Kiss in the Moonlight

 Story=26-----02
「それで、あかね様に教えて頂いたケーキを、作ってみましたの。皆様に味は見て頂いたのですけれど、如何ですか?」
「うん、すごく美味しい!藤姫ちゃん覚えるの早いねー、すごいよ!」
緑溢れる中庭のテラスに、アイアン細工のテーブルセットが置かれている。
見ているだけで活力をもらえるような、黄色の花が咲き乱れるのを眺めながら、ティーカップに注がれるのは林檎の香りの紅茶。
プレートにはハーブ入りのパウンドケーキが、一切れずつあかねと友雅に用意されていた。
「ね、美味しいですよね、友雅さん!」
「ああ、そうだね。初めて作ったとは思えない味だね」
一口味わってそう答えると、あかねと藤姫は嬉しそうにまた話を始める。

まるで姉妹みたいだねえ…。
妖精だった頃からそうではあったが、すっかり藤姫はあかねに懐いてしまった。
召使いとか世話係というよりも、彼女を慕って甲斐甲斐しく着いてまわっているような、そんな感じだ。
まあ…それも微笑ましい光景ではある。
あかねも藤姫を可愛がっているし、それは構わないのだけれど。
…でも、ちょっとくらいはふたりきりで、邪魔されずに過ごしたいかな…。
とかなんとか、そんなことを思いつつ、紅茶を啜る。

しかし、こうして外の空気を吸うのも久し振りだ。
王宮に戻ってから…というより、下山してから殆ど腕の痛みに意識を奪われて、気付いたら病棟の中にいた。
そのあとは病室を出る機会もなく、彼女が会いに来る時だけを楽しみにしていた日々だった。
腕も本調子に戻りつつあるし、もうすぐ普通の生活に戻れるだろう。
随時投薬は必要かもしれないが。

「友雅さん…大丈夫ですか?」
ふと顔を上げると、あかねが身を乗り出している。
どこか心配そうな顔をして、覗き込むように友雅を見ていた。
「腕、痛いとか…?おかしな感じがするとか、ないですか?」
「いや、全然平気だよ。どうして?」
「だって…なんか黙ってぼうっとしているから…」
小鳥が数羽、囀りながらテラスの足元へと降り立つ。
とんとん、と細い足を弾ませながら、彼らはあかねのつま先辺りで遊び始めた。
「別に何でもないよ。久し振りに太陽の光を浴びたから、少しぼんやりしていただけだ」
思い出したように友雅は、デザートフォークでケーキをもう一切れ頬張る。

「具合悪くなったら、言ってくださいね?私、何でも力になりますから」
「はは…そんな心配はしなくても平気だよ。あかね殿の力を借りるようでは、君を護る資格を剥奪されてしまうからね」
つる薔薇模様のティーポットから、あかねのカップに紅茶を注いでやる。
少し濃いめに出た分を、差し湯でちょっとだけ薄めてから差し出す。
そして残りは自分の方へ…と傾けると、ポットからは数滴しか雫が落ちてこない。
「お茶、終わってしまったみたいだね」
「それでは、すぐにおかわりをご用意致しますわ」
空っぽになったポットを手にして、藤姫はテラスから館内へと消えてゆく。
そんな彼女を追い掛けていくように、小鳥もあちこちを自由気ままに歩き回る。

やっとふたりきりになったな。
穏やかな日差しと花を愛でながら、目の前に座る彼女を眺める。
咲き誇る花よりも、華やかな紅茶の香りよりも、目を奪われるのはそこにいる彼女自身だ。
「あのー…何ですか?私、どこかおかしいですか?」
あかねは友雅の視線に気付いて、髪の毛や服の皺などをあちこち気にし始める。
おっちょこちょいなのは十分自覚しているので、どこか間抜けなことをしても気付かなかったり…というのも多々ある。
もしかして、さりげなくそれを気付かせようと、じっとこちらを見ていたのかも?

と落ち着かないあかねに、友雅は小さく笑ってみせた。
「どこもおかしくないよ。いつも通りのあかね殿だよ」
「だ、だって…さっきからじろじろ見るからっ…」
「ふふ、それはね、見とれていたんだよ、君に」
甘い台詞と艶やかな笑みを向けられたとたん、アルコールでも飲んだように、ぽっとあかねの頬が染まる。
「そ、そんなこと言ってっ…か、からかうっ…」
こんな風に赤面するのを楽しむために、わざとそんな事を言うんだ。
気恥ずかしくて、ふっとあかねは視線を逸らす。

「うん、正直なことを言うと…ちょっと嫉妬してたんだよ」
「…は?」
またそんな、ピンと来ないような言葉を彼は口にする。
「あまりにあかね殿と藤姫殿が仲良くて、もしかして私はお邪魔虫かな?とかね」
「ええっ?そんなことないですよ!」
何を言っているのだ、と言わんばかりの朗らかな顔であかねは笑う。
まだ少し、頬は紅を差しているけれど。
「確かに藤姫ちゃんは、妹みたいで可愛くて…」
「そうだね、私も姉妹みたいだと思ったよ。あかね殿を本当に慕っているのが分かるよ」
二人の仲が良いのは、何より。
だからほんの少しだけ…気を回して欲しいなんて思うのは、単なる自分のわがままだとは分かっている。
けれども、抑えきれない。
想いがあまりにも、大きすぎて。なのに、触れられないから尚更に。

「でもね、私もあかね殿のことはお慕いしているよ」
「…え」
どきん、と震える心音に、大きな手があかねの手を包み込む。
見つめる瞳がまっすぐに自分を捕らえて、身動きさえも止められる。
「私が命を懸けて護ることの出来る、大切な人だからね…」
それは真実。間違いなく真実ではあるけれど、隠している本来の気持ちは底に潜んだまま。
表に出さず、自分の心の中でだけ繰り返す。
大切な人…それは、最愛の女性という意味で。
すべてを捧げて、人知れず愛し続ける覚悟を決めた、その人であることを。
……言葉には出さないけれど、ずっと想い続けている。

「少し、身を乗り出して?」
友雅に言われる通りに、両肘を着いて少し腰を浮かせた。
するとまた彼の指が、顎へと伸びてくる。

あ、さっきの……続き?
何となく直感でそうピンと来て、あかねはもう一度瞼を閉じた。
「……ん」
唇が触れ合う音がして、一旦離れて。
また近付いたあとは、ずっとそのまま。
「……っん」
誰もいない静まりかえったテラス。
キスが回を重ねていくうちに、どんどん胸の奥が熱くなってゆくのに、離せない。
「あ…っ………」
手を強く握りしめられて、それでも唇は引き戻されて。
おやすみのキスよりもずっと熱い口づけは、花の香りが漂う中で続けられた。



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Megumi,Ka

suga