Kiss in the Moonlight

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三年の月日が流れ、今年も心地良い季節が訪れた。
花が咲き、緑が溢れはじめて、流れる風が爽快感を与えてくれる。
太陽が輝く昼も、そして月が浮かぶ夜も。

「あかね殿、支度は整ったかい?」
「きゃっ…!いきなり入って来ないで下さいよ!き、着替えてたらどうするつもりですか!」
「それはそれで、役得じゃないか」
手元にあったシルクのクッションが、友雅に向けて放り投げられて来る。
彼は笑いながらそれを交わし、ひとつずつ取り上げてソファに戻した。

「支度は、もう大体出来てます。特に私物とか、あまりないし…」
「ま、そうだね。法衣と…あとは儀式の道具は頼久たちがまとめてくれているから、自分で用意する物は少ないか。」
友雅はソファに腰を下ろすと、ベッドの上に広げたトランクの中に、荷物を詰めるあかねを眺めた。


あれから-------三年。
上級巫女候補として選ばれて、この王宮にやって来た彼女も、今年で十八。
初めて会った時は、まだ子供にしか見えなかった外見も、三年の間に少しずつ大人の女性に近付いている。
これから先の将来、結構美しい巫女になるのではないか…とか考えていると、あかねの視線がこちらを睨んでいた。
「何、さっきからじろじろ見てるんですかっ」
「目の前にいる姫君の魅力に、思わず見とれていたんだよ。」
冗談めいた友雅の返事に、あかねは舌を出して悪びれた表情を作る。
そうして、折り畳んだ衣類をしっかりと詰め込み、パタンとトランクを閉じた。

「ともかく、今回の旅は君にとっても重要な旅だ。この結果次第で、上級巫女になれるかどうかが決まるのだからね。」
「…分かってます。」
ベッドに近付いた友雅は、トランクをナイトテーブルの横に下ろしてやった。
そして、彼女の隣に座ると、細い肩に手を添える。
「少し困難な旅になるだろうが、君を護るために私たちは同行する。無理はせずに、自分の旅の役目だけを考えれば良いのだからね。」
上級巫女は、王宮に仕える巫女の中で、最高位の称号。
天帝の使者である龍から、直にお告げを受け取ることが出来る唯一の存在であり、その内容は時として、国と世界の安定に関わるもの。

現上級巫女の結婚のために、あかねはそのあとを受け継ぐ者として、3年前に王宮に召し上げられた。
その間、あらゆることを新たに教え込まれ、そして------彼女は今年18才。
彼女が上級巫女になるために、最終試験を受けることになった。

巫女候補は、山を二つ越えた渓谷の奥に棲む守り神の虹色の龍から、その鱗をひとつ譲り受けなければならない。
それが龍属との契約であり、そして永久に彼らから加護を受けられることになる。
龍からのお告げを受け取ることはもちろん、その他に各地の水脈・水源を保つ力、大地を潤す雨を司る力…等々。
それは龍自身が心を開いた、上級巫女にしか出来ないこと。
この旅で彼らに認められた時こそ、ついに最高位の巫女となるのである。

「頑張ります。その為に、ここに連れて来られたんですもの、私。」
「そうだよ。だから、頑張って旅を終えて、上級巫女として戻って来よう。」
あかねは力強くうなずいた。

「さ、それじゃあ明日は早いから、もう休むことにしよう。」
「はい、おやすみなさい」
ベッドの天蓋から下がるカーテンを、タッセルから外して広げる。
そのあかねの手を、友雅が握った。
「でも、いつものおやすみのキスだけは、ちゃんと忘れないように。」
「あ…はい。」
彼にそう言われたあかねは、静かに目を閉じると、自分から近付いて彼に口付けをした。

息を止めながら少しの間、ぴったりと唇同士を重ね合う。
毎晩、おやすみなさいの言葉の後に、こうしてキスをして眠りに付く。
それは、あくまでも儀式。
巫女候補を最前線で護る役目を担った者と、真の誓いで繋がれていることを確かめる儀式だと、そう教えられた。
………最初は驚いたけれど、個人的感情を伴うものではないのだ、と言われてからは、もうさすがに慣れたが。

「また明日。ゆっくりお休み。」
寝室から出るとき、友雅はベッドに入ったあかねにそう言い残して、部屋のライトを静かに消した。


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「あかね殿はお休みになられましたか?」
地下室に降りると、旅の同行者たちが勢揃いしていた。
こうして皆が集まるのは、三年前にあかねが選ばれたと聞いた時以来だ。
「特に興奮しているわけではないけれど、少しソワソワしてはいたみたいだね。」
「ま…でも、そりゃ仕方ないって。あかねにとっちゃ、ターニングポイントの旅だもんな。」
武器職人のイノリが言うと、誰もが静かにうなずいた。

「ともかく、こうしてあかね殿とご一緒する私たちも、気を引きしめなくてはなりませんね」
イノリに続いて口を開いたのは、祭司の一人である永泉である。
彼女に巫女としての指導を行った、いわば教師のような立場だ。
そして隣にいるのが、同じく祭司である泰明。
この二人が、あかねを文句なしの巫女候補として育てあげたのだ。
今回の旅でも、常にその力が衰えないように、サポート要員として同行する。

「食料は最低限しか持って行けないから、行く先々の町とか村で、少しずつ調達しなきゃいけないですよね。」
料理人の詩紋が鷹通に尋ねると、横から護衛官の天真が口を挟んだ。
「でもさ、それは野宿になりそうな時だろ?一応道なりに進んでいくんだし、町に辿り着きゃ、宿に泊まれるんだよな?」
「ええ、もちろんです。野宿は何かと危険が伴いますし、最悪でもあかね殿だけは、宿のお部屋で休んで頂けるようにします。」
かけがえのない、大切な上級巫女候補。
彼女が三年を費やしてここまで来た努力を、絶対に無駄にしてはならない。
鷹通たちにとっても、今や彼女は"希望"なのである。

「あかね殿が、無事に上級巫女となられるために、私もこの剣に誓ってお護り致します。」
「私も、この旅が何事も無く終われるよう、サポートするつもりでおりますよ」
国王直属の騎士・頼久と、この3年間あかねの家庭教師をしてきた鷹通も、口を揃えて自分たちの意思を確かめた。

そして…この旅でもう一人の重要人物。
「友雅殿は我々の中では特別ですから、出来るだけあかね殿のお側から離れぬよう、くれぐれもお願い致しますよ?」
「はいはい。いつも通りに、ね。」
聖杯のように古めかしいカップに、少しだけ注いだ葡萄酒で舌を潤しながら、友雅は気楽な調子で答えた。
「昔のおまえみたいに、どっかの酒場にふらっと出掛けて、声かけて来た女と朝帰りなんてのは許さねえからな」
「よく覚えてるねえ、天真。私はもうそんなこと、すっかり忘れていたのに。」
あっけらかんと話す友雅に、天真は呆れて溜息を着く。

そう、つまり友雅はそういう男だったのだ。
国王に仕える身分という位もあるし、とにかく艶と華がある彼がそこにいれば、向こうから女が寄って来るのは分かる。
だが、今回はあかねを連れての重要な旅路だ。
朝起きて、さあ出発しようとした時に、見知らぬ女の部屋で熟睡中、だなんてのは断じて困る。
「大丈夫だよ。でも、私は意思の弱い男だから…そうならないよう、あかね殿のそばから離れないようにする。」
「本当に、お願い致しますよ!友雅殿」
鷹通の前で宣誓するように、彼は手をかざして笑った。




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Megumi,Ka

suga