Kiss in the Moonlight

 Story=29-----02
今日は、優しいオレンジの薔薇を選んだ。
白いマーガレットと黄色の小花を合わせ、日曜の朝らしいビタミンカラーでブーケを作る。
それを手に、藤姫はあかねの部屋へと向かった。

瑠璃色の館の離れは、人も少なく昼夜通して静かで穏やかな場所だ。
それ故に小鳥のさえずりや、雨の日は降りしきる雫の音さえも聞こえてくる。
コツ…コツ…藤姫の小さな足音が響く。
テラスの角を曲がり、ここを真っ直ぐ進めば一番奥の左手があかねの部屋。
そして、少し手前にある右手のドアが、友雅の部屋である。
「…あら?」
友雅の部屋の前に、一人の青年が立っている。藤姫もよく知っている男だ。
すぐに彼女は足取りを速め、彼の元へとやって来た。

「天真殿?そこで何をなさっているのですか?」
腕を組んでドアに左半分の身体を押し当て、天真はじっと立ち尽くしている。
目の前に駆け付けた藤姫に、彼は指先で口を押さえ"しーっ"と無言でいるようにと伝えた。
しかし、わけのわからない様子の天真を、黙ってここで見ていても始まらない。
「そこは友雅殿のお部屋ですわよ。お部屋の中で、何かおありなのですか?」
くいくいっと天真の袖を引っ張り、出来るだけ声を潜めながら尋ねる彼女に、一旦彼はドアから離れて藤姫の視線になるよう、その場にしゃがんだ。
「中で、ちょっと良い雰囲気になってんの。邪魔すんなよー?」
「良い雰囲気…?」
どういうことだろう。友雅の部屋で何が起こっているのか。
天真はどことなくわくわくしているみたいだが、果たして一体…。

と、その場にある人が姿を現した。
彼女の姿が廊下の向こうに見えると、さすがの天真もすっとその場から立ち上がり、近付いてくるまでの間一度たりとも顔を上げなかった。
「お顔お上げなさいな、天真」
ようやく声を掛けられて、彼は顔を上げる。
良い意味で上下関係をあまり気にしない天真だが、国王と上級巫女の前ではそうも行かない。
忠誠心を持つ相手への最低限の礼儀は、彼とてしっかりと理解している。
「あのー、どうかしたんすか?友雅かあかねに急用でも?」
「ええ、ちょっとね。で…天真はここで、何をしているの?」
上級巫女の彼女に尋ねられ、やや苦笑いを浮かべつつ天真は頭を掻く。
果たして言って良いものやら。
友雅の立場もあるし、あかねの都合もあるし。でも、二人が同時にその気なら…問題はなかったんだっけ?

「えーとですねえ。実はそのー…この部屋ん中で、あかねと友雅が良い感じの状態でして」
「な、何ですっ……んむううっ!!!!」
大声を出しそうになった藤姫を、慌てて天真が抑え込んだ。
ここで騒がれたら、せっかく進展しそうなところなのに、ぶちこわしになる。
天真も一応男であるから、友雅がどうにもならないあかねへの想いに、悩み続けているのを知っている。
自然の流れでこうなったなら、ちょっとくらい応援してやりたい気もある。
だが、上級巫女の彼女はどう思っているのだろう。
友雅が自分から、想いを嗾けることは御法度と言われているけれども。

しかし、彼女の反応は意外なものだった。
「へえ…?そうなの?じゃあ、邪魔してはいけないわね。場所を移して、しばらく時間を潰しましょうか」
「えっ?」
拍子抜けなほどすんなり受け入れられた現状に、天真は思わずぽかんとした。
継承間近の次期巫女のあかねが、恋に落ちても構わないのだろうか…彼女は。
「だって、あかねが求めるのなら問題はないでしょう?」
「いや、それはそーですけど!」
「別に生娘じゃなければ、継承出来ないという決まりはありませんよ」
にっこりと聖母のような微笑みで、彼女はとんでもない過激な言葉を言う。
天真の方が、呆気に取られるほどだ。


「それで、二人はどんな様子だったの?私に教えてちょうだい」
別棟の応接室に場所を移し、改めて彼女は天真に様子を尋ねてきた。
あかねたちが結ばれることに関しては、龍からの許可は得ている。
邪魔するどころか後押しするつもりだったのだが、運良くチャンスがやって来たようだ。
「えーと…詳しい流れは分かんないっすけど、ええと…まあ、キスとかー」
「あらま、そうなの。良い傾向じゃないの…。ねえ、キスだけ?ベッドに押し倒したりしてないの?」
天真は茶菓子のビスケットを、思わず口から吐き出した。
隣に座っている藤姫はといえば…、完全に沸騰しかけている。
「ねえ天真、あなた聞き耳立てていたんでしょう?甘い声とか聞こえなかった?」
「きっ、きっ、聞こえませんって!そんなのは!」
上級巫女とは聖なる存在で、神に仕える聖女にも似た尊い存在。
そう思って信じていたのだけれど、まさかこうも色恋事にあけすけな性格だったとは、初めて知った。

「そうなの…。友雅も押しが弱いわね。というより、あかねが鈍すぎるのかしら」
はあ、と深い溜息をついて、彼女は熱い紅茶を口に運ぶ。
呆然としている天真たちを前に、彼女を護るために存在する紳士もまた、苦笑ぎみに彼らを見ていた。
「あかねの鈍さは、かなり問題よねえ。自分の気持ちを理解させるには、どうすれば良いかしら」
「あの、それはつまり…あかねも友雅のこと、好きだってことッスか?」
「当然じゃないの。だって好きでもない、赤の他人の男とキスだなんて…」
天真はしたことないでしょう?と彼女は尋ねる。
あたりまえだ。どーしてあかねと意味もなく、キスなんか出来るか。

「…ちょっと様子、見てきましょうか」
いつのまにか彼女のカップは、からっぽになっている。
だが、天真たちのカップはなみなみの紅茶が、完全に冷め切ってそのままだ。
「天真なら聞き耳を立てるだけでしょうけれど、私は少しくらいなら部屋の中を覗く法を使えるのよ」
部屋の中を覗くだと?かりにも上級巫女が!?
もしも取り込み中だったら、どうするつもりだ…(でも少し興味はある)。
「巫女様、少々はしたないのではございませんか…?」
常に彼女を護る彼も、ここは一言忠告しなくては、と口を挟んだ。
しかし、まったく動じない彼女はすたすたと、我先に部屋を出て友雅の部屋に向かってゆく。
困った顔をしつつ、着いていかないわけに行かない彼は、彼女の後を追い掛ける。
取り残されたのは…天真と藤姫。

「あっ、あかね様はっ…、友雅殿がお好きなんですのっ!?」
急に飛び付いてきた藤姫が、真剣な顔で天真を睨む。
友雅が深い想いを抱いていそうな気はしていたが、あかねがまさか…同じように想っていたなんて知らなかったのだ。
「俺もまあ、はっきりは分かんねーけどっ!でも、好きでは…あると思うぜ。少なからず…な」
あかねが未熟すぎて、その心に気付いていないだけだ。
どうして友雅のそばにいるのか。何故、彼と共に過ごすのを自ら選ぶか。
自分から………キスをせがんで。
その意味に込められている自分の本心に、気付けないからうやむやのままで停滞している。

「もしあかねが、友雅を好きなら、どーしようもないの。これは、あかねの気持ち優先だから、俺らが何言っても無理なんだよな」
「…あかね様がお決めになるのですか」
「そ。全部があいつの心次第」
あかねの決心で、友雅の運命は決まってしまう…と言っても過言じゃないほどに。



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Megumi,Ka

suga