Kiss in the Moonlight

 Story=02-----01
あかねたちに用意された部屋は、シングルとツインの二通りのタイプ。
観光客が多い町であるから、ツインの部屋数は既に残り少なくなっていて、3部屋しか用意出来ないと言われてしまった。
逆に、一人旅をする者は少ないためか、シングルは比較的余裕があった。
王宮から全て賄われているとはいえ、旅の予算の兼ね合いもあり、宿の主人に言われるがままに部屋を取った。

あかねがシングルなのは当然だが、頼久と天真、イノリと詩紋、泰明と永泉は二人部屋。
鷹通と友雅はシングルで、友雅に限っては緊急の時のことも考えて、あかねの部屋に近いところを選んだ。

「さて、どうしようか」
そういうわけで、友雅の部屋はシングルなのである。
当たり前のことだが、シングルの部屋にはベッドがひとつしかない。
彼女の部屋も一人部屋で、同じようにベッドはひとつだけだったけれど、ランクが上の部屋だったために広々としていて、大きなソファも置かれていた。
あんなものがここにもあれば、ベッドの代わりになれそうなものだが…生憎ここのソファは1人掛けのものだけ。

正直、久し振りの旅で少し疲れがある。
出来るならば、ゆっくりと身体を伸ばして眠りたいが、これではそうも行くまい。
「まさか、二人でベッドに入るなんて出来ないしねえ…」
そういうことに関しては、全く抵抗はない。
けれども、彼女だけは……ダメだ。
自分が盾になっても、護り抜かなければいけない、特別な女性であるから。

部屋の奥にある浴室から、シャワーの水音が聞こえている。
「……シチュエーションとしては、文句なしなんだけどな…」
ソファに腰を下ろして、友雅は苦笑いをしながら髪を掻き上げた。



何とかならないかとフロントに尋ねてみると、幸いにパーテーションがあるというので、それを借りることにした。
折りたたみのそれは、広げてもせいぜいベッドの半分。
高さも、あかねの身長にも届かないほどの大きさだった。
まあ、せめて寝姿が隠れれば良いだろうということで、友雅はそれをベッドの前に広げて置いた。

「あの…友雅さんはどこで寝るんですか?」
湿った髪をタオルで拭きながら、ベージュの寝間着に着替えたあかねが尋ねる。
「私はソファで寝るよ。予備のブランケットがあったし。」
部屋にはランクの差があるが、ファブリックは統一してなかなか質が良く、清潔で毛並みの良いブランケットが予備の分も用意されていた。
「身体、痛くなりません?」
「ぐっすり眠れるとは言えないけどね。」
その分は、明日の移動中にでも眠らせてもらえば良い。
取り敢えず今夜一晩くらいは、これで何とか凌げるだろう。

「やっぱり友雅さんが、ベッド使ってくださいよ…。元々、ここは友雅さんの部屋なんですもん。」
ベッドから立ち上がって、あかねがこちらに近付いてきた。
ふわりと香る、シャボンの清々しい匂い。
香水のように絡みつく香りではなくて、風のように流れる自然な香りだ。
「私は大丈夫だよ。君の方こそ、慣れていない旅で疲れているんだから、ちゃんとベッドで休みなさい。」
「でも…」
ためらいがちに、あかねはうつむく。
そもそも、自分の不注意でこんなことになったんだし。
それを思うと、どこか引け目を感じてしまう…と言ったところだろうか。

「じゃ、ベッドにお邪魔させてもらっても良い?」
「えっ!?」
両手首をぐっと捕まれて、あかねは友雅の方へと引き寄せられた。
深い色の瞳が近付き、その中に自分の姿が映るほどの距離で見つめられて。
「ただし、私の自制が利く保証はないけれど…どうする?」
「え、ええええ!?」
湯上がりの顔が更に真っ赤になって、声が上擦り動揺する。
初めて会った時も、確かこんな感じの反応だったな…などと、懐かしい記憶が甦ってきた。
三年が過ぎて、見た目は良い年頃の娘になったけれど、そういうことについては清らかなままだ。
「きゃーっ!ちょっと待ってぇっ!それは…そ、それはっ…!!!」
捕まれた手首をぶんぶん振り回して、彼の視線から離れようとする。
あまりにも艶やかな眼差しに、捕らわれてしまいそうで。

そんなあかねの頭に、ふわりと大きな手が伸びて来た。
手のひらはそっと触れるように、彼女の髪を優しく撫でる。
「冗談だよ。間違ってもそんなことしないから、思い切り羽を伸ばしてお休み。」
友雅の表情は、さっきとがらりと変わって、いつもの優しい瞳に戻っている。
「かっ、からかわないで下さいっ!!!」
頭の上に放り投げられたタオルを、友雅は笑いながら払う。
「私は、少し寝難いくらいの方が良いんだよ、熟睡して、いざという時に寝過ごしたら困るから。」
彼に背を向けていたあかねは、その声にふと振り返る。
ソファから立ち上がった友雅は、タオルを手にしてあかねの横を通り過ぎた。

「急な事態がないとも限らないし。そういう時に、君より先に危険を察しないとね。だから私は、ここにいるのだし。」
そう言いながら友雅は、衝立にタオルを広げて掛けた。
あかねの枕元辺りに掛けておけば、部屋の乾燥も防いでやれるだろうと思って。
「だから、安心して眠りなさい。朝の景色が見える頃になったら、ちゃんと起こしてあげるから。」
「あ、はい…分かりました。」
そうだった。
朝になったら、夕暮れとは違う美しい景色が見られると言っていた。
彼の部屋からなら、少しだけそれらが見えるだろうと聞いて、早起きして訪ねようと思っていたのだ。

友雅はあかねの背中を押して、ベッドの方へ向かわせる。
肌触りの良いブランケットをめくり、すぐにでも横になれるように整えてやって。
「おやすみ。さっきのゴタゴタは、夢の中に置いてきたままで良いからね。」
「はい…」
からかったりふざけたりするけれど、最後の最後はいつだって優しい。
些細なことでも労ってくれて、おかげでそこに彼がいることが、自分に安心感を与えてくれる。
出会った時から、ずっと今まで支えてくれて…一番近くで。
鷹通や詩紋や頼久など。それに、王宮で自分をフォローしてくれた全ての人たち。
彼らには、感謝をしてもしきれない。
だけど友雅だけは…もっと特別な気がする。

「あかね殿?眠る前の最後の儀式は、旅の間も忘れちゃ駄目だよ?」
指先で頬を軽く突かれて、あかねは我に返った。
ベッドに入る前に、忘れずに行わなければいけないこと。
少し背伸びして、友雅の腕に手を掛けて。
静かに瞼を閉じたまま、いつものように唇を重ねる。

「さ、夢の世界を楽しんでおいで。」
おやすみのキスを終えてから、友雅はあかねをベッドに横たわらせて、上からブランケットを掛けた。
「おやすみなさい…。友雅さんも、出来ればゆっくり休んで下さいね」
「出来れば…ね。」
彼は笑って答えると、彼女の眠るベッドから離れた。



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Megumi,Ka

suga