Kiss in the Moonlight

 Story=01-----02
王宮の裏口には、馬車の用意が整えられていた。
それは一般の者が使うような、何の変哲も無い普通の幌馬車である。
馬は頼久と天真、そしてイノリが交代で2人ずつ引くことになっていて、あとの面々は幌の中であかねの護衛に当たりながら、旅を続ける。
「荷物は全て摘み終えました。取り敢えず今日は、山の裾野近くの町まで行く予定で進みます。」
夜になってから、山に入るのは危険を伴う。
その手前で一泊して、朝早く出発した方が安全だろうとの考えだ。

「では、気をつけて行かれよ、あかね殿」
国王は入口まで駆けつけ、彼らの門出を見守った。
傍らには王妃、そして結婚が決まった皇太子と、現上級巫女もそこに居る。
「お気をつけて。貴女が龍に選ばれし証を持って、お戻り下さる事をお祈りしておりますよ」
「はい、頑張って…出来るだけ早めに戻れるように、行ってまいります」
一人ずつ手を握ってもらいながら、改めてあかねは決意を強く固めた。

私は、選ばれたんだ。
この三年の間で、いろいろなことを知り、そして身に付けて分かったことがある。
常識では考えられないほど、貴重で重要な役目を担うために選ばれた。
滅多にあることではないし、簡単に背負える問題でもない。
けれど、自分が選ばれたことには、何かしらの理由があるからだろう。
私はここに連れて来られ…みんなは、そんな私をここまで育ててくれた。
「さ、行こうか」
肩をぽん、と彼が叩く。
うなづいて、私は馬車に戻る。

軋んだ音を立てて裏口が開き、外の風が幌の間から入り込んで来る。
雲間から地上に降り注ぐ光のカーテンは、この旅の第一歩を祝福するかのように、緩やかに眩しく地平線を照らしていた。


+++++


天気は願ったりの晴天で、むしろ少し暑さが漂って来ている。
幌の中は、日差しは遮られてはいるが、外から照りつける太陽の日差しを吸って、中の空気を上昇させていた。
「そっか…今日は裾野の町に泊まるんですね?」
「ええ。金緑の町はとても賑やかな町だと、最近噂にのぼるところなんですよ。」
鷹通から手渡された地図を見ながら、あかねは彼の説明に耳を傾ける。
農村として比較的大きな町だが、夕暮れ時になると切り出された山に残る黄水晶群が太陽光を乱反射させる。
そのおかげで緑の大地が、きらきらと輝かせるのだという。
見事に輝く光景をひとめ見ようと、山を越えて観光に来る客が増えているらしい。
「うわー、私も見てみたい!」
オレンジ色の空をバックに、輝く大地。
想像しただけでも、幻想的で見とれてしまいそうだ。

「でも、日が暮れかった時間は、女は外をうろつかない方が良いぜ。」
楽しそうに話していたあかねの声を、イノリが横から遮る。
「金緑の町って、最近賑わい始めたところじゃん。これまではメインの陸路から外れてて、近い割にはあまり知られてなかったじゃん。だから、よくわかんねえところもあるし、昼間以外は、外出はしない方が良いって」
「そんなあ…。ちょっとくらいも、ダメなんですか?」
永泉と鷹通は、顔を見合わせて困った顔をする。

はっきり本音を言わせてもらえば、イノリが言う事が正論だと思う。
この中であの町を訪れた者はいないし、噂で知っていても未踏の地だ。
土地独自のスタイルや、ルールというものもあるだろう。
下手に勝手の違うことをして、住民たちの逆鱗に触れてしまったら、面倒なことになる。
それに、今回は重要な旅だ。
まず第一に、あかねを護ることが先決。
ならば、ここは大人しくしてもらった方が安全なのだが。

