Kiss in the Moonlight

 Story=26-----03
テラスに続くドアの影で、藤姫はどきどきしながら様子を伺っていた。
ポットにたっぷりの紅茶を入れて来たのだが、こんな状況が繰り広げられていては、さすがに踏み込むことは出来ない。
さっきはタッチの差で割り込んで行けたけれど、今回は…無理だ。

…あかね様、友雅殿のこと…お慕いしているのかしら…っ。
長く長く口づけを交わしている二人を尻目に、藤姫はそんなことを考える。
友雅があかねを想っていることは、一緒に旅をした者たちからそれとなく聞いた。
あかね本人の気持ちは分からないけれど、いざとなれば友雅は迫る可能性があるんじゃないかと。

王宮にやって来て、ゆっくりみんなと話をすることが出来たのだが、そこから出てきた友雅の話題には呆れるほどだった。
剣術や武芸に関しては、水準以上の優れた技術を兼ね備えている。
特に人の心理を見抜く力には長けており、透視か読心術でも使えるのではないか?と思うほどらしい。
が、問題はプライベート関係。
異性との付き合いについては…もう何というか、いい加減というか適当というか。
特定の相手と付き合うのではなく、その場で楽しめる相手とその場だけ過ごすということばかり。
本気で人を愛せる男じゃないのではないか?と、誰もが囁いていたそうだ。

そんな方があかね様をお慕いするなんて…!
もしかしたら、あかね様を傷付けてしまうかもしれないですわ。
極力、お二人が私的に必要以上近付かないように、気を付けて差し上げなきゃ!
藤姫は力強く、そう決意したのである。

が、そうは思っても…あかねが本気で友雅を慕っていたら、どうしよう。
そうしたら、彼女の気持ちを優先しなきゃいけない。
反対すれば、傷付けてしまうから。
あかねを悲しませるために、自分はここに居ることを許されたわけじゃないのだ。
もしもあかねが……あかねも彼を想っているのなら。

こっそりと、藤姫は柱からテラスを覗く。
二人はまだ口づけの最中。
だが、あかねも友雅も夢を見るような表情で、解き放たれたみたいに唇を重ねる。
…果たして、どうなのでしょう…。
ポットを抱えたまま、藤姫は柱の影で物思いに耽る。


「あれ?藤姫ちゃん…こんなところで何してるの?」
「えっ!?あ、きゃあっ!」

--------ガチャン!

テラスの上に広がる紅茶。
散らばるティーポットの破片が、あちこちに飛び回る。
「あっ…ご、ごめんね!驚かせちゃった…ごめん!怪我しなかった?」
「も、申し訳ございません詩紋殿っ…!私、つい手が滑ってしまってっ…!」
「ううん、僕も突然声掛けたからね。大丈夫?僕、ポットを片付けるから」
詩紋は藤姫を廊下の隅に移動させて、大きな欠片を拾い始める。
その間に藤姫は、急いで掃除用具を取りに走り出した。

「あの…大丈夫?」
藤姫の前に、あかねが顔を出した。
「あ、あかね様っ!」
「何か、ポットを壊しちゃったみたいだけど、怪我してない?」
「す、すみませんっ!すぐに片付けますっ!」
そう言うと藤姫は、何故か真っ赤になって逃げるように駆けてゆく。
「ごめんなさい、僕が急に声を掛けたから、藤姫ちゃんびっくりして手が滑ったんだよ」
欠片を拾い集めている詩紋が、あかねと友雅を見上げてぺこりと頭を下げた。
「じゃあ、藤姫殿はずっとここにいたのかい?」
「はい。さっき紅茶のお代わりを作りに来たんですけど、何か…ポット持ったまま柱の影でずっと立ってて…」

もしかして……藤姫は見ていたんだろうか。
彼と…キスしていたのを。
だからそこで、終わるのを待っていた…とか?
そう考えたら、顔が熱くなった。
無心で口づけに浸っていたから、周りのことなんか全然忘れていたのだ。
それほどに……彼とのキスに心を奪われていた自分。
どうしてそんなにも、夢中になっていたんだろう。
キスには慣れていると言っても、ちょっとやりすぎ……?


「詩紋、片づけを手伝うよ」
友雅はその場に腰を折り、詩紋と共に欠片を集め始めた。
「だ、大丈夫です!友雅さん、まだ腕が完治してないのに、こんなことしたら…」
「これくらいのことで痛めるようなら、外泊許可出されていないよ」
彼は笑いながら、ふわふわした詩紋の頭を撫で回した。

「あかね殿は、テラスに戻って休んでおいで。ついでに、新しいスイーツもいくつか用意してくるよ」
「あ、は…い」
詩紋と片づけをあらかた終えて、二人は厨房室へと向かってゆく。
一人残されたあかねは、そこに立ち尽くした。
私……何やってたんだろう。
友雅さんとキスするのは毎晩のことだし、全然嫌じゃないけれど…。
だからって、あんなに何度もする必要はなかったのよね…。
でも、ああいう風にするのが当然のような気もして。
キスをすると、頭が真っ白になってぼうっとしてしまって……。

おやすみのキスとは違うキス。
おやすみの時は、こんなに無心になってしまうこともない。
なのにどうして…だろう。
嫌じゃないんだ、そんな風になるのが。
でも、思い返すとどきどきしてしまうのは…どうして。

……何だか変だ。
何かが違う。どこが違う?
分からない…けど、このままでも良いような気もする。
「…私、何したいんだろ…」
確実に、自分が理解出来ない。

上級巫女の継承儀式は間近。
揺らいだ気持ちで挑んではいけないのに、気持ちを正す理由も手掛かりもない。
「はあ……」
椅子に腰をおろして、あかねは深く溜息をつく。
そんな自分を藤姫がこっそり覗いていたことに、あかねは気付くことはなかった。



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Megumi,Ka

suga