Kiss in the Moonlight

 Story=26-----01
友雅に外泊許可が出た当日、あかねは朝早くから病棟を訪れた。
理由はもちろん、彼を迎えに来たのである。
腕の具合は薬と上級巫女の力により、実際のところはかなり回復に向かっている。
やや痛みが押し寄せることも度々あるが、それらは鎮静剤でやり過ごせるほどになっていた。

あかねに案内されながら、塔の離れにある瑠璃色の館へ足を進ませる。
天気が良いせいか、館の全体に散りばめられた瑠璃色のタイルは、宝石のように神秘的な輝きを放っていた。
「おっ、病み上がりのご登場か」
「残念ながら完治ではないから、正式に病み上がりとは言えないけどね」
ドアが開かれた部屋から、椅子を担いで天真が出て来てきて二人の前に立った。
部屋の前には、まだいくつかの家具が置きっぱなしのまま。
中からは騒々しい物音が聞こえている。
「天真くんたちに、部屋の片付けを手伝ってもらってるんです」
部屋の片付けとは言っても、既にあかねの日用品は部屋に整理されている。
今回は、彼が外泊の間の数日を過ごす部屋に、ベッドやテーブルなどを運び入れる作業だ。
「そんなに立派な用意をしなくても。どうせ数日で、また病棟に帰るんだし」
「ダメですよ。ベッドくらいは馴染んだものを使わないと、身体が痛くなっちゃいます」
そう言ってわざわざ、彼の部屋にあったベッドをそのまま移動してきた。
彼の体格に合わせたものであるから、天真たち肉体労働派でも運び出すのは少々苦労したほどだ。

「でも、確かに今度の部屋は随分と広いね」
入口をくぐった友雅は、ぐるりと部屋を見渡した。
白大理石で揃えられたリビングには、上品な仕立てのインテリア家具が並ぶ。
様式美を施した大きな窓ガラスや、絹を使ったファブリックたち。
造りはシンプルでも、どれもこれもが最上級の材質を使ったものばかり。
そんな中でも、あちらこちらに花が飾られていて。
花束になるようなものではなく、野に咲く草花を空き瓶に差しては、ホッとした空気を作っている。
…こういうところは、全然変わっていないね。
彼女が暮らしていたアパートメントでも、こんな光景があったものだ。

ドタドタドタ…けたたましい足音が近付いて来る。
「友雅ぁ、本とかも運んだ方がいいか?」
次に顔を出したのは、イノリである。
天真とともに、今日の力仕事を請負ったもう1人である。
「おまえの荷物は、全部新しい部屋に運んであるんだけど、荷を解いてないんだよな。どうする?」
「ああ、別に運ばなくても良いよ。数日だから、特に必要にもならないだろうし」
いざと言う時は蔵書庫に行けば良いし、あかねに尋ねれば資料などはかき集められるだろう。
とにかく今回は単なる外泊で、腰を据えるわけじゃない。
まだまだ落ち着かない日々が続くと思うと、それなりに気の重さもないわけじゃあないが。
「じゃ、適当に日用品だけ運ぶぜ」
「頼むよ。いずれまた部屋に戻すのだから、軽いものだけで良いからね」
「了解ー」
イノリはそう返事して、部屋を出て行った。


さて、これからどうしようか。
この腕では荷物運びを手伝えるわけもないし、だからと言ってここでじっとしていては邪魔になる。
「もうしばらく作業は掛かるよね。それまでどこで時間を潰せば良いかな?」
「ん…そうですねえ」
今日は土の曜日。
普段は忙しいあかねも、週末はゆっくりと自由に過ごせる貴重な時間。
その日に彼が外泊出来て良かった、と思う。普段の日だったら、手伝いも出来なくてそわそわしていたに違いない。

…でも、良かった。外泊出来るくらい元気になって。
下山したとたん、腕の痛みに襲われてうずくまった彼の姿と、牙をむく龍に刃を翳した瞬間が、何度も交互に思い出されては胸が痛んだ。
もしかしたら、止められたんじゃないだろうか。
自分にはその力があったんじゃないだろうか、と思っては切なくなって眠れない夜もあったけれど。
だけど、今こうして隣に居る彼は…いつもそばにいてくれた彼と大差ない。

「うん?甘いひとときを繰り広げるには、ちょっとまだ時間が早いよ」
「…そういうんじゃないですよ…」
腕に刺激が伝わらぬ様、そっと手を添えてゆっくりと寄り添う。
友雅を労るように、それか、少し甘えるように。
「でも、そういうことに時間とか気にするのは、ちょっと野暮かもしれないね」
「……え?」
つん、と友雅の人差し指があかねの顎を突き、彼を見上げる。
近付いてくる唇に、ゆっくりと瞼を閉じようとした………その時。

「あかね様っ、お茶のご用意が出来ましたので、テラスの方へお越し下さいませ」
二人の間に挟まるようにして、割り込んできた少女が一人。
年の頃なら十になるかならないか、くらいだろうか。
王宮の、しかも上級巫女の周辺を行き来する者としては、あまりに幼すぎて違和感がある。
だが、その風貌は見慣れたものであった。
「おや、もしかして君は…」
「あ、そうなんです」
あかねは改めて少女を引き寄せ、友雅の前に立たせた。
漆黒の長い髪と瞳に、ミルク色の肌。
メイド用のワンピースの上から、淡いラベンダーのエプロンドレスを重ねている。
「藤姫ちゃんです。これから私のお世話をしてくれることになったんです」
ひらひらと舞うように飛び回っていた彼女は、薄いレースのような羽根も見当たらず、今や普通の可愛い少女である。
「旅が終わるまでの同行じゃなかったのかい」
「姫様のご意志もございまして、これからもあかね様のお側に着かせて頂くことにいたしましたの」

旅が終わり王宮に着いたその夜、彼女の主であった守護精霊から連絡が届いた。
あかねたちが力を尽くしてくれたおかげで、自分は元の世界へ戻ることが出来た。
護るべき土地も、着実に復興へと向かっていることを、心から感謝するという旨の文書に加え、小さな力であるが藤姫をあかねのために捧げる、と書かれていた。
「で、その夜に上級巫女様が儀式を行って下さって、藤姫ちゃんを普通の女の子にしてくれたんです」
「ふうん、そうなのかい…」
上級巫女の力と言うのは、妖精を人間に変える事も可能なのか。
そんな大きな力が、目の前にいるあかねにも備わっていくのだろうか。
「あ、でもそれはあちらの精霊様の力が、同時に働いていたせいですよ。上級巫女の力だけでは,そんなことは出来ないです」
……と、言っていたらしい。
そうは言っても、泰明たちが行う呪術などと比べても、かなり桁が違う。
それだけ、上級巫女の存在も力も特別なのだろうが。

「あかね様、お茶が冷めてしまいますわ。早くテラスへお越し下さいませ」
藤姫がくいっと、あかねの袖を引っ張った。
「うん、そうだね。じゃ、友雅さん、行きましょう」
部屋はまだまだ片付きそうにない。
力を貸してくれている天真とイノリには、あとで食事でもご馳走してやることにして、取り敢えず場所を変えて時間を過ごそう。

湿っぽい病室ではなく、風を感じる開放的な場所で。
のんびりとお茶でも飲みながら、彼女の姿を眺める時間は、きっと心地良い。



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Megumi,Ka

suga