光り降る音

 第1話
蕾がもうすぐ花開こうとしている。
ゆっくりゆっくり花弁が咲き誇ろうとしている。
その手前で………動きが止まる。
そして、はらりと花びらがこぼれ落ちた。

いつもそう。
言える機会を探しながら、その最後の一歩が踏み出せずにいる。

ずっと、ずっと心に抱いている言葉を
いつになったら伝えられるだろう。
抱き続けた心を、貴方に伝えられるのはいつなんだろう。

………何事もなかったように、私は笑ってみせる。
気付いて欲しい想いを、わざと気付かれないように無理に笑顔を作って。

何故、そんな風に振る舞ってしまうのか。

自分で自分が分からなくなる。

貴方のことを想うようになってから、私は自分の心が分からなくなる。

本当の私は、どうしたい?
………それが今の私には分からない。
ただ、心はずっと切ないままで…また一日が過ぎていくのを眺めているだけ。


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「おはよー天真くん」
渡殿ですれ違った瞬間、あかねは声を掛けたが天真は無言だ。何やら虫の居所が悪そうな表情で、むすっとしたまま通り過ぎようとしている。
「天真くん!どうしたの!?」
振り返ってあかねが言うと、ぴたりと足を止めた天真がこちらに戻ってきた。
「あ、ああ…なんだよ?何か用か?」
「用じゃないけどー…ただ、おはよーって言っただけだけど。」
正直言って、あかねとすれ違ったことも、あかねが声を掛けたことも天真には気付いていなかった。それだけ、頭の中が他のことに捕らわれていたということだ。

「悪い。ちょっとな…むしゃくしゃしててさ。」
予想通りの答えが返ってきた。
これでも結構長く付き合ってきた間柄だし、何となく彼の表情を見ていれば機嫌くらいは分かるものだ。
勿論、感情が顔に出やすいせいもあるのだけれど。
「そーなの?じゃ、気分転換にちょっと出掛けたいところあるんだけど、付き合って貰えないかな?」
「出掛ける?…まあ、別に構わねぇけど。どこに行くんだ?」
頭をかきながら柱にもたれる。彼の背中越しに見える庭園には、淡い青紫の杜若の花が咲いているのが見えた。
「蘭のところに行きたいと思ってたの。美味しい唐菓子をもらったから、お土産に持ってって一緒に食べようかなーって。どうせならお兄ちゃんの天真くんが付いてきてくれた方が、蘭も喜ぶと思うし………」
そう言って、あかねは後ろから紙に包んだ菓子袋を取り出した。



龍神の神子と八葉の活躍は、既に帝も承知の上だ。
あかねと、そして天真たち八葉の日々の努めのおかげで、どんよりとしていた京の空気も少しずつ落ち着きを取り戻している。その感謝の意を込めて、先日使いの者が絢爛たる唐菓子を携えて訪れたのだ。
この時代、早々誰もが口に出来るものでもない。だからと言って八葉の彼らに分けようとも、そうそう男が甘いものを好むわけでもない(詩紋は別だが)。
藤姫や侍女たちと分けつつも、それでもなお有り余る。それなら…蘭にもお裾分けしてあげよう。そう思い立ったのだ。

が。
天真の雰囲気が妙に堅くなっている。あかねの誘いに、何も答えない。
「ねえ?天真くん?一緒に…行ってくれるよねぇ?」
あれだけ探し続けた最愛の妹に、彼が会いたくないわけがない。暇さえあれば、顔を見に出掛けることも頻繁だ。このあかねの誘いを断ることなど、絶対にあり得ないと思っていたのだ。
…が、しかし。

「悪い。他のヤツに着いてってもらってくれ。」
「えっ?!」
そんな答えが返ってくるとは思わず、あかねはつい聞き返す。
「…今、顔を見てきたばかりだからさ。だから、他のヤツに頼んでくれよ。」
「えー?良いじゃない!いつも一緒にいられるわけじゃないんだから、何度行っても良いじゃないー!」
あかねが何度頼み込んでも、天真の顔は不機嫌そのもの。全くこっちの意見になびく気配さえ感じられない。
「詩紋でも頼久でも良い、あいつらに付き合って貰え」
くるっと身体をひるがえして、彼は背を向けてその場を立ち去っていく。
ぽかんとしたあかねを一人だけ残して。


………兄弟ケンカでもしたのかなあ…。
それなら、顔を会わせ辛いのも理解出来る。
蘭も年頃の女の子であるし、相手が他人ならいざ知らず、気の知れた兄ならば我が儘もし放題だろう。
それに加えて、短気な天真だ。ついつい売り言葉に買い言葉。口が過ぎて、蘭の気分を損ねてしまった……という感じか?
………有り得るなあ…天真くんなら★
自分の推理に納得しながら、あかねは仕方がないので天真以外の誰かに、蘭のいる屋敷へと付き添って貰うことにした。


さて、誰にしよう?手短に済ませるなら、頼久か詩紋か……。
それとも他の誰かに……。
取り敢えず藤姫にでも相談してみよう。
そう考えて渡殿を越えようとした、その時だった。
背後から気品のかけらもない、どたどたとこちらに向かって走ってくる足音が響いた。こういう歩き方をするのは、この土御門家にはたった一人しかいない。

「あ、あかね!…言い忘れてた……っ!!!!」
息を弾ませて、姿を消したばかりの天真があかねのところへ舞い戻ってきた。
「誰を連れてっても良いがな……と、友雅だけは…駄目だ!」
「………友雅、さん?」
こくこくと何度も天真は首を縦に振る。
「あいつだけは…除外だっ!。他は誰でも良いけどな…あいつだけはっ!!!!」
思い切り握った拳からは、血がにじんで滴り落ちそうな勢いだ。脳天まで上がった血流が、更に高潮している天真の様子を物語る。
「友雅だけは許さないからなっ!!!!」
半ば威圧感で押し切るようにして、天真はあかねを無理矢理うなづかせようとした。その興奮状態には、もうさすがに抵抗など出来ようもない。

詳しい理由は分からないが、とにかく友雅以外なら構わないのだろう…友雅以外なら。


………誘おうと思ってたのにな………。


あかねはつまらなそうに溜息をついて、広々とした緑の庭を眺めた。

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Megumi,Ka

suga