Kiss in the Moonlight

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長い旅が終わって、安全を確保された王宮に戻って来たとはいえ、安息の日はまだまだ遠かった。
「説明は以上です。何か他に、質問などはございませんか?」
「まあ、取り合えず分かんねえことに気付いたら、その都度聞くからいいや」
「かと言って、肝心の時にあれこれと尋ねられては、業務に集中出来なくて困る」
「硬いこと言うなってのー。後輩の指導は先輩の役目だぜ?」
そう笑いながら、頼久の肩を叩く。
全く後輩らしさなど皆無の天真であるが、これもまた彼の長所。
人を見下したり蔑んだり、威厳を押し付けることはないし、その反面で他人への尊敬の念はしっかり持っている。
だから頼久も文句は言わないし、天真も遠慮はしない。
それでも二人の間には、対等に渡り合える信頼の絆が築かれている。

「それでは、本日はこれでおしまいに致しましょう」
鷹通が、パタンとファイルを閉じる。
頼久は静かに椅子から立ち上がり、天真は大欠伸をしながら、窓辺に歩いてゆき身体を伸ばす。
時間を見ると、そろそろアフタヌーンティータイム。
テーブルの上を片付けて、お茶でも入れようと鷹通がカップを取り出そうとすると、あかねが足早に駆け寄って来た。
「あの…私、これから出掛けたいんですけど…良いですか?」
「よろしいですよ。今日はこれでおしまいですから」
「じゃ、ちょっと外出して来ます」
4つめのカップを棚に戻すと、あかねはぺこりと頭を下げて部屋を出て行く。
傾きかけた光が、柔らかく部屋をまどろませる。

「病棟へ行く…んだろーな」
「そうですね。このところ、毎日ですから」
友雅の治療はまだ続いており、大事を取って未だ病棟で過ごしている。
いつ頃退院出来るか分からないのだが、あかねは毎日出掛けてゆく。
「行って何してんの?」
「さあ?私はよく分かりませんが、病棟のスタッフから聞いたところでは…」
特に用事があるとか、友雅に何かを頼まれているわけではないらしい。
ただ、いつも食べ物を詰め込んだバスケットを片手にやって来て、果物を剥いたり飲み物を注いだりしているのを見かけるという。
「それじゃまるで、見舞いっていうより付き添い看護みてぇだな」
しかも毎日欠かさず出掛けるとは。

あかねは継承儀式のために、毎日多くの打ち合わせや確認などをこなしている。
今日だって頼久と天真がここにいるのは、今後彼女が上級巫女となったあとの、彼らの役割と権利についての話し合いをするためだ。
頼久たちだけではない。
昨日は永泉と泰明がやって来て、その前はイノリと詩紋がやって来た。
交替で日を変えながら、こつこつと鷹通は詳細を説明してゆく。
一度で終わることではないため、まだまだ時間が掛かる。
「あいつも大変だろうにな」
「そうですね。ですがあかね殿の代わりはおりませんから、頑張って頂くしか方法がありません」

本当にあかねは、頑張っていると思う。
三年間の修行とも言える時間もそうだったが、上級巫女継承が決定した今となっても、更に真面目に取り組んでいる。
以前よりもしっかりとして、地に足が付いているような面も見える。
頼もしさというものが、今の彼女からは溢れている。
「…鷹通殿、申し訳ありませんが私……」
ガタン、と椅子が引かれた。
紅茶の用意を進めている鷹通の前で、頼久が立ち上がって身を乗り出した……のと同時に。
「悪ぃ。俺、あかねを病棟まで送ってってやるわ」
先に天真がそう言って、ドアの方へすたすたと歩いてゆく。
明らかに先を越された…という表情で、そのまま硬直している頼久を見て、鷹通は眼鏡の奥の瞳を緩ませた。
「どうぞお気になさらずに、お二人で送って行って差し上げてください」
頼久は黙って頭を下げ、天真のあとを追い掛けるように出ていった。


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「ここまでで良いのか?帰りはどうすんだ?」
「帰りはスタッフの人が、送ってくれるから大丈夫。どうもありがとう、天真くん、頼久さん」
病棟の正門前で、同行してくれた二人にあかねは礼を言った。
頼久が、あかねの手荷物を渡す。
彼女が毎日持ってきているバスケットには、果物の他に薬草酒とショートブレッドが入っているらしい。
薬草酒は、王宮の薬師に毎日調合してもらっている。
果物は、王宮内の果樹園で毎朝採れるものを。
そしてショートブレッドは、あかねが手作りしたものだと言う。
「そんじゃ、友雅によろしくな」
「一日も早く、回復されることをお祈りしております」
あかねは笑いながら、見送る二人に手を振って門をくぐる。
守衛の者に挨拶をして、やや駆け足で病棟の中へ。
一度もこちらは振り向かず、階段を駆け上がって彼女の姿は視界から消えた。

「健気だよなあ。毎日薬草酒やら果物やらもらってさ」
更に自らショートブレッドまで焼くだなんて。
…まるで、恋人の見舞いに行くようなもんじゃないか。
「あかね殿も、脈が全くないとは思えないのだが…」
ぽつり、と頼久がこぼす。
「信頼とかさ、そういうのはとっくに超えてると思うんだけどなぁ」
その気持ちの意味を、あかねはいつ気付くだろう。
……永遠に気付かない、ということも有り得るが。
「こればかりは、我々には何も手を貸せないからな…」

上級巫女と護る者として、永遠に共に生きていく。
常に一番近くにいて、彼女のために命を捧げる。
日々流れゆく時間の中、別の想いが絡みあう時が、果たしてやって来るのか……。
…誰にも分からない。
例え上級巫女の神気を使っても、龍に尋ねても。
すべては-------あかねと友雅次第だ。



「こんにちはー」
ノック数回のあとで、ドアから顔を覗かせる。
専用個室のため、他の患者に気を遣うことは必要ない。
今の時間なら回診もなく、よほどでなければ彼一人しかいないはずだ。
が、たまに先客がいたりもする。

「いらっしゃい」
窓際に座ってあかねを笑顔で迎えたのは、現上級巫女の彼女と、彼女に仕える彼。
そして、ベッドの中にいる友雅。
「待ちくたびれてしまったよ、姫君」
午後の木漏れ日を背に受け、彼が微笑みながら手招きをした。



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Megumi,Ka

suga