Kiss in the Moonlight

 Story=32-----03
日が傾き掛けてきた頃、王宮がざわざわと騒がしくなった。
頼久や天真たちのいる護衛団は、裏口通用門に集められて内外の警備に取り掛かっている。
「えーと、今ので何カ国が来たっけ?」
「23ヵ国が到着している。残りは2国だ」
越境付近の警備隊からの連絡では、既に1時間ほど前に国境を過ぎているというから、あと30分もすればどちらも到着するだろう。
「しかし、こりゃすごい騒ぎだよなあ」
国王がやって来たわけではないのに、来賓客の馬車や車は豪奢なものばかり。
華美過ぎるものは少ないが、裕福な者たちが乗っているのは一目瞭然だ。
だからこそ、警備隊は目を光らせなくてはならない。いつ、賊に狙われるか。
「それほどに、皆あかね殿に期待をされているということだろう」
ついに上級巫女とはなった。
けれど、上級巫女としては、まだまだ生まれたばかりという状態。
今後も頼久たちには、出来る限りあかねを護衛するように、勅命を受けている。
「今まで以上に、我らも気を引き締めねばならないな」
「ん、まあなー。でも、友雅の立場も考えてやらねえとな」
天真の言葉に、頼久はかすかにうなずいた。


各国の要人が集まる晩餐会だが、ドレスは華やかすぎないものが用意されていた。
あかねだけではなく、次期皇太子妃の彼女でさえもシンプルなデザインのものである。その代わり、オールシルクに手縫いレースの縁取りと、材質は最高級のもので出来ている。
「上級巫女ですからね。清楚なイメージの装いで、と決められているのですよ」
着替えを手伝う女中たちが、そう話しながらドレスの皺を直している。
皇太子妃の彼女はパールホワイト。あかねはミルキーオレンジのロングシフォンドレス。
リボンがあしらわれている分、あかねの方がやや愛らしい雰囲気もある。
「これからまた緊張しそうだけど、今日一日何とか頑張ってね」
「はい…」
彼女に言われて、あかねは一応うなづいた。
主賓だから、いろいろやらなければいけないこともある。
各国の人たちと、プライベートに挨拶も交わさないといけないし…と思うと、今から少し憂鬱になる。
そんな相手に対して、きちんと会話と応対が出来るかどうか。
三年間の中で、マナーも一からすべて教え込まれたが、これから実践だと考えたら緊張もしてくる。

「今夜はずっと、友雅に一緒にいてもらいなさい」
どきっとして、あかねは顔を上げた。
頬に熱を感じていたが、もしや赤面しているのかも…と思ったら、どきどきして。
だが、あかねの気持ちも(友雅の気持ちも)知っている彼女は、余計な深入りはせず、優しく微笑んで言う。
「友雅はあなたの緊張を、ちゃんとほぐしてくれるから。困ったら、遠慮無く頼りなさい」
彼にはそれこそが、幸せなのよ、と言って。
あなたに安らげる場所を提供できることが、彼の至福なのだから、と。

「あかねのお願いには、ちゃんと応えてくれるから」
意味深な言葉を、彼女は微笑みながら告げる。
まるで、想いを告げれば受け止めてくれるわ、と言っているようにも聞こえる。
私のお願いは……。
ずっとあのまま、抱きしめていて欲しかったって、そう言ったら友雅さんはそうしてくれたかな。
ベッドの中で、抱きあっていただけ。それだけ。
男女がそんなところでそんなことして、何も進展もなかったなんて…誰も信じてくれないだろう。
普段はキスだって簡単なのに、そういう気持ちになれなくて。
とにかく、離してほしくなかったから…必死にしがみついていただけ。
受け止めてくれたのは、彼が自分を護る存在だから?義務的な意味で?
そうじゃなかったら、少しだけ期待しても良い?
…その違いが、分からない。
何より彼には特別が人がいるし。
踏み切れない迷いのキーワードは、あまりに多くて…この恋を抱いたまま、立ち往生しているばかりだ。


「あかね殿、エスコートに来たよ」
ホワイトに一滴ほど墨を落としたような、明るいグレーのスーツに着替えた友雅がやって来た。
ビターチョコレート色の大きめなストールが、彼の広い肩を包み込んでいる。
「さあ、あかね。今夜は彼に、王子様になってもらいなさい」
「お気に召してもらえるか、いささか自信はありませんけれどね」
笑いながら、友雅は彼女の言葉に受け答える。
さっきまで強く抱きあってたのに、全然普通…なんだ、友雅さん。
やっぱり…期待するだけ、無理なのかな…。
そんな風に思うあかねの前に、友雅の手が差し伸べられた。
「お姫様、パーティーにお連れするよ」
艶やかで甘い笑顔が、目の前にある。
例えどこかの誰かしか、その心に触れられないとしても…今だけは。
自分のそばにいてくれる時だけは、彼は自分ひとりを見ていてくれるのは事実。
ささやかな、ホントに小さな喜び。
今はそれだけで幸せに感じてしまうほど、心はますます募るばかりだ。




晩餐会は、王宮内にあるいくつかの迎賓館の中で、小規模の館を使って行われた。
緑と薔薇に囲まれた、白亜の洋館。
大きな噴水が夜になると明かりで照らされ、星くずを纏ったように輝く。
ホールの中には、各国の人々が集まっている。
民族衣装は国によって特徴があり、こうして見ていると万国博覧会みたい賑やかな雰囲気もある。
しかし、そんな楽しい晩餐会ではない。
荘厳な意味合いを含んだ、特別仕様のパーティーなのである。

「じゃ、行こうか」
ホールの中央口から友雅に手を引かれ、あかねは会場へと足を踏み入れる。
中には国王、王妃、皇太子、そしていずれ皇太子妃になる彼女が揃っていて、あかねたちが来るのを待っていた。
「落ち着いて。この晩餐会が終わったら、あとはゆっくり出来るからね」
「……」
あかねの緊張は、その手に触れているだけで分かる。
何とかして和らげてやりたいけれど、まさかここで抱きしめるわけにはいかないし、せいぜい声を掛けてやるくらいだ。
「改めて、本日新たに上級巫女を継承した、元宮あかねを紹介させて頂く」
国王の前には泰明を含む数人の祭司がいて、ホールに集まった者たちにあかねの紹介を始めた。
とは言っても、紹介なんて簡単なプロフィールくらいだが。
そんなものを説明したところで、意味があるんだろうかと思っていると、急に泰明が一歩前に踏み出した。
「これより、上級巫女、元宮あかねへの誓約の儀を行う。皆、膝をつき面を下げること」
泰明が言ったとたんに、皆はすぐにその場に跪いた。
壇上にいる者以外が、あかねの方向に向けて頭を垂れて跪く。

思わずあかねは、後ずさりしそうになった。
自分に対してこんなにも、あっさり頭を下げるなんて…とても考えられなかった。
神でもないし、ただ天啓を受け取るだけの自分なのに。
まるで崇め讃えるかのように、誰もが誓いの証をその身で証明している。
「しっかりするんだよ」
背後で友雅が支えてくれなかったら、多分気圧されて倒れていたかもしれない。



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Megumi,Ka

suga