Kiss in the Moonlight

 Story=27-----02
「これまでの友雅の、あかねへの接し方。何か問題がありました?」
『………』
龍は一瞬沈黙を作った。
それは気配を消したわけではなく、ただ言葉をつぐんだだけのこと。
「彼は自分のことよりも、まず第一にあかねのことを思っているわ。今回の怪我のことで、よくお分かりになったでしょう?」
『…確かにな』
言葉少なに、龍は彼女の問いを肯定する答えを告げた。

「もしかして、これも試練のひとつだとか言うんじゃないよね?」
ぽつり、と友雅が口を開くと、またも龍は黙り込んだ。
……図星か?
何せ龍胱山を二人で歩いている間、あろうことか自分に媚薬的な呪を施した彼。
想いを抱く相手と二人きりで、肌さえも触れられる機会まで与えられた中、自分が理性に耐えきれるかを試したくらいだ。
「だったらもう分かっただろう。私は、彼女の顔を曇らせるくらいなら、こんな痛み我慢してみせるよ」
薬の量を増やしたとしても、あかねを不安にはさせない。
自分の身体を少し蝕むことがあろうと、護るのは彼女自身と、彼女の笑顔だ。
「友雅にもしものことがあったら、彼のあかねへの想いも無駄になるのですよ。上級巫女へ加護を捧げるあなたが、それを邪魔するようなことは如何なものかしら」

目の前の光景に、またも友雅は驚かされる。
神に値する龍に対して、全く引き下がらない、恐れ知らずの彼女の話し方。
龍である彼を窘めるような言葉も、まったく堂々としてこちらがびっくりする。
「さ、お願いします。友雅の腕を普通に戻してください。そのために、ここへ連れてきたのですから」
しばしの沈黙。
だか、答えをじっと待ち続ける彼女と、背後に立つ彼。
どんなに時間が掛かろうと、こちらは手を引かないという強い意志が目に見えるようだ。
そして、やや時間を置いてから、さすがに彼も根負けしたのか。
『………了解した。では、すぐに腕から気を解放してやろう』
すんなりと彼女の願いを聞き入れ、友雅の腕を治療することを誓った。




「それにしても、巫女様のお強さには敬服致しましたよ」
嘘のように軽くなった腕を、慣らすようにゆっくり動かしながら友雅が言った。
「あの龍を言葉だけで押し切るとは…凄いものですね」
「自分に例えてみたのよ。私にとっては、彼が…あなたのようなことになったら、無理強いでも願いを聞き入れて貰うわ」
------だって、彼は私にかけがえのない人ですもの。
そう言って振り返ると、彼はいつもの穏やかな微笑みを浮かべている。
確実な信頼で繋がれている二人。
男と女ではあるけれど、異性としての愛情ではなく、限りなく親愛に近いものが彼らの間には存在する。
「あかねだって今回のことを知ったら…きっと私のようなことをするわよ」
「駄目ですよ。それにはまず、彼女にこの怪我を伝えなくてはならない。それは却下です」
友雅が答えると、彼女たちは静かに笑った。

『おまえにとって、そこまであかねは大切な存在か』
治療が施されたあと、ずっと黙っていた龍の声が再び聞こえてきた。
今回は魔法陣から震動が地下室全体に伝わり、スピーカーのようにその声を皆に響かせる。
「当然だろう。私はそこにいる彼のように、これから上級巫女であるあかね殿を護る人間だよ。命を捧げる相手を、大切じゃないはずがないだろうに」
『…私の前で誤魔化しても無駄だ。大切な存在というのは、あくまで"女"として、という意味だ』

ふと視線を感じて顔を上げると、二人がこちらを見ていた。
そして、姿形は見えないにしても、龍の気配は確かにそこにある。
「どういう答えを、ご所望ですか?」
「もちろん、あなたの本心。今更聞くことでもないけど、一応確認のためにね」
「意地の悪いことをなさるのだねえ…」
溜息のあと、気怠げに友雅は髪を掻き上げる。
わざと自分の本心を知っていながら、それを自らの口で発させるつもりか。


「……愛していますよ」
大きな声ではなかったが、その一言はしっかりと耳に残る声だった。
「はっきりと答えたわね」
「ええ。自分の本心ならば、迷う必要はありませんので」
こう尋ねられた時に、答える返事はこれ以外にない。
滅多に口にする機会はなかったけれど、もはや自覚していないわけがない。
初めて出会った時の愛しさは、そのまま年月を重ねていくうちに愛情へと変わり、今に至る。
「だったら、あかねが欲しいでしょう」
彼女が発したその言葉は、聞きようによっては過激な意味を含む。
そういう理由も合わせて、わざと彼女が選んだ言葉かもしれないが。
「欲しくても、自分から手に入れることが出来ないのなら、どうしようもないじゃないですか」
「昔のあなただったら、苦労しなかったでしょうにね」
言いたいことを言われっぱなし。
上級巫女には敵わないのは、現巫女も時期巫女も同じことか。意味は違うが。

「でもね、上級巫女になれば、意外と男性と出会うきっかけが増えるわよ」
彼女は自らの経験を、思い出しながら言った。
年頃になると各国の司教たちが、息子や親類の青年を連れてやって来る。
首脳陣もやたらと息子などを同行させ、親しい関係を築こうとコミュニケーションを図ってきた。
「私はその頃には、皇太子様と心を通わせておりましたから、迷う必要はなかったけれど」
だけど--------
「あかねは、まだまっさらよ。もしかしたら、他の誰かと恋をして、奪われるかもしれないわよ」
「仕方ないでしょう。彼女が自らそう願うなら、それを見届けるしかありません」
自分には決定権も、優位に事を進める方法もないのだから。

『巫女と護る者でも、結ばれることは可能だ。多くの前例もある』
今度は龍の声が、友雅に囁きかけた。
これまた誘惑を促されるような、危険な発言だと思う。
自分とあかねが結ばれても、構わないと龍自ら言っているのだ。
だが、何度も言うように、たったひとつの問題が取り除けないうちは、答えは絶対に変わらない。
「欲しいですよ。私は、あかね殿が欲しい。誰にも渡したくはありませんよ」
彼女がもしも、少しでも自分に恋心を向けてくれていたら。
もし、そうならば…踏み出せるけれど。

「あなたの力なら、あの子の心を見抜くことも出来るでしょう?」
「無理です。上級巫女殿の心には、触れてはならないよう国王から厳しく言われております」
この力はやや特異なものだから、下手に使用しては問題が生じる。
外交問題や国事に関わる時は、重宝がられる力ではあるが。
「尊い方の心を見抜くのは、不謹慎であるからと。ですから、一度も彼女の本心までは、踏み込んでおりません」

素直な彼女だから、心を見抜かぬとも表情で、何となく考えや気分は理解出来る。
けれど、心の奥までは分からない。
それが知りたくて、何度もモヤモヤした気分を抱いては、押し込めての繰り返しだった。
もちろんそれは、現在も続いている。



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Megumi,Ka

suga