Kiss in the Moonlight

 Story=25-----03
「そういうわけでね。明日からの週末3日くらい、めでたくドクターから外泊許可が出たんだよ」
「えっ!ほ、本当ですか!?」
ベッドの上に身を乗り上げて、あかねは嬉しそうに顔を近付けてきた。
「本当本当。塗り薬と飲み薬をきちんと取れば、それ以外は普通に過ごしても平気って言われたよ」
医師には、確かにそう言われた。
ただし、あかねには打ち明けていないことがある。
患部に薬を塗り、そして服用する以外に、現上級巫女の彼女からの気を、必ず毎日受けること。
徐々に回復へと向かってはいるが、余裕のある仕上がりではない。
時間が掛かる治療スタイルだが、彼女に負い目を抱かせずに済む。それで良い。

「あ、でも…友雅さん。それって誰かに、もう連絡してます?」
「いや、まだ誰にも言ってない…な、多分」
ドクターから許可を出されたのは、あかねが来る少し前のことだ。
先程帰った上級巫女の彼女たちには、一応話はしたけれど。
「だけど、完全な退院じゃないからね。単に自分の部屋に戻れば良いことだから」
病室に置かれた荷物は、まだこのままにしておこう。
退院したときに運べば良いし、あとは自室にあるものを使えば良いから、手間は掛からないはず。
…だったのだが。

「実は、友雅さんのお部屋、まだ片付いてないんです」
「私の部屋?何かあったのかい?」
主が留守にしている間、盗賊でも入って荒らされたとか。
または、何か災害があったとか?
そんなことが起こったら、いくら何でも病室に連絡が入って来るだろうけど。
「あのですね、旅から帰ってきたあと、お部屋を引っ越したんですよ」
そう言って、あかねは友雅に事情を説明し始めた。



「…なるほど。じゃあ、あかね殿の部屋は、東の礼拝堂と繋がる離れの棟に移ったのだね」
「はい、そうです」
いつでも儀式に入れるように、回廊でぐるり一続きになった棟。
青いモザイクガラスで彩られた、"瑠璃色の館"と囁かれる美しい建物だ。
「で、私の部屋も、あかね殿と同じ棟に移ったのか」
「そうです。中庭を挟んだ向かい側の部屋に、新しい友雅さんのお部屋が出来たんです」
上級巫女を護る者は、出来る限り近くで過ごさねばならないから。

しかし、旅が終わってすぐに友雅は治療で病棟へ。
おかげで彼の部屋は、手つかずのまま片付いていない。
新しい部屋には備え付けのベッドがあるが、そこらじゅうに荷物が置きっぱなし。
かと言って、腕を負傷している友雅に、引っ越し作業をさせるわけにもいかない。
「そうか。じゃあ退院出来るまで、外泊は遠慮しておいた方がいいかな」
こんな格好では周囲を気負いさせるだろうし、だったら大人しくここにいたほうがいいかも。
きっと…ここにいてもあかねは、顔を見せにやって来てくれる。
それなら別に、病室でも自室でも、どっちでも良い。


「ね、友雅さん。だったら……私の部屋に来ませんか?」
最後の薬草酒をグラスに注ぎ、あかねはそれを友雅に差し出した。
「今度の私の部屋、すごく広いんですよ。寝室の他にお部屋が2つもあるんです」
広々としたリビングの他に、病気や怪我などの際に付き添いが休めるようにと、来客向けの部屋が備えられている。
そしてあかねの寝室は、リビングと同じくらい広々としている。
「そうして下さいよ。私の部屋にいれば、一緒にいられるでしょう?」

…聞きようによっては、目眩がするほど甘美な誘い文句だ。
心からの厚意なのだろうが、一緒の部屋で過ごしましょう…なんて。
「帰ったら、友雅さん用のベッドを用意してもらいます。だから、せっかくの外泊ですもん…楽しんでくださいよ」
大きな瞳を近付けて、無邪気に覗き込むその表情。
抱きしめたくなるほど惹かれた、彼女の言葉を拒むことは……出来ない。
「じゃ、御言葉に甘えようかな」
「うん、そうしてください!」
ヒマワリのように明るい笑顔が、にっこりと目の前に咲き誇る。

「……きゃっ!」
飲み干したグラスをサイドテーブルに置き、空いた右手で身体が抱き寄せられた。
恋人を抱くみたいに倒されて、唇が耳元に。
「あかね殿のベッドは、どれくらいのサイズ?」
「えっ…け、結構大きいですよ…」
真鍮の天蓋があり、シルクレースのカーテンで四方を覆われている。
サイズはダブルよりも大きいみたいだから…クイーンくらいあるんだろうか。
「じゃあ、わざわざ新しいベッドなんか用意しなくても、一緒に寝られるかもしれないね?」
「え、ええっ!?それは、それはいくらなんでもっ…!!!」
カーッと顔が赤らむ彼女を、片手でぎゅっと抱き締めた。

「でも、寝ぼけて腕を蹴飛ばされたりしたら、治りが遅くなってしまうかな」
「……!!!」
それはつまり、人を蹴飛ばすほど寝相が悪い、と言っているのか!?
確かに、あまり寝相は良いとは言えないし。
朝起きたら、毛布も何も床下に落ちていた…ってことも多々あるし。
否定は出来ないけれども…何だかちょっと面白くない。
「やっぱりベッドを用意してもらうよ。その方が何かと安全だし」
「そ、そーですかー」
からかわれたと思ったのか、あかねは不服そうに少し唇を尖らせる。


「だけど……嬉しいよ。いろいろと私のことを、気を遣ってくれて」
つん、と頬を指先で突くと、あかねは顔をこちらに向けた。
「毎日、こうして薬草酒などを差し入れしてくれて。顔を見せに来てくれるだけでも、私は嬉しいんだよ」
「そんなの別に…。これくらい、たいしたことないです」
元はといえば、自分が龍と友雅との戦いを止められなかった。それが原因で、彼が負傷したのかもしれない。
わずかにも責任を負う必要はある。
でも、何をすれば良いか思い付かないから…こんなことしか出来ない。
「責任なんて何もないよ。あかね殿は、気にしなくて良い」
「……」
とか言ったって、責任感の強い彼女には、完全に無関心でいることは無理だろう。
それほどに、慈愛に満ちた心の持ち主だから。

その心を独り占めしたい…なんて、とんでもない貪欲なヤツだよね、私は。
あかねの肩を抱き、友雅は彼女の口元に小さくキスをした。
「あっ…?」
「今、ふと思い出したよ。あかね殿の部屋に泊まったとき、こんな風にキスしたことあったよね?」
「あ、あああっ!!!」
再び顔が赤面してゆく。あっと言う間に…完熟した林檎みたいな色に変わる。
あの時、はじめての……口づけ。
予想もしなかった、彼の唇の感触。
「初めてだったんだっけ?」
「…………っ…」
恥ずかしくてうつむいた顎を、そっと友雅は持ち上げる。
うるうるとした瞳の中に、あの夜"自分を護る"と言ったその人が、抱きしめてくれている。

はじめてのキスに戸惑って、混乱して。
それはもう、昔のこと。
近付くことも、近付かれることも、今は----------当たり前のように、重なっては、また重なる。

それが当然のことだ、というように。



***********

Megumi,Ka

suga