねえ」
"ねえ"と言ったところで、彼女の視線は友雅に向けられる。
それは暗黙の合図。彼に対しての。


「と、友雅さんは…そ、そういう対象じゃないですっ」
あかねが切り出した、いきなりの言葉に一瞬息を飲んだ。
「だ、だって友雅さんには好きな人がいますもん!そんなことさせられませんよっ!」
「…というより、対象じゃないってこと?」
「そ、そうです!全然価値観違うし!無理ですよ〜!」
あははは、とあかねは笑うが、その声が乾いているのを自分では気付いていない。
そして背後にいる友雅が、わずかに苦笑したことも。
「いずれ縁が出来たらで良いです!まだ私、いろいろ忙しいですし」
「そうだね。これからあかね殿は、候補としての勉強じゃなくて、上級巫女としての勉強が残っているからね」
平然と友雅は、あかねの言葉に便乗する。
感情を殺していると思っているはずだが、彼の本心を知ってしまえば意外と分かりやすい。
昔はそうでもなかったのだが、恋はそんな風に人を変えてしまうのかも。

「おーい、あかねー」
ホールの中に、少し遅れて天真やイノリたちがやって来た。
旅に同行した者たちも晩餐会には招待されているが、まずは来賓とのコミュニケーションが終わってから、と言われていたので遅くなった。
「天真くんたち、珍しい!スーツ姿なんて」
「そりゃ晩餐会だしなー。正装は一応義務だし」
一気に周囲が賑やかに成ってきた。彼らのおかげであかねも緊張が取れ、空気も和やかになって。

「バカねえ…」
皇太子と彼女が、揃って呆れがちに友雅を見る。
祭司の息子のことは真実だが、わざとあかねに嗾けたつもりだった。
そこで友雅が先に動けば、何とかなると思ったのに、あかねがフライングして払い除けてしまった…というオチ。
「彼女にとって、対象外なら仕方ないですよ」
友雅はシャンパングラスを手に、一人テラスから庭に出ていった。


最初から意識の中に入れないなら、どうしようもないね。
目に見えているのに、捕まえられない。手の届かない月のようだ。
それでも諦めきれない…のも。

これも失恋というものなのかねえ。
噴水の飛沫を眺め、言葉にせず友雅はつぶやいた。



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Megumi,Ka

suga