Kiss in the Moonlight

 Story=02-----03
食堂には、既に人数分の朝食が用意されていた。
新鮮で濃厚な味わいのミルクに、バターの甘みが利いたスクランブルエッグ。
瑞々しいレタスやトマトのサラダに、焙った厚切りのハムも付いている。
フルーツはもちろん、ふわふわの焼きたてパンも食べ放題で、食べ盛りの天真とイノリは、ここぞとばかりに食らいついた。

「ちょっとした見えなかったんですけど、すごく綺麗でしたよ!」
まるで子どものように、あかねは今朝のことを嬉しそうに鷹通たちに話した。
「そうですか。それなら皆で、早起きして見学に行けば良かったですね」
「あ…ごめんなさい、そうですよね。」
昨日、友雅に話を聞いた時に、鷹通たちにも話してみれば良かったのだ。
朝早ければ、それほど物騒ではなかっただろうし。
あんなに綺麗なものを、もっと他の人にも見せてあげたかった。
「気にしなくて良いですよ。いずれすべてが終わったら、ゆっくり旅が出来るようになりますから。それまで楽しみにしています。」
鷹通はそう答えて、あかねの背中をぽんと叩いた。
彼女が真の上級巫女になったら、今まで以上に行動を縛られる。
ゆっくり旅をするなんて、それは夢のまた夢のことであると分かっているけれど。

「そうだね。その時は王にお願いして、1日くらい自由に出掛けられるようにしてもらおう。」
「ホントですか?じゃ、頑張らなくちゃ!」
友雅の顔を見て、鷹通は怪訝な顔をした。
この三年でさえも、王宮の外には一切出られなかったというのに、そんなことどう考えても無理だろう。
下手にぬか喜びさせても、後々になって彼女ががっかりするんじゃないのか。

「心配いらないよ、鷹通。私が既に交渉を済ませてるから。」
「えっ?」
自信たっぷりに答えた友雅に、鷹通は思わず驚きの声を上げた。
「あかね殿を喜ばせてあげるのも、私の役目のひとつだろう?大丈夫、ちゃんと話は着いてる。」
ハッタリか?それとも…本当に王と話が出来上がっているのか?
人の心を見抜く異才を持つ彼は、他人に絶対心を見破られない術も知っている。
表情を見ただけでは、彼の言葉を信じる他にはなさそうだ。


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早々にチェックアウトを済ませ、あかねたちは町の隅に停めた馬車へと戻った。
少しずつ町には人が溢れ始め、店も殆どが開いて、客がやって来るのを待ち焦がれている。
頼久と詩紋はこれからの旅に備えて、食料を調達に出掛けることにした。
予定では、今夜も宿に泊まれるはずだけれど、天候や道すがらの状況で、やむなく野宿になることもないとは言えない。
そのために、こんな風に町や村に滞在した時には、常に食料は補充をしておくことにしている。

「こっちの堅めなパンと、このハチミツとかも良いかなー」
歯ごたえは良くないが、パンは堅めの方が日持ちもするし、ハチミツはちょっとした傷を殺菌する力もある。
そんな話をしながら、詩紋はあれこれと買い物を進めてゆく。
随分と年は若い彼だが、薬膳料理などの知識も豊富なために、王宮では何かと重宝がられている。
鷹通や頼久も、時折感心するくらい有能な若者だ。
「頼久さん、買い物終わりました!」
「ああ。重い瓶などは私が荷物を持とう。」
ありがとうございます、と屈託のない明るい笑顔で詩紋は答えた。


「あのさ、あんたら…向こうの宿の客だろう?」
馬車に戻ろうと歩いていた二人を、呼び止める声がした。
立ち止まって振り向くと、そこにいたのは見覚えのない男。
「一晩だけだったんで、もう発つんですけど…」
「そうなのか?」
男は詩紋の返事を聞いてから、改めて二人を足元から頭のてっぺんまで眺めた。
頼久の手には、ゆうに5本はある酒のボトルとはちみつの瓶。
詩紋はと言えば、両手に溢れるくらいパンの入った紙袋を抱えている。
確かに、今日もあの宿に泊まっているならば、こんなにも食料調達なんて必要ないはずだ。

「どこかで、お会いしたことがあったでしょうか?」
急に声を掛けた見ず知らずの男に、頼久は尋ねた。
「いや…昨日の夜に、あんたともう一人の男が、宿の周りを歩いているのを見かけたもんで」
夕べあの一件が起こったあと、頼久は警備のつもりで天真と共に、何時間かおきに外をしばらく歩いていた。
そう、あかねが町の男に押し迫られそうになった、あの事件。

………まさか、この男。あの問題の男と何か関係があるのでは?
友雅が追い払ったと言っていたが、その仲間が仕返しにと近付いてきたのかも…。
頼久の手が、自然に腰に下げた剣に伸びた。
「私たちに何か話でも?」
いざとなった時は、手荒い行動に出ることもやむおえまい。
詩紋はその仕草に気付いてはっとしたが、頼久の意志を止めることはしなかった。

だが、男は頼久の行動には気付かずに、そのまま普通に話を続けた。
「あのさ、あんた…剣は立つのかい?」
いつでも抜けるようにと、手を掛けたその剣を見て話す。
「剣に恥じない程度には。」
「ああ…そうかい、やっぱりな。」
男は頼久の返事に納得していたが、多分彼の言葉から推測する剣技のレベルは、正確に把握できなかっただろう。
頼久の家宝の剣は、王宮警備軍で総長に就いていた曾祖父から伝えられたものだ。
国王から与えられたそれは、頼久の家系で警備軍に従事した者に、手渡されて伝えられる名誉あるものである。
絶対的な国王への忠誠と、それを讃える国王の意志。
それらが込められたこの剣は、頼久にとっては命に代えがたいものだった。
"剣に恥じない"という言葉は、それだけの技を持っているということ。
だからこそ、上級巫女候補を守護する者として選ばれたのだ。

しかしその男は、そんなことも知らずに頼久の腕をぐっと掴んだ。
「実は、あんたの力を見込んで…頼みがあるんだ。聞いてもらえないか?」
「頼み?申し訳ないが、私たちはこれからまた旅に出る。あなたの頼みを聞ける余裕はない。」
「いやいや、頼みってのは…この町のことじゃないんだよ」
頼久と詩紋は、黙ったまま顔を見合わせた。
この男は、一体何者なんだ?
急に声を掛けてきて、頼みがあるとか言ってきて。
それに、この町のことではないという意味は、どういうことなんだ?

「あんたたち、これからどこに行くんだい?」
「僕たちは、今日この先の山を何とか越えて、そのまま南へ向かう予定です」
上手く行けば、の話だが。
まあ、今日も天気は問題なさそうだし、どうにか夕方にはたどり着けそうだが。
すると男は、ホッとしたように笑って言った。
「ああ、じゃあ尚更都合が良い!実はな、オレはその山間にある村が故郷なんだ。実はそこの村で、ちょっと困ったことが起こっていてな…」
小さな村のもめ事に手を貸せ、というのだろうか。
こちらだって、善意で動かないわけじゃないけれど、今は重要な旅の途中。
第一に果たさなければいけない目的と、第一に護らなければならないものがある。
あかねが無事に儀式を終えて、王宮に戻るまでを見届けるのが頼久たちの使命。
今は、別件に手を貸す余裕は無いのが、現実問題なのだが。



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Megumi,Ka

suga