Kiss in the Moonlight

 Story=28-----03
天真が手伝ってくれたおかげで、あらかた部屋の中は片付いた。
せっかくあかねの部屋に運び入れたベッドも、一度も使わないまま再びここに戻って来ている。
「無駄な労力を使わせやがってぇー」
言葉では愚痴をこぼすが、天真は本心でそういうことを言う男ではない。
「悪かったね。あとで何か詫びをするよ」
苦笑いを浮かべながら友雅は、旅から戻って未だ紐解いていなかった箱を、やっと開封して荷物を取り出した。

さほど長い旅ではなかったが、各地で想い出に残るものを持ち帰ってきた。
朝市で見付けた、凝ったデザインの万年筆。
銀細工のスタンドが着いたワイングラス。
そういえば、この革細工の小銭入れは、元々大小二つの組み合わせで、小さいものを彼女にあげたのだった。
ほんのわずかな、自由時間。
二人で町に繰り出して、あちらこちらを見てまわった。
そんな時、いつも彼女は解き放たれた小鳥みたいに、無邪気にきょろきょろ走り回っては喜んでいたな。
…刻まれている記憶に、必ず彼女の笑顔がある。

「それにしてもさぁ、役得だったな」
急に天真が目の前に来て、しゃがみこみ下から覗き込んでくる。
「どーだったんだよ、あいつの…見たんだろ?」
意味深な身振り手振りをしながら、友雅の記憶を引っ張り出そうと必死の様子。
どうせどこかから噂が漏れるかもしれないし…と、友雅は天真に夕べのことを打ち明けた。
だが、あくまでも邪な意図があったわけじゃないのだと、身の潔白だけはきちんと説明しておいた…はずだ。
しかし、こういう話題になると、年頃の青年ならじっとしていられないのも現実。
「どうよ。好きな女のハダカをモロ見してさあー。だから朝まで、外で頭冷やしてたってわけ?」
「ふふ…残念ながら、彼女の方が意識し過ぎていたからね。敢えて自分から、部屋を出ただけだよ」
「はあ〜?女のハダカなんて、見慣れてるから何ともないってか?」
さんざん浮き名を流してきた友雅だし、いくら相手があかねでも、それほど動じることではないか?
友雅はあっさりと天真を交わし、再び荷物の整理を続けた。


----コンコン
二人は顔を上げて、ノックが響くドアの方を振り向いた。
旅を共にした者だけしか分からない、合図がわりのリズムを持ったノック。
「失礼。誰か来たみたいだね」
荷物整理の手を一旦止めて、友雅は入口へと向かった。

「あの……お、おはようございま…す」
開いたドアの向こう側に立っていたのは、すぐ向かいにある部屋の主…の彼女。
周囲をさりげなく見渡してみたが、少々小言の多い妖精の彼女の姿はなさそうだ。
「おはよう。どうしたんだい?何かあったのかな?」
「えっと…そういうわけじゃないんですけど…」
何か言いたいのだけれど、口が上手く動いてくれない。
もどかしさに耐えている彼女の様子が、友雅の目にはすぐ分かった。

「んじゃ、俺はまた剣の稽古があるから、帰るわ」
後ろからすっとやって来た天真が、ドアを思い切りこじあけて身体を挟んで来る。
そしてあかねを部屋の中に押し入れると、入れ替わりで自分が外へ出た。
「それじゃーな。友雅、腕良くなったからって、あんまり無理すんなよ?」
「ああ。朝早く御苦労様」
簡単に挨拶を交わし、ささっと天真は姿を消す。
…おそらく、彼なりに気を利かせたんだろう。
あかねがやって来たから、ふたりきりにした方が良いとか、そんな感じで。

「さ、お邪魔虫はいなくなった。二人だけだから、どんなことでも話してごらん」
ドアを閉めて、引き下がっても立ち去れないよう、入口を塞ぐ。
逃げるつもりはないようだけれど、何となく。
「あの、急に…お部屋に戻っちゃったって聞いて…」
「ああ…そうなんだよ。あかね殿はまだ眠っていたから、勝手に移動してしまったんだ。驚かせたかな?」
こくり、と小さくうなづいて、あかねは応える。

