Kiss in the Moonlight

 Story=30-----03
「あら、あなたにそんな人がいたの?」
少々わざとらしいかな、と思いながらも彼女は友雅に尋ねた。
言葉はどうあれ、彼が願うその人が誰なのかを知っているからこそ、突っ込みたくもなる。
しかし友雅も、こういう場合は負けていない。
「ええ、ずっと…長い間想っている人がいますから。あかね殿には、話したことがあったよね」
あかねは、あの龍胱山で彼が話した内容を思い出した。

"死ぬまで、その人しか愛せない"

情熱の籠められた、その一言。
彼がどれほどに、彼女を想っているか伝わってくる…そんな一言。
相手は誰か分からない。
だけど、そんな風に彼に想ってもらえるなんて羨ましい。そう感じた。

羨ましい。
羨ましい………?それは、どうしてだ。
何がどうして羨ましいと思うのか?
それは、彼に愛されるその女性が羨ましいのか?強く思われていること自体が?どっち?
…どういうこと?
私は…何を考えているの?

「そういうわけで、残念ながらあかね殿の新郎役は務められそうにありませんね」
さらっと、何でもないように友雅は答えた。
最初からあかねのコトは、眼中外なのだと言っている…つもりらしい。
余計な詮索をされぬように、普段通りあかねの肩を抱き寄せて軽い口調で話す。
「あかね殿、国王様には敵わないけれど、私もその時が来たら、良い父親役を務めるからね」
彼は邪心もない笑顔を作り、あかねにそう言った。

「どうやらいつのまにか、歩き方もすっかり上手くなったね」
友雅に言われて、気が付いた。
そういえばここまで、アッと言う間にスムーズな調子で歩いてこられていた。
「何とか一安心、かな?」
「そうね。まあ…よしとしましょう」
上級巫女の彼女にも歩き方の合格点をもらい、あかねは少しホッとした。
ホッとした…はずなのだが、どこか優れないものが胸に残る。
彼の笑顔を見ると、チクッと小さな棘が蠢くような…。
例えて言うなら、そんな違和感。
その意味が、分からない。
誰に聞けば……教えてくれる?
……とても友雅には、尋ねられない……なんとなく。




その日の夜、あかねは遅くまで眠れなかった。
いつものように、寝る前には友雅とおやすみのキスを交わしたのに、それでも眠りに着けずにいる。
時計の針がどんどん進み、カーテンに透ける月の影も高く移動してゆく。

どうして眠れないんだろう……。
雑念らしきものが、ずっとフラッシュバックしていて、落ち着かない。
その中に、時折友雅の声と姿が通り過ぎて、その度あかねは瞼を見開いた。
「寝られないよ…。どうしたら良いんだろう」
ベッドから起き上がって、頭を抱える。
眠気もないのに、身体が気怠いのは精神的なもののせいだろうか。
こういう時に相談出来るのは……。

普通なら、友雅なのだ。
でも、やっぱり尋ねられない。言い出せない。
一番近くで、一番頼れる人に頼れない……。
こんな時、どうしたら良いのか分からない。
「これじゃ私……一人で何にも出来ないみたいだ…」
こんなことで、上級巫女になれるのか。
本当に私は相応しいのか?彼がいないと…こんなにも不安になってしまうのに。


コンコン…。
静かなノックが部屋に響き渡る。
深夜に部屋を訪ねてくるなんて、誰だろう。
まさか……!と、ベッドからあかねは飛び起きて、すぐに入口へと駆けていく。
「あ、あの…どちら様です…か?」
「ふふ、やっぱり起きていたのね。中に入れてもらえる?」
その声を聞いたとたん、あかねは即座にドアの鍵を開けた。


「何となく、今夜はまだ起きているんじゃないかしら、と思ったの。突然来てしまって、迷惑じゃなかった?」
「い、いいえ。起きているっていうか…眠れなくて困ってたところで」
午前2時も回った時刻。
上級巫女の彼女が供を連れずに、たった一人であかねの部屋を訪ねて来るとは、誰も思うまい。
しかも手土産だと言って、ドライフルーツとカシスジュースを持ってきて。
「ちょっとね、あかねとお話をしたくなったのよ」
ワインのような色のジュースを、グラスに注ぎながら彼女はあかねに手渡す。
「女同士だし、男性がいては出来ない話とか、たまにはしてみましょ」
「は、はあ…」
唐突の来訪だけど、彼女と会話するのは好きだ。
……丁度、話したい気分だったし。

「でね…何となくなんだけど、あかねが相談相手を捜してるんじゃないかなあって、そう感じたの」
「………!」
友雅は、人の心理を確実に見透ける力があるというが、彼女もそんな力があるのだろうか。
にっこり微笑んでグラスを傾ける彼女の一言は、まさにドンピシャ。
「巫女様……」
口を開きかけたあかねを、じっと見る。
ああ、この瞳の輝きは何かに似ていると思ったら…、礼拝堂にある龍の像が抱えている水晶だ。
キャンドルの明かりに照らされて、光を反射するあの輝きかた。
よく似ている…。

彼女が注いでくれたジュースのグラスに、あかねは手を伸ばそうとした。
「寝られないのは、友雅のことが気になっているからでしょう」
とたんに、するっと手の間からグラスが滑り落ちる。
マットの上に広がるジュースの染みと、からっぽになったグラス。
慌てたのは彼女の方で、あかねは…身動きが止まってしまった。
「友雅が想っている相手が、誰なのか気になって眠れない…んじゃないの?」
テーブルの上に畳まれているナプキンで、彼女はジュースを拭き取りながら言う。
「あんなに彼が好きな人が誰か、気になって気になって、それで眠れないのね。そうでしょう?」
「巫女さ…ま…。わ、私その…」

「どうしてそこまで気になるか……。それについて、ちょっとお話しましょ」
汚れたナプキンを、ランドリーバスケットに放り入れる。
彼女はあかねの肩をぽん、と叩いてソファに再び座らせ、改めてもう一度ジュースを勧めた。



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Megumi,Ka

suga