Kiss in the Moonlight

 Story=31-----02
「友雅のそばにいたくて、仕方なかったのね?」
手が必要なら、自分が動いてあげたかった。その、傷ついた腕の代わりとなって。
どんなことでも良い。彼の腕が一刻も早く治るために、力になりたかった。
「彼があなたのために…と思うのと同じように、あなたも思っていたのね」
その腕が治る方法があるなら。
泰明や薬師たちに尋ね回って、こっそり薬草園に自ら採取に行ったくらいだ。
真剣に友雅の腕が、早く回復して欲しかったから。
それだけのために、必死になっていた。

「…倒れた時の友雅さんの姿が、ずっと忘れられなくて…」
普段、怪我や病なんて無縁の彼。
剣を握らせても腕力にしても、そつなくこなして身を誤ることはなかった。
そんな彼が、意識を失うほどの痛みに襲われて倒れた…あの瞬間。
「思い出しただけでも、ぞっとするんです…」
まるで、自分の半身を失ったかのような衝撃。
あんなこと…先にも後にも経験がない。
「十分に、あなたにとっての友雅の存在は、特別なものだと思うのだけど」
話を聞いていた彼女の白い指先が、グラスの縁を静かになぞる。
かすかにグラスハープに似た、澄んだ音がしたような…。
「それは、私が彼に抱いた想いに、限りなく近いと思うわ」
彼女の声は、今しがた聞こえた清らかな音によく似ていた。

「あなたは、まだ本当の恋をしていない。だから、実際に恋する気持ちとか、実感がないのかもね」
でも、私から言わせてもらえば………と、彼女は続けた。
「あなたは、恋をしていると思うわよ」
二人は、まっすぐにお互いを見つめた。
恋をしているその人と、恋をしているのだと言われた者と。
「…恋………」
「そう。友雅に対して、ね」
コトン、と空のグラスがテーブルに置かれた。
クリスタルガラスのデキャンタには、もう少しだけジュースが残っている。
あかねと自分と、半分ずつ中身を注ぎ入れ、空っぽになったそれを彼女はテーブルの横に避けた。

「恋の対象にしても、良いのよ」
静かだけれど、はっきりとした声で彼女が告げる。
「過去に何組も、結ばれた同士がいることは、あなたも知っているでしょう?」
「でもっ…、それは友雅さんが好きになってくれなきゃ無理で……」
あっ、と思って、あかねは口を押さえた。
微笑む彼女の顔は、真正面にある。
途中から声が出なくなって、代わりに顔が熱くなった。
「彼がその気ならば、結ばれても良いのね」
「それは…」
「少なくとも、私にはそう聞こえたわよ。"私がその気でも、彼がその気になってくれないとダメだ"って。そう言った時のあなた、どんな顔をしていたか分かる?」
鏡があるわけじゃなし、どんな表情だったかなんて、自分で確認なんか出来ない。
すると彼女はにこりと笑って、すっと指先をあかねの鼻の頭に向けた。
「ちょっと寂しそうだったわよ」
自分一人では、ハッピーエンドは成り立たない。
彼が振り向いてくれなきゃ、この想いは花を咲かせられない。
「そんな風に見えたわ」
確信を持って、彼女ははっきりと答える。

物音もなく、静かに彼女は立ち上がった。
そしてテーブルを横切って、再び腰を下ろしたのは、あかねの隣。
まだ幼さの残る小さな手を取り、包むように両手を重ねる。
「素直に気持ちを打ち明けてごらんなさい。私とあなたの…秘密にしておくから」
恋をする者同士なら、その切なさや至福感が分かる。
だからこそ想いを大切に抱いていたいもの。
ひっそりと、胸の中で。

「……教えて。彼のこと、好き?」
余計なものをすべて取り払い、心ひとつだけを取り残す。
一番奥にある、真実のひとかけらを探し出して、見付けたものが……自分の心。
「…………そう。分かったわ」
小さくうなづいたあかねの肩を抱きしめて、彼女は小さく答えた。




不思議なことに、心がやけに軽くなったような気がした。
視野もぐんと広くなり、これまで見えなかったところまで鮮やかに見える。
「自分で自分を理解出来たから、だと思うわよ」
いつも通りの微笑みで、彼女はあかねを見つめる。

「友雅に打ち明けないの?」
女性から告白するのも、世の中的にはアリだ。
あかねには詳細を伝えられないが、上級巫女を護る者は自ら恋心を告げられない。
護ることが最優先であり、恋愛感情を絡めて巫女を困惑させてはならない、と決められている。
しかし、巫女自身が相手を求めていたとしたら、それは容認される。
「あなたが求めるのは、自由よ」
巫女が自分から求めることは、構わない。
何事にも、巫女が第一優先であるから、だ。

あかねが友雅に想いを打ち明けたら、アッと言う間にすべて丸く収まる。
だが、そんなこと軽々しく伝えられないし、どうしても出来ない問題があかねにはあった。
「だって友雅さんには……とても好きな人がいるじゃないですか」
問題は、そこだった。
相手は誰か知らないけれど、彼が心底から愛している人が他にいるのだ。
間違いなく。
彼にあんなにも想われている女性がいる。
それを知っていながら、想いを伝えるなんて…最初から玉砕するのが目に見えているのに、言えない。

「叶わない相手だって言ってましたけど…。でも、そこまで好きな人がいるのに、友雅さんを振り向かせる自信なんかないですよ…」
「ふうん…。じゃあ、その相手がいなかったら、振り向かせられた?」
「そういう意味じゃないですよぉっ!」
真っ赤になって、あかねは彼女のちょっかいに反論する。
そういう意味ではなくて、そもそも彼のような艶やかな男性に、自分は到底相応しくない。
立場は上であっても、見た目も存在感も完璧に負けている。
そんな---------ちょっとした、自己嫌悪感。

だから、ふと本心がこぼれた。
「やっぱり…羨ましいな…。友雅さんが好きな、その人」
名も知らぬ、見ず知らずの女性を思い浮かべ、あかねは本音を吐露した。
妬むよりも憧れる。どうしてそんなにまで、彼の心を掴むことが出来たのか。
ほんの少しだけで良いから、自分にもそんな魅力があったなら…遠慮無く近付けたかもしれないのに。
「いつも寄り添って、くっついているじゃないの」
「違いますよ。そういうのとは…」
これまでも、これからも、互いに自由に触れることは出来るだろうし、抱きしめてもくれるだろう。
おやすみのキスも、ずっと続いていくはずだ。

でも、ほんのちょっとだけ……違うキスが出来たら…なんて。
龍胱山での一夜のように、恋人同士の真似事くらいなら出来なくもない……。
…そう思い、すぐにあかねは首を横に振った。

真似事なんて、もうきっと出来るはずがない。
それこそ…本気で恋人になりたい、と欲張ってしまうはずだから。



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Megumi,Ka

suga