Kiss in the Moonlight

 Story=01-----04
階段を上がりながら、友雅は少しだけ後悔していた。
「やっぱり、一人で部屋に残さなければ良かったな…」
彼女に聞かれてまずい事はないのだし、連れて来ても問題は無かったはずだ。
あれだけ部屋が広いのだから、彼女の部屋で集まっても良かったし。
彼女から離れずに済む方法は、いくらでもあったのだ。
それを第一に考えていれば、こんな胸騒ぎに刈られることもなかったのだろうが。


「さっさと、このドアを開けやがれ!!」
最後の一段をのぼり終えた時、ワイルドな男の声が廊下から響いて来た。
友雅はそこで一旦立ち止まり、壁の内側に隠れて相手の様子を伺うことにした。
「開けねえと、ぶち破って乗り込むぞ!?」
「いやっ!!開けられませんっ!!帰って下さいっ!!」
「帰れるか!こっちは、もうその気になってんだ!!」
見たところ、男の風貌は至って中肉中背の普通のタイプ。
年の頃は、鷹通よりは上に見えるが、頼久よりは少し若そうだ。

「なあ、早く中に入れてくれよ、姉ちゃん。一晩じっくり楽しませてやるからよ」
男はドアノブを再び握り、壊しそうな勢いでガチャガチャと回しては、卑猥な言葉を投げかける。
だが、部屋はがっちりと中から閉じられていて、開く気配はまったく無い。
「おい!じらすのも、限度があるぜ!?これ以上待たせるってなら、こっちも力づくで……!」
彼がドアから少し離れて、助走を付けながら体当たりの姿勢を作った。

「君が力づくで乗り込もうとするなら、私も力づくで阻止するよ。」
背後から手首をぐっと掴まれて、男はぐらっと足元が揺らめいた。
「だ、誰だ、てめえ!外野は引っ込んでろ!」
「引っ込む?私が?引っ込むのはそっちだろう」
容赦なく捻られた腕の衝撃に、男はぐあっ!と叫び声を上げる。
一瞬彼の力が緩んだ時、友雅はその男の身体をねじり返して、壁伝いに羽交い締めに押さえ付けた。

「大人しく、さっさと宿から出て行け。これ以上彼女に関わるなら、黄泉の世界へ送ってやっても良いんだよ。」
「ふ、ふざけんな!そんなことが出来るわけがな……ぐああっ!」
さっきよりも強い力で、友雅は男の手首を壁に押し当てる。
苦しげな中で開いた男が、その目に映し出したのは長くしなやかな指先。
こんな綺麗な手をしていながら、何て握力なんだ…。
まるで骨まで砕きかねないほどの、押しつぶされそうな力。

「悪いけど、君と彼女の命の重さを比べたら、君の価値なんて私には無に等しいんだ。だから、君を消すことなんて痛くもかゆくもないんだよ。」
「いっ、いたたたたっ…!や、やめろ、離してくれよぉっ!」
のたうち回りながら、男はぞっとする殺気を感じた。
この男は、本気で自分を潰そうとしている。
それに関して、全く迷いも何も無い。

「分かった!分かったから離してくれよっ!!」
「すぐに出て行くんだね?」
「出てく!すぐに出てくから離してくれぇっ!」
泣き叫んで嘆願する男を、友雅はぱっと振り回して床に放り出した。
足元に転がる男は、さっきの威勢の良さなど、もう微塵も無い。

「早くここから立ち去れ。そして、私の姫君に二度と近付くな。」
ようやく態勢と整えて顔を上げた男は、目の前に立っている友雅を見て、また違う意味で唖然とした。
上背があるが、大柄とは言えない。
物腰は雅やかで、何より華やかさがあって、男臭い雰囲気はこれっぽっちもない。
この男が、今自分を押し込めたのか…?
「すぐに出て行くと、今言ったばかりのことを破棄するつもりかい?」
友雅は、呆然としている男の手を、足で踏みつけようとした。
「わ、わかったよ!す、すぐ帰る!」
これ以上関わったら、本気で命を潰される。
男は慌てて立ち上がり、一目散で階段を駆け下りてその場を逃げ出した。


