Kiss in the Moonlight

 Story=30-----01
小さい頃に一度だけ、フラワーガールを頼まれたことがある。
姉のように慕っていた親戚の女性で、いつもは至って普通の明るい人だったのが、まるでその日は別人のようで。
純白のウェディングドレス、細やかなレースのロングベール。
そんな彼女の目の前を、花束を持って歩いた時の誇らしさと緊張感。
花嫁に似た白いドレスを着て、まるで…自分がヴァージンロードを歩く主役になったみたいな。

いつか、自分もこんな風に花嫁として、神様の前で愛しい人と跪くのだ。
たくさんの花に囲まれ、聖なる歌声に祝福されて…永遠の愛を誓う時が来るんだと信じていた。

「さ、手を貸して」
そう言って隣から、手を差し伸べられた。
男性にしてはしなやかで長い指。けれど、大きくてしっかりとした手。
自分の手なんか、片手で包み込まれてしまうくらい。
でも、そのぬくもりは暖かで優しいことを、あかねはよく知っている。
「ゆっくりとね。ちゃんと手を支えているから、ゆっくり一歩ずつ進むんだよ」
「は、はい…」
リハーサルはこれまで何度もやったのに、今日は不思議と神聖な気持ちになる。
祭壇に続いてゆく道が、眩く光を放っているようにも見える。
…ホントにヴァージンロード、歩いているみたい。
ウェディングドレスみたいな格好だし、こうやって手を添えられて歩くなんて。

「新郎というより、これじゃ新婦の父だな」
苦笑する友雅の声が聞こえて、あかねは足元に集中していた意識を持ち上げた。
「だって、そうだろう?ヴァージンロードで花嫁をエスコートして歩くのは、父親の役目と決まっているじゃないか」
「あ、そういえば……」
確かに、上級巫女の彼女は"花婿になった気持ちで"と言ったけれど、本来ならこの道の向こうで新郎が待っているはず。
けれどもそこには勿論誰もいない。
存在しているのは、祭壇の上に佇む玉を抱えた龍の像。
そして、礼拝堂に立ちこめる香りの主、白百合の花。
「どうせなら、エスコートして歩く役より、祭壇の前で待つ役の方が良いけどね」
そう言って笑う、友雅の横顔。

「まあ、それは冗談だけど」
半分までやって来た時に、彼がそうつぶやいた。
「でも、あかね殿が本当に花嫁になった時には、喜んで花嫁の父役を承るよ」
「花嫁…って、私がですか」
「そうだよ。いずれは君も恋をして、本当にウェディングドレスを身に着けて、ヴァージンロードを歩くのだろうしね」
参列者に祝福される中を、ドレスに身を包み歩いてゆく。
愛しい人が待つ、祭壇の元へ。
「そして私は、向こうで待つ花婿に…君を引き渡すんだろうな」
片手であかねの手を握り、もう片方でケープの裾を払いながら友雅は歩き続ける。
彼女の歩幅に合わせ、わざとゆっくりした足取りで。


「はい、お疲れさま。あかね、歩き方の感覚分かった?」
ぱん!と手を打つ音がして、はっと我に返ると上級巫女の彼女が立っている。
いつのまにか祭壇が目前。
もたもたおぼつかない足で歩いていた気がしていたのに、あっという間に辿り着いてしまっていた。
「当日は友雅も着いてくれないわよ。あなた1人で、入口から祭壇まで歩いてくるのだから、ちゃんと踏み出し方しっかりね」
「わ、分かりました」
現実に戻されたとたんに、握ってくれていた手はそこになかった。
彼は純白のケープで身を包み、ただ隣に立っているだけ。

「じゃ、もう一回やってみましょ。今度はあかね1人で、ここまで歩いて来てごらんなさい」
「えっ!?私1人でですか!?」
「そうよ。何度もやってみないと慣れないでしょ?」
今来た方向を指差して、彼女は言う。
確かに一度くらいじゃ不安が残るし、当日のことを考えたらもうちょっと努力が必要なレベル。
だが、彼に支えてもらって歩けたけれど、今度は…どうだろう。
「練習なんだから、つまづいても今は平気よ。でも、どうしても不安なら…また友雅に手伝ってもらいなさい」
顔を上げると、友雅と視線がぶつかった。

「いや、今度は一人で歩いてもらった方が、感覚が掴めるのではないですか?」
自分の背中を押そうとした彼女を、友雅は止めた。
「何度か歩いてみれば、必ず慣れるよ。覚えておけば、これからあるだろうドレスアップする機会にも、きっと役立つだろうしね」
上級巫女を継承したあとは、異国の国司や祭司との交流も増える。
国同士で親交を深める意味もあるため、晩餐会なども数多く行われ、上級巫女もそこに参加することになる。
「エレガントな立ち振る舞いを身に着ければ、優れた男性が目に止めてくれるかもしれないよ」
友雅はそう言ったあと、あかねを見つめてにこやかに微笑む。

…何、言ってるのかしら、この人。
隣にいた上級巫女の彼女は、友雅の様子を呆れがちに見た。
自分からわざと、"恋をしなさい"みたいなこと言って。
本当は、誰にもあかねを渡したくないくせに。
バカね、距離を置こうとしたところで、結局は吹っ切れなくてこだわるのは、自分だと分かっているじゃないの。

「じゃあ、あかねは1人で歩いていらっしゃい。友雅は…この祭壇の前で、彼女を見守りながら待っていなさい」
「了解致しました。その方が良いと思いますよ」
「ええ、そうね」
それでは、と彼女はあかねに指示をし、再び礼拝堂の入口へ戻るように告げた。
すぐさまあかねはドレスの両裾をつまみ、足早にその場を去って行く。
ああすれば楽々歩けるけれど、まさか継承儀式で足首を晒し、駆け足で歩くなんて出来るわけもない。
かりにも、上級巫女となる者が。
「でも、ああいう身動きこそが、あかね殿らしさなんですがね」
友雅は苦笑しながら、白いベールを靡かせる後ろ姿を見る。

礼拝堂の入口にあかねが到着すると、彼女の声が館内に響いた。
「それじゃ、ゆっくりとこっちにいらっしゃい。落ち着いてー!」
その声に、こくこくと向こう側であかねはうなずく。
やや、表情は固めだ。緊張しているのだ。
すると友雅が、一歩前に進んだ。
「やはり途中まで、私がサポートに行った方が良いですかね」
じっとしていられなかったのだろう。
どんな時でも彼女を護るのは自分であり、困惑している時に手を貸すのも役目。
戸惑うあかねを一人にしておくのは、耐えられなかったのかもしれない。

しかし、そんな彼の行動を、上級巫女である彼女は堰き止めた。
「いいえ、あなたはここで待ってなさい」
そう言って友雅の目前を遮り、かわりに彼女自身が前へと歩き出す。
「私が行きます。あなたはここで、花嫁が到着するのを待っていなさい」
一度だけ振り向いて、彼女は言った。
その言葉は、向こう側にいるあかねの耳には、無論聞こえるはずもない。
だが友雅には、しっかりはっきり聞こえた。

-------花嫁を待て。この祭壇の前で。
あかねが来るのを、ここで待つように。
彼女は確かに、自分に対してそう言った。
さっきのような冗談めいた口調ではなくて、割と…誠実な口振りで。



***********

Megumi,Ka

suga