Kiss in the Moonlight

 prologue-----02
薄暗い路地裏。
酒場の店の陰で、重なり合う男と女のシルエット。
互いを抱きしめ合いながら、熱っぽい口付けが続く。

「…ねえ、酔いを醒ますなら、外なんか歩かないで…私の部屋で休んだらどう?」
真っ赤なマニキュアの指が、男の頬にまとわりついて、ねっとりと艶めかしい眼差しが彼を見る。
「そうだな。それも良いかな…」
「良かったら、泊まっていっても良いのよ?ベッドはひとつだけど、ダブルだから問題ないでしょう…?」
寄り添うたびに、肉感的な彼女の身体の柔らかさを感じる。
どうせ今夜は、このまま町に泊まることになる。
それならいっそのこと、ここら辺りで今日の仕事は引き上げて…朝まで別の楽しみに浸るのも良いか。

目の前にある誘惑を、友雅はもう一度見つめ直してみる。
誘われて一夜を楽しみあう相手には、文句ない女だ。
このまま流されてしまおうか-----------と、もう一度彼は女性の唇を奪おうと、顔を近付けた時だった。

「きゃあっ!ご、ごめんなさいっ!!」
若い娘の声が聞こえて、はっと二人は顔を離した。
目を凝らして声の主を見ると…そこにいたのは、14〜5才くらいの娘。
「す、すいません!お邪魔しちゃって、ごめんなさいっ!!!」
濃厚なラブシーンを目の当たりにしてしまった彼女は、真っ赤な顔で荷物を持ち直すと、慌ててその場から走り去った。

「………あの子は、誰だい?」
「え?あの娘?あの娘は確か…この先にあるアトリエ街の、水晶細工職人の家に居候している娘よ」
水晶の名採掘場所であるこの町では、それらを加工して売り物にしている職人が大勢いる。
その中でも、アトリエ街に工房を持つ者は、トップクラスの技巧家らしい。
「居候ということは、家族ではないのだね?」
「ええ、そう。確か親戚の娘で、両親が亡くなって3年くらい前から、あのアトリエを手伝っているらしいわ」

それにしても、こんな時間に若い娘が一人で歩いているなんて。
まだ酒場の楽しさも分からないような、あどけない少女じゃないか…物騒な。
「多分アクセサリーの納品に、来たんじゃない?」
少し気持ちがクールダウンした二人は、世間話を交わす雰囲気へと変わっていた。
「この酒場は旅人もよく来るからね。だから、土産物のアクセサリーを、店に並べているのよ。」
いつも彼女は酒場に寄って、品物を納品・補充していくのだと、女は言った。


「…そろそろ夜風が寒いわ。部屋に…行きましょう?」
友雅の肩に、するりと赤い爪の指先が伸びる。
甘い声と共に、生々しい身体が絡みつく。
くびれた腰に手を回して、このまま彼女の部屋で朝まで----------------。

「悪い、ちょっと大切な用事があるのを思い出した。」
女の身体を、友雅は優しく払い除けた。
いつもなら旅先ではこんな風に、名も知らぬ同士で夜明けまで過ごすのだが…一瞬で気が変わった。

「ちょっと、ねえ!アンタ…」
すっかりその気になっていた女は、がらりと様子の変わった友雅に戸惑いつつも、引き止めようと駆け寄ってくる。
これまでに何人もの男を見てきたが、滅多にない色気のある男だ。
たった一夜でも良い。甘いひとときの中で、ゆっくりと彼を眺めて楽しみたいじゃないか。
「そんなの明日でも良いじゃない。朝になったら、私がちゃんと案内して……」
「いや、悪いけどゆっくりしていられないんだ。すまないね。」
やんわりと彼女のそばから離れ、それっきり友雅は一度も振り返らず、店の中へ戻ってゆく。
取り残されて呆然と佇む女の姿など、既に頭の中から消えてしまったかのように、足早に。



「じゃあ、次はドロップタイプのペンダントを多めに、ですね?」
「ああ。出来ればピアスとセットで、10組くらい持ってきてくれると良いね」
納品を済ませたあと、支配人からの注文をメモに取った。
叔父は作るアクセサリーは大好評で、2〜3日で殆どが完売してしまう。
しかし、職人一人で作れる量は限られている。
大量生産が出来ないため、高い収入が得られるわけではないのが、ちょっとだけ難ではある。
「それと、前に持って来たローズクオーツと水晶のブレス、今でも欲しいって言う客が多くてね、何とかならないかな?」
「分かりました。一応話してみますね。」
皮のバッグにメモを入れ、空になった荷物用のケースを手に取ると、彼女は丁寧に挨拶をして部屋を出た。

今日も売り上げは文句なし。
本当に叔父さんの腕前って、すごいんだなあ…と彼女は思う。
作業を手伝う技術なんか自分にはなく、家事や品物の納品・注文などの雑用しか出来ないけれど、いつも労ってくれている優しい叔父だ。
アトリエには部屋が少ないから、と言って、すぐ近くのアパートメントに部屋まで借りてくれて。
叔母は帰りがけに、夕飯のお裾分けもくれたりする。
既に両親がいない自分にとって、彼らは第二の両親みたいだ。
いずれ大人になったら、何か御礼をしたいなあ…と、いつものように思いながら、あかねは帰路に付こうとした。

「もう、仕事は終わったの?」
裏口に向かって歩いている時、突然その声は頭の上から聞こえて来た。
目の前を塞ぐ、がっしりとした広い胸。
顔を上げてみると……見下ろしていたのは、深い色の瞳。そして長い髪の男。
「こんな時間まで仕事だなんて、頑張りやの娘さんだね。」
「え?あ、あの…っ」
微笑む彼が立ちはだかり、あかねの進行方向を止めた。

「……どうしたんだい?」
「い、いえ、その…」
何だろう、この香り。
酒場から漂ってくる、ワインやブランデーの香りとは違うけれど…酔ってしまいそうな、甘く艶やかな香りだ。
今まで嗅いだことの無い、魅惑的な雰囲気。
まるで………彼自身のような。
「あっ!!!」
はっとして、あかねは彼の顔をもう一度目で確かめた。
この男…どこかで見た気がすると思ったら、さっき外でこの店の歌姫と、抱き合ってキスしていた男だ!
あの光景が思い出されると、再び顔がかーっと熱くなった。

彼は胸ポケットに手を忍ばせ、中からペンダントを取り出して、ダウジングのように揺らしてみせる。
「これ、君が納品しているものだろう。なかなか良い細工だったから、さっき頂いてきたよ。」
「え!お、お買い上げ頂いて…どうもありがとうございます!」
しばし混乱していた彼女だったが、彼が客であると知ると、慌ててぺこりと頭を下げた。
「シンプルなデザインだけど、ユニセックスで、時と場所も選ばない。オールマイティな良いデザインだよ。」
お世辞ではなく、本当に綺麗な仕上がりのペンダントだった。
水晶のカットが四方から光を吸い込み、まるでダイヤのように輝きを放つ。
「ありがとうございます。叔父に伝えておきます。きっと喜びます。」
彼女はにっこりと微笑んで、そう答えた。

……気持ちの良い営業スマイルだな。
その笑顔を見つめながら、友雅は無意識のうちに、そう思った。
無邪気というか、まだあどけない幼さというか…屈託のない素直な笑顔だ。
下心なんてあくどいものは、全く彼女からは感じられない。
生まれたままの、陰りの無い心から生まれる笑顔。

…ああ、そうか。
彼女が上級巫女候補として選ばれた意味が、何となく分かった気がする。
言葉では言い表せないが、普通の人間には感じない眩しさが彼女にはある。

他の者はどうか知らない。
だが、彼女を捜し出す役目を担った自分は、それが分かるのかもしれない、と彼女を目の前にして、友雅は思った。



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Megumi,Ka

suga