「不満そうな顔をするな。あんなものは、珍しいことではない。たまたま場所の加減で美しく見えるだけのことだ。そんなものに気を取られて、おまえに何かあったらどうにもならん。部屋で静かに休め。」
泰明が窘めるように冷静な口調で言うと、あかねはしゅんと肩をすぼめた。
「…はぁい…分かりました。」
絶対の法力を持つ祭司の泰明の言葉は、間違いない。
三年の間に彼に習い、学んだ結果でそれは分かる。
残念だけれど、ここは従った方が良いんだろう。
それに、そんな風に浮かれていられるような旅じゃないのだ…と、あかねは自分に言い聞かせた。

「鷹通殿、どうにかならないものでしょうか…」
永泉が、小さな声で耳うちをした。
この三年間、彼女は一度も王宮の外に出ていない。
上級巫女候補として連れて来られた時から、あかねに許された自由の範囲は、あくまでも王宮の壁の内側のみに限られた。
もちろん、王宮となれば広大な敷地を持っており、優雅な庭園や小さな川や池、城の背後には森も広がっていて、小さな町が凝縮されているようなもの。決して狭いものではない。

けれど、それでも外の世界とは広さも自由も違う。
王宮に来るまでの間、あかねは自分の気のままに、町を歩きまわることができた。
その頃から比べたら、王宮での自由度は比べ物にならなかっただろう。
だが、限られた中で彼女は三年の月日を真剣に学び、そして力を培った。
そうして年月が過ぎ、最後の旅に出ることになって、三年振りに触れることになった外の世界。
周りが珍しくてはしゃぎたい気持ちは、痛いほど分かる。
永泉も鷹通も、出来ればあかねを楽しませてやりたいと思ってはいるのだが…。

ちらり、と鷹通は友雅を見る。
だが、彼は特に何も言うこともなく、あかねの隣に座っているだけだ。
こういう時こそ、彼が何かアドバイスでもしてくれれば良いのだが…。
三年間、鷹通たちが当初心配していたのとは裏腹に、常に友雅はあかねに親身になってくれていた。
そんな彼ならば、彼女を穏やかに宥める方法も知っていそうなものだが。


+++++


「随分と大所帯の旅だねえ。どこから来たんだい?」
町で一番の宿にチェックインを済ませると、ずらりと並んだ彼らの姿を見て、主人が驚いたように尋ねてきた。
だが、真実は間違っても公言できない。
「湖の向こうにある銀山の近くで、銀食器を扱っている商家の者です。近々、宝飾物の制作と販売を始める予定で、それらに使う宝石を探しながら、旅をしているのです。」
「ほうー。そりゃ大変だねえ。」
主人は鷹道の話を聞きながら、一人一人の宿泊者の名を確認する。
男七人、そして、若い娘が一人の合計八人。

「そっちの娘さんも、旅の仲間なのかい?」
あかねの姿を見て、主人がさりげなく指を差した。
男だけの大所帯の中に、一人だけ娘がいるというのは、やはりちょっと不思議に見えたのだろう。
「あちらは、我が商家のお嬢様です。お嬢様は大変目利きでいらっしゃるので、直に材料を目で確かめて頂くため、同行されております。」
しっかりとした口調で、鷹通の代わりに説明をしたのは頼久だった。

「へえー。お嬢さんとなりゃ、護衛も大変だろうに。」
「ええ。ですので…部屋に関しては、こちらの意向を汲んでいただけますね?」
そっと台帳の下に、鷹通は口添えをいくらか忍ばせる。
「ああ!勿論構わないよ。一番良い部屋を用意するから、ちょっと待ってなよ」
思い掛けないプラスアルファに、かなり気を良くした主人は、あかねの部屋だけではなく鷹通たちの部屋も、良い部屋を選んでくれたらしい。

「食事は隣の酒場と提携してるから、そこに行くと良いよ。うちの客だと言えばサービスしてくれるからね」
部屋の鍵を渡すのと同時に、主人は酒場や周辺の観光地図らしきものも、一緒に手渡してくれた。



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Megumi,Ka

suga