Kiss in the Moonlight

 Story=02-----02
次の日の朝も、空は清々しく晴れた良い天気だった。
「旅なんて久々だからさー、夕べは爆睡しちゃったぜ」
まだ目が覚めたばかりとは言えど、あれだけぐっすり寝ていれば、目覚めもパキッとするだろう。
天真の熟睡ぶりを思い出し、頼久は込み上げてくる笑いを堪えた。

「あのさー頼久、ちょっとそこらへん、ひとっ走りして来ても構わねえ?」
「ああ。まだ皆も目覚る時間ではないだろうし、朝食までも時間がある。行って来ても構わんぞ。」
元々アクティブタイプの天真は、じっとしていられない性格だ。
毎日トレーニングと称して王宮内を走ってみたり、敷地内の森で子どもたちとレンジャーごっこしたりしている。
そのおかげで、筋肉隆々とまでは行かないが、健康的でしっかりしたパワーを持っている。

「んじゃ、ちょっくら行ってくるぜ」
天真は、バスルームのフェイスタオルを一枚持って、朝日が昇り始めた町へと出て行った。




店はまだ殆どが閉まっていて、歩いている者も殆どいない。
煉瓦で舗装された道は広く、ジョギングするにも走りやすい良い道だと感じた。
朝の空気は、どこも気持ちが良いものだ。
生まれたての酸素を、一番最初に吸い込めるような爽快感がある。
更に今朝は旅先ということで、走りながら目に映る景色は、見慣れた王宮ではないことも新鮮で面白い。
「旅先で走るってのも、面白いよなあー」
活気づいた町も見てみたいが、残念ながら朝食を終えたら出発だ。
目的地までどれくらい掛かるか、今の状況では全く見当が付かない。
せめて
この先訪れる町で、何日か留まれる余裕があれば良いのにな、と思いながら天真は中央広場の方へと向かった。

宿の周辺とは違って、広場は少しずつ人の気配が増えて来ていた。
ワゴンに積まれた果物や野菜。どうやら、朝市の支度をしているようだ。
広場をぐるりと回ってみると、焼きたてのパンを売っているワゴンもある。
香ばしい匂いに釣られそうになって、小銭も持たずに出て来た事を心底悔やみつつ、天真は宿に戻るために道をUターンした。


「いやー、綺麗だったねえー」
向こうから、若い男女が歩いて来た。
市場を切り盛りする者ならともかく、身なりからして観光客みたいな気がする。
こんなに朝早く、何で外を歩いているんだろう?と不思議に思っていると、そのあとからまた数人がゾロゾロと出て来た。
「おはよーっす。まだ朝早いのに、何かあったんすか?」
気になったので、天真はそこにいた家族連れの夫婦に尋ねてみた。
「そこの橋を渡ると、少し高台になってるんだ。そこから、朝日が反射した綺麗な景色が見えるんだよ」
「え?それって、夕暮れ時しか見えないんじゃないっすか?」
「夕暮れも綺麗だけど、朝日もまた綺麗なんだってさ。私らも宿の人に聞いて、早起きして見て来たんだけど…綺麗だったよー」
へえー、そうだったのか。
朝だから、人もそんなにいないだろうと思っていたら、お目当ての場所に集まってたんだな。

そういやあかねが、昨日あれを見たいとか言ってたよな。
夜は物騒だし、ああいう騒動も起こったくらいだから、出掛けなくて正解だと思ったけど。
もっと早く知ってたら、何人かで連れてってやれたのになー。
今から急いで宿に帰っても、まだ起きてはいないだろうし。
寝ているところを叩き起こしたら、それこそ友雅に大目玉を食らいそうだし。
可哀想だけど、見て見ぬ振りしておくか。
……などと考えながら、少し汗ばんだ顔をタオルで拭きながら、天真は宿に続く道を走って行った。


表の入口は閉じられているので、天真は裏口の方へと向かった。
向かいの店は、既に仕込みが始まっていて、朝食の用意に忙しそうだ。
身体を動かしたせいで、すっかり腹が減ってしまった。
これなら朝食も、思いっきり食べられそうだな…と思いながら路地へ入る。

「うわ!ほら!今、さーって風が吹いたでしょ!?」
その声は、丁度玄関の裏に差し掛かった時、頭の上から聞こえて来た。
天真はその場で立ち止まり、声のする方を見上げたとたん、何故か思わず壁際に身を隠した。
「風が拭くと、穂先がキラキラするの!すごい綺麗!」
「ほらほら、あまり乗り出すと危ないよ」
手すり程度の、小さなバルコニー。
身を乗り出して、遠くの景色を眺めている彼女を、彼は後ろから抱きとめている。
「見ました?友雅さん、今の見ました!?」
「少しね。確かに、噂に違わず綺麗なものだったよ」
「ね!ホントに綺麗ー!」
明るくはしゃぐあかねの声が、裏路地に響き渡る。

…あれ?…あ、そうか。
妙にしっくりこない感覚に、天真は夕べの事を思い出した。
元々のあかねの部屋は、ここではなく反対側の陽当たりが良い場所。
だが、夕べのひと騒動があったせいで、彼女は友雅の部屋で休むことになったんだった。
そういうわけで、あかねたちが顔を出しているのは、友雅の部屋だということ。
しかし、そんなことよりも気になるのは------。

「すごーい。綺麗ー!」
無邪気に大喜びしている彼女を、包むように抱いている彼。
バルコニーから落ちないようにと、自分の膝の上に乗せて抱え込んで。
そんな友雅の表情も、まだ朝早いというのに、満足げな笑顔をたたえている。
まるでそれは、恋人同士のような雰囲気にも思えて、見ているこちらがどきどきしてきた。

カランカラン。
賑やかな音が、路地裏に近付いて来た。
どうやら牛乳の配達に来たらしく、日焼けした男が古い自転車にまたがっていた。
バスケットと帆布袋には、大きめのミルク瓶が何本も詰められている。
すぐに隣の食堂から、主人が出て来てそれらを受け取っていた。
あれも朝食のメニューとして、並べられるのだろうか。

…と、あんまりここで、もたもたしてらんね。
そろそろみんな、起き始めても良い時間だ。早く部屋に戻って、食事に行くまえに汗を流さなくては。
天真はこっそりと路地から抜けて、友雅の部屋の前を壁伝いに通り抜けた。



「やっと戻ったのか、天真。泰明殿や鷹通殿も、既にお目覚めだぞ。」
部屋に上がると、頼久は既に荷物をまとめ終えていた。
代々伝えられて来た家宝の剣も、きちんと手入れを済ませて置かれている。
天真はフェイスタオルを放り出し、今度はバスタオルを持ってシャワールームのドアを開けた。
すると、ノックが数回聞こえたあとで、ドアがゆっくりと開いた。
やって来たのは、永泉である。

「おはようございます。天真殿はお戻りになられましたか?」
「ええ、今しがた戻りました。あかね殿のご様子は、如何でしたか?」
「既にお目覚めになられておりましたよ。どうやらお部屋から、朝の美しい景色が眺められるとのことで、早起きして友雅殿と楽しんでいられたそうです。」
その話を聞くと、頼久も永泉も表情が穏やかになったが、どことなく天真は複雑な気持ちが拭えなかった。



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Megumi,Ka

suga