コンコン、とノックをする。
「私だよ。開けてくれるだろう?」
部屋の中にいる彼女に声を掛けると、ドアの内側でガタガタと物音がした。
おそらく男が入って来られないようにと、あちこちの家具や椅子をバリケードにしていたのだろう。
しばらくして、やっとドアが開いた。

「災難だったね、大丈夫かい?」
「わああーん!!!怖かったああっ!!!」
あかねは友雅の姿を見ると、無我夢中でしがみついてきた。
何とか気丈に振る舞っていたようだが、細い肩も手も震えている。
「大丈夫だよ。もう私がここにずっといるから、誰が来ても追い払ってあげるから安心して良い」
友雅はそう言ってあかねを宥め、抱き上げてソファへと向かった。



「で…外を見てたら、あの男の人が声を掛けて来たんです。」
"お嬢さん、こんばんわ。この町は楽しいかい?"
「すごく明るく話しかけてくれたから、ちょっといくつか会話したんですけど…そしたら、しばらくして部屋に押し掛けて来て…」
人当たりの良い男かと思ったら、一晩一緒に過ごそうとか言うし。
こっちはその気なんかないと言えば、逆上して怒鳴り散らして。
あろうことか、無理矢理部屋に入ろうとするし。

「私独りだし、どうなっちゃうんだろうって、怖くなっちゃって…」
「いや、私も悪かったんだ。しっかりと部屋の中にあるものを、先に確認しておくべきだったんだ。」
机の引き出しには、確かにあの注意書きが入っていた。
これを早く見つけていれば、彼女も警戒心を抱いていられたのに。

「友雅殿、宿の周囲を見て来ましたが、特に変わったことはありませんでした。」
頼久が辺りの見廻りをして、部屋に戻って来た。
集団で動いている中の一人なら、他の面々から仕返しなども想定されがちだが、そこまで悪党らしい男ではなかった。
単なる調子の良い男か、ちょっと柄の悪い男程度のものだろう。
「ですが、宿の主人にはその旨を伝えておきましたので、保安官に巡回を頼んでくれるとのことです。」
「すいません…私が、無防備なことをしちゃったせいで…」
申し訳なさそうにあかねがうつむくと、友雅は彼女の肩をそっと抱き寄せた。
「君が無事なら、それで良いんだ。その為に、私も皆もここにいるんだからね。」
優しい友雅の言葉と、穏やかに微笑んでうなずいてくれる彼ら。
それを見てあかねは、少しだけ心が落ち着けた。



結局、あかねや友雅も含め、天真と頼久以外は食事を部屋に運んでもらい、摂ることにした。
外に出て、またあの男がやって来ては敵わない。
大体の町の様子も分かったし、その方が安全だということで、詩紋が宿の主人を通して酒場に話をつけて来てくれたらしい。

「鷹通、今夜は彼女を私の部屋で休ませるよ。」
テーブルセッティング中の鷹通に、友雅はそう言った。
彼はワインと、あかねと詩紋用のレモネードをグラスに注ぐ。
「彼女の部屋はあの男に知られているから、また忍び込まないとも限らない。私の部屋は知られていないし、私の目が届く方が安全だろう?」
それにあかねには、明日の朝に外の景色を見せると約束している。
同じ部屋にいればすぐに起こしてやれるし、それくらい楽しませてやりたいじゃないか、と。

「…分かりました。では、今夜はあかね殿をお願い致します。」
「ああ。一晩中しっかりと、護衛させてもらうよ。」
友雅はキュッと二本目のワインボトルを開け、少し甘めのハニーワインを、永泉のグラスに注いだ。



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Megumi,Ka

suga