無造作に荷物を押し込まれた部屋は、まだ全然片付いていない。
ベッドは戻されて、開けたばかりの荷箱の他にも、未開封のものが数個もある。
「腕…治ったって聞いたんですけど、ホントなんですか…?」
「そうそう。今朝になって具合がやけに良くなってね。医師のところに行ったら、もう問題ないと言われたんだ」
友雅は腕を持ち上げて、上下左右に動かして見せた。
確かにぎこちなさは全然なくて、痛みも感じていないようで。
完治したようにも見えるけれど…でも、昨日の今日で、いきなり完全に治るなんて有り得るんだろうか。

「とにかく、もう大丈夫なんだ。だから外泊も必要ないし、あかね殿の部屋にお世話になる必要もないんだよ」
「それなら…良いんですけど…」
部屋に立ち尽くしているあかねのために、友雅は机の椅子を一脚持ってきて、あかねに差し出した。
「部屋が別になっていれば、覗かれることもないだろうしね?」
振り向きざま、彼はそう言って屈託なく笑顔を見せる。
だが、その笑顔が…あかねの胸にズキンと棘のような痛みを感じさせた。

「ごめんなさい…!。昨日、私が藤姫ちゃんにきちんと説明しなかったから…」
あかねの声が、今にも泣きそうなかぼそい声で、友雅は束ねた本の紐を解く作業を止め、すぐに彼女のそばに近付いた。
「友雅さんが、そんなことするわけないって、分かってるのに…」
「あかね殿…」
思わずその肩に、手が伸びた。
小さくて華奢な細い肩。何度もこの肩を抱いて、抱きしめていたのに、服の上から肌のぬくもりを探ってしまう。
一瞬脳裏を通り過ぎる…熱い感情。
それを何とか振り切って、友雅は気持ちを整え直した。
「う、疑ってないです!私、友雅さんのこと…誰よりも信じてるしっ…!」
「落ち着いて。大丈夫だから」
「…だからっ…怒らないで……」
とたん、胸の中にしがみついてくるあかね。
せっかく落ち着かせた気持ちが、また揺らぎはじめて…つい彼女を抱きしめてしまった。

「怒ってないよ。全然」
ほこりが舞い散る部屋の中…そんな塵さえきらきらと輝いて。
彼女と一緒にいるときは、いつだってそんな風に周りが煌めいて見える。
それだけ、自分にとって彼女の存在は特別なものだ。
世界を…変えてしまうほどに。
「怒ってないから、泣いたりしないで。それに、私はあかね殿が思っているほど、信用高い男でもないしね」
「…そんなことないです。私、さっきも言ったように誰よりも…」
顔を上げたあかねの頬を、友雅は軽く突いた。
「買いかぶりすぎ。私だって男なんだし、美しい人の艶やかな姿には、やっぱり興味があるからね?」
「…っ!!」
夕べのことがフラッシュバックして、突いた頬が真っ赤に染まった。

「それでも…信じてますっ」
ぎゅっとシャツの袖を掴んで、あかねは胸に顔を埋めた。
抱き留めて、抱き寄せて。
離したくないぬくもりを…少しでもこうして感じていたくて。
「ふっ…、あかね殿に信じてもらえるなら、それで良いよ」
本音がこぼれた。
誰が疑おうと、毛嫌いされようと、彼女だけが受け入れてくれれば…それで良い。
自分に任された命であろうと。
そして……この想いであろうと。

「信じてます…から」
「うん。ありがとう、あかね殿」
「……だ…から」
こくん、と息を飲む音に続いて、彼女が更に身体を寄せてきた。

そうして……かすれるほどの小さな声で、告げた。



「…キ…ス…して下さい…」



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Megumi,Ka

suga