Kiss in the Moonlight

 prologue-----01
それは、現実と空想のひずみに存在する、限りなくリアルに近い幻想の世界。
西洋か、それとも東洋か。
現代か、過去か、それとも未来か。
誰も知ることのないその世界には、果てしなく長い歴史が築かれていた。

目に見えない、感じることも出来ない、異空間の中にある小さな美しい国。
時を三年ほど遡った過去から、この物語は幕を開ける。


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「龍からのお告げを、こちらにお持ち致しました。」
古い歴史を刻む、石造りの宮殿に作られた地下室。
円卓の中央に置かれた赤いロウソクが、溶けた雫をしたたらせながら、薄暗い室内を照らしている。
生真面目そうな眼鏡の青年は、上級巫女の手で記されたその文書を、皆の前で開いて見せた。
「王宮から約4キロ南に向かった場所に、水晶の町と呼ばれる場所があります。その町に住む娘が、新しい巫女に選ばれし者とのことです。」
王宮学士で、鷹通と言う名の彼は、集まった一同の顔を見渡すと、地図を広げて場所を指差した。
「馬を使って少々急げば、1時間も掛からないでしょう。これからすぐに、向かって下さい。」
鷹通は、ここにいる自分以外の7人の中で、髪を結い上げた青年と、緩やかな長い髪の男にそう告げた。

「今すぐかい?明日の朝早くゆっくり訪ねた方が、良いのではないかな。」
深い豊かな緑色の髪の男は、鷹通に問い返す。
既に外は、もう夕暮れが近付いている。
いくら馬の足を急がせたところで、あちらに着くのは黄昏時だ。
それから人探しだなんて、相当無茶なことなのでは…と、学士の鷹通なら常識で分かりそうなものだが。

「そうしたいのは山々ですが、今回巫女を選ぶのにはかなり時間が掛かっております。ですから、一刻でも早くその方を王宮に招き入れたいのです。」
「まあ、それも分かってはいるけれどもねえ…」
彼の反応に、鷹通は頭を抱える。
どうもこの男は、すんなり用件を引き受けたがらない。
元々、熱心に物事に集中する性分ではないのだ。
今回の、新巫女選出についてもそうだ。
終始どこか上の空で、本気なのかどうか分からない。
しかしそれでも、彼には出向いてもらわなければならない、譲れない事情がある。

「友雅殿。巫女に選ばれた方を王宮にお連れする役目は、他の誰もない、貴方が選ばれたのです。代役は許されないのですよ」
-------------"貴方が選ばれた"。
今回の巫女選出のために、国内から選ばれた最後の8人。
その中で…最後の最後に白羽の矢が立ったのは、友雅一人だけ。
彼が行かなくてはならないのは、巫女候補の"気"を察知できるからだ。
龍がら告げられるのは、巫女候補が住んでいる場所だけ。
名前も顔も伝えられない中、手掛かりは選ばれた者が動いて、彼女の気を見つけることしかない。
出会えば、必ず分かる。
他の誰とも違う"気”を、彼女から感じるはずなのだ。

「別に私の力なんて、たいして強くもないのにね。」
やる気なさげに、友雅は答えた。
ここに選ばれた8人には、それぞれに力の差はあるにしろ、あきらかに神懸かりな力に優れた者ばかり。
分析力に優れた学士の鷹通、優れた霊力を持つ祭司の泰明と永泉。
武闘に力を発揮する役人の天真と、どんな剣でも自由自在に操る騎士の頼久。
年は若いが名刀を数々作り上げる武器職人のイノリ、完璧な栄養管理をこなす厨房係の詩紋。
そして------一応は、国王の側近の立場に留まっている友雅。
このメンツを見れば、そういう事には祭司の泰明や永泉の方が、お似合いなんじゃないかと彼は言いたげな表情。

「ご謙遜をなさらずとも、友雅殿のお力に関しては、右に出る者などおられないじゃありませんか。」
ふらついた友雅に気合いを与えようと、鷹通はお世辞を言ったわけじゃない。
そんなうわべの言葉を口にしたところで、それが本音か建前か…彼にはすぐ分かってしまう。

…友雅の持つ優れた本来の力は、天性の勘の鋭さだ。
かと言って、予知や占いなどをするわけではない。敢えていうなら、野性の勘を超越するほどの直感と言えば良いだろうか。
人の深層心理や本音を、言葉から読み取れる直感力と洞察力は、類い希なもの。

その力は王も認めるところで、重要な異国間の会議や商談などの際には、必ず彼を傍らに同席させるほどの信頼を寄せている。
龍京王国は常に財政も環境も豊かで、争い合う他国も存在しない。
常に平和を保っているのは、少なからず彼の功績もある。
--------そんな彼が、巫女候補を連れて来る役目を命ぜられた。
この世界を加護する、龍の予言によって。

「分かった分かった。飛び抜けて生真面目な鷹通と頼久に、そろって睨まれては私も反論できないよ。」
とにかく、その娘を連れてくれば良いのだろう。
それだけと言えば、それだけの…簡単なことなのだが、実際はそんな簡単なことではない。
"選ばれし者だけが、彼女を直感で見つけることが出来る。"
インスピレーションを感じる娘を見つけ出すためには、一人残らずその町の女性と会わなければならない。
いくら小さな町とは言っても、老若男女大勢が住んでいるはず。
それらの中から探し出すなんて、考えただけで面倒臭い。

「では、さっそく馬の準備をさせましょう。それと、王の印が入った証書をご用意します。その方をお連れする際に、身内の方がいらっしゃいましたら、それを提示なさって下さい。」
突然、見ず知らずの男が二人でやって来て、娘を連れて行くと言っても信用されるはずがない。
なので、この王宮文書が必要になる。

こうして頼久と友雅は、日が傾きかけているという時間にも関わらず、揃って南へと向かうことになった。


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道中、頼久に散々急かされ続けたため、仕方なく友雅も馬を少し急がせる羽目になった。
「友雅殿、見えて参りました。あれが水晶の町です。急ぎましょう。」
「まったく、どうしてそこまで真面目なんだろうねえ…君は」
走りながら頼久が指差した先には、夕日を反射してオレンジに輝く水晶の山。
名前の通りにその町は、山から採掘される良質な水晶のせいで、小さいながらも有名な町だった。

急いだおかげで夜にはならなかったが、完全に辺りは夕暮れ。
点々と建ち並ぶ家から漏れる灯りが、やけに暖かそうに感じられた。
「あまり、外を歩く人はいませんね」
「そりゃそうだろう。家族のある者なら団らんの時期だし、或いは酒場で賑やかに飲んでいるような時間だよ」
しかも、巫女候補というならば、そこそこ若い年頃の娘のはず。
そんな女性がふらついているなんて、考え難い。
「頼久、食事がてら酒場にでも行ってみないかい?ああいうところは情報通が多いから、手掛かりがあるかもしれない。」
友雅が見つけた店の前に、ワイングラスのシルエットがついた、洒落たプレートが掲げられている。
「分かりました、行ってみましょう。客も随分と多そうですし。」
頼久たちは町の裏手に馬を止め、揃って酒場のドアを叩いた。


素朴な地元料理と、水晶細工のグラスで飲む酒が自慢の酒場は、大衆的で気取らない雰囲気の店だった。
だが、料理も酒も凝ってはいないが、味自体はなかなかだ。
「友雅殿、この店で、気を感じる方はおられませんか?」
「頼久、こういうところでは、仕事の話は野暮だよ?酒場というのは、酒と料理を楽しむところなんだから」
彼は暢気にそう言って、町名産のブランデーを傾ける。
だが、本来この町にやって来た理由は、巫女候補を探すためだ。
あくまで自分は付き添いであるが、友雅に限っては……。

「友雅殿っ?」
頼久が考え込んでいたのは、ほんの1〜2分のこと。
それなのに、顔を上げてみるとそこには、彼の隣に見知らぬ妖艶な美女が一人。
「あの、もしかしてこの女性が…」
この女性が巫女候補に選ばれた娘か?
チョコレートの長い髪に赤い唇。
そして何よりこぼれそうな谷間は、あまりにも刺激が強すぎる。
「うふふっ、こちらの方は純情なのね。見掛けは素敵なのに、可愛い人」
「あまりいじめないでやってくれるかい。まだまだ彼も、経験が薄いのでね」
「な、何を…っ…!と、友雅殿!?」
友雅は彼女の肩を抱き、椅子から立ち上がった。
女はその胸に寄り添うように、少し淫らに指を絡める。
「少し酔ったみたいだから、彼女に案内してもらって外を少し歩いて来るよ。」
彼はそう言い残して、さっさと店の裏口へ向かって行く。

そうだ、もうひとつ忘れていた…友雅の力。
とにかく、やたらと女性を引き寄せるその力は、彼の直感力よりもずっと強力なも
のなのだ。



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Megumi,Ka

suga