Kiss in the Moonlight

 Story=29-----03
言葉なんて必要なくても、心が通じ合える手段が他にあれば良い。
そんな話を昔聞いたことがあるけれど…、まさに今はそんな気持ちだった。
友雅もあかねも、自ら離れようとしなかった。
あかねは彼の腕の中に身を寄せ、友雅は彼女を抱きすくめる。
逃げられないほど強く。

時々相手の顔を伺うように見上げると、どちらともなく唇は近付く。
それが当たり前だと言わんばかりに、自然に動き出す。
寝転がるベッドの上。上から重なるあかねをただ抱きしめ…心だけで、何度も語りかけるが、その言葉は伝わっていないだろう。
…君のことが誰よりも、何よりも大切だ。
上級巫女としてではなくて、私がただ一人愛すべき人として。
伝えることが出来ないから…言葉も声もいらない。
胸のうちだけで、繰り返すだけの"愛してる"。

ずっとこうやって、一生…こうやって過ごしていくのか。
時折やってくる甘い偶然に度々痺れ、狼狽えながらも抱きしめざるを得なくて……そして、最後は手を止めて。
自分の人生の哀れさを、改めて感じてしまう。


----------コンコン
無限に続くかと思ったひとときが、ノックで一瞬のうちに終わりを告げた。
夢に浸っていた意識が途切れ、瞳に映るのは現実の彼、そして彼女。
「誰か…来客だね」
「そうです…ね」
あかねの身体ごと抱き起こし、友雅はベッドから立ち上がった。
足元を見極めながら透き間を抜け、ドアの鍵を開けると…そこに立っていたのは。
「巫女様、何故こちらに?」
「今日、お仕立て合わせ”の日でしょう?早めにあかねを呼びに来たのだけど…彼女、こちらにいるみたいだし」
埃だらけの散らかった部屋に、彼女を通すわけには行かない。
しかしそんなこと気にも止めず、彼女はいつもの彼を連れて部屋に入ってくる。

「ああ、やっぱりここにいたのね、あかね」
開けっ放しの寝室のドアを覗いてみると、ベッドの上にあかねが座っていた。
髪の毛は乱れているけれど、衣服は特に異変もない。
…残念。結局何もなかったみたいねえ。
ドアの外で、こっそり法力を使って中の様子を伺ったが、二人はベッドで抱きしめ合っていただけ。
せいぜいキスを幾度か交わしていたが、表向きはそれだけのようだ。
でも、確信は出来た。
あかねの心が、友雅に傾いていることだけは。

「あの、巫女様…お、お仕立て合わせですよね?」
「ええそうよ。大切な衣装だから、きちんと仕立てないといけないの。ちょっと早いけれど、一緒に来てくれる?」
「は、はい!分かりました」
急いであかねはベッドから下り、服の皺をぱたぱたと叩いて伸ばした。


友雅がドアを開けると、彼女はあかねを連れて部屋を出た。
時折あかねはこちらを振り向き、友雅の表情を見た。
恥ずかしいとか照れる素振りはなくて、見つめ合うような眼差しで。
「そうそう、お仕立て合わせは、友雅もちゃんと来てちょうだいね」
「私もですか?あかね殿の聖衣を作るためでしょう。私は用無しだと思いますが」
見張りか護衛でもしろ、という意味だろうか。
「違うわよ。あなたにも聖衣は必要なの。知らなかった?」
継承儀式に、巫女を護るべき者も同席することは知っている。
しかし、わざわざ衣を仕立てなくてはならないとは、今初めて知ったのだが。
「女性だったらきちんと仕立てるけれど、男性はマントのようなケープを作るだけだから、簡単よ」
ただし特殊な生地しか使えないため、出来合いのものは利用出来ないらしい。
「護る者も大変なんだねえ。そこにいる彼も、同じようなものを作ったのかい?」
「勿論です。聖なる儀式でございますから」
執事のような堅実で穏やかな口調で、彼は友雅の問いに答えた。


+++++


午後になり、あかねたちは礼拝堂にやって来た。
「うわあ……」
バールのように光沢のある、肌触りはまさにシルクのような純白の生地。
トルソーに仕立てられているのは、ロング丈のスリップドレスに、全身を包むほどのベール。
「綺麗なドレス…」
溜息がこぼれてしまうくらい、そのサンプルは美しく華やかで…そして清らかなドレスだ。
「まるで花嫁衣装みたいよねえ。そう思わない?」
うっとりしているあかねの横で、彼女が微笑みながら言った。
確かに、ウェディングドレスと言ってもおかしくない。
レースやフリルなどの飾りはないけれど、ロングドレスにロングベール。
白い花束でも手にしたら、花嫁に間違われてしまうかもしれない…なんて。
「さ、早く着てごらんなさい。あなたのためのドレスなんだから」
彼女はトルソーからドレスを取り、ベールと一緒にあかねへ手渡す。
滑らかなドレスの生地は、螺鈿のように少し虹色を含んでいるようにも見えた。


「もう少し、ストラップを短めにした方がいいかもね」
「背中でクロスにしましょう。それなら、ずれる心配もありませんし」
ドレスを身に着けたあと、数人の針子たちがあかねを取り囲む。
あちこちの寸法を確認しながら、どこをどうすれば良いかと、あれやこれや賑やかに相談している。
シンプルなデザインだが、その分細かくあかねの体格と寸法に合わせて、いくらでも調節するつもりらしい。
…これは、当日までに太ったら大変!気を付けなきゃ。
鏡に映る姿を意識しながら、あかねはそんなことを考えた。

「あかね、歩くとき気を付けてね。ドレスもベールも、裾がとても長いから」
ベールは引きずるだけだが、ドレスは足元を取られる。
こうやってつまんで、一歩ずつ確実に進むのよ…と、彼女は自分が儀式で経験した仕草を、目の前でやって見せながらあかねにアドバイスをする。
しかし、こんなに本格的なドレスを着ることなんて、今までなかったあかねである。国王や王族の者たちと会食の際でも、せいぜい丈はミディくらいだったし。
どんなに教えてもらっても、逆に足元が気になってそわそわしてしまう。

「仕方ないわね。やっぱりお手伝いをお願いしましょうか」
本番で新たな上級巫女が、つまづいて転んだりなんかしたら…ちょっと縁起悪いし、と彼女は苦笑する。
確かにそうだよねえ。いくら気を使っていても、私自他共に認めるドジだし。
絶対に転ばないとは言い切れないところが、悲しい。
彼女はドアを開けて、向かい側の仕立て部屋に向かって声を掛けた。

「友雅、ちょっといらっしゃい!」
………え?
しばらくして彼女が連れてきた彼は、あかねのドレスを同じ生地のケープをまとっていた。
「あなた、あかねの手を引いて儀式に出てちょうだい」
「私がですか…」
「そう。花嫁の手を引く花婿になったつもりで、優しくね?」
彼女はあかねと友雅の顔を見て、やや意味ありげに微笑んだ。



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Megumi,Ka

suga