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羽衣の調べ
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001 |
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今日も至って平穏に、時が流れ過ぎて行く。
町中に立つ市は、どこもかしこも人が溢れて大賑わい。
この宮城もしかり。
賑わうという気配はないが、誰もが落ち着きを払って自分の仕事場に就いている。
しかし、事件や問題が起こらないため、近衛たちは割と暇を持て余していた。
「まあ、俺たちが忙しくなっちゃ、困るんだけどさー。」
「暇すぎるのも、何かだらけちまうよなー」
若い近衛は身体を伸ばし、ふわあーっと大きな欠伸をした。
そんな中、一人が妙なものを見つけて指を差した。
「おい、あそこにいる子ども…何だ?」
言われた方向に目を向けると、幼い少女と少年が二人。
新緑に溢れた桜の木で、何かをキョロキョロ探しているように見える。
「何で宮城に、子どもがいるんだ?」
「さあ…」
大内裏は四方八方に門があり、各所には厳重に門番が配置されている。
車だろうが人だろうが、簡単に市井の者が行き来など出来ないはずだ。
が、市井と言われると…そういうわけでもなさそうで。
まだ五歳ほどと思われる二人の出で立ちは、町を走り回っている子どものような、質素すぎるものではない。
「取り敢えず、子どもを放ったらかしちゃあ、マズいよなあ」
一応ここは、帝が住む内裏と目と鼻の先。
子どもとはいえど、用件の分からぬ部外者がうろつくのは、やはり好ましくない。
とにかく、彼らをどこかに連れて行き、素性を調べねば。
二人は揃って、子どもたちのところへと歩いて行った。
「おい、おまえたち。どこから来たんだ?」
声を掛けたとたん、くるっと子どもたちは近衛の方を振り返った。
さらさらした髪の少年と、ふわりと波打つ長い髪の少女。
どちらもよく似た面影を持っていて…おそらく、双子だろうか?
すると少女の方が、つつっと近衛たちの方へ近付いて来て、大きな瞳でこちらを見上げた。
「ねえねえ、ちょっとお聞きしても良いかしら?」
「…あ、ああ?」
小鳥のような綺麗な声で、彼女は尋ねて来る。
「あのね、この辺りに桜色の衣が落ちているのを、見かけませんでした?」
「衣ぉ?」
彼女の格好を見るところ、衣をかついでやって来たのか。
だが、それなりに小綺麗な袿を身に付け、少年は鮮やかな緑の半尻に身を包み、二人で歩いて来たとは…まず有り得ないだろうに。
「あの、すいません…。左近衛府の詰所は、ここからどの方向へ向かえば良いのでしょうか?」
「あ?左近衛府?」
今度は少年の方が、近衛二人に話し掛けて来た。
少女とは違って、彼は大人しそうで物腰も柔らか。
幼い割にはしっかりとした話し方で、なかなか見映えも良い。
「近衛府なんて、子どもが行くようなところじゃないんだぞ?」
彼らはその場にしゃがみ込み、小言めいたように言ってみた。
だが、子どもたちは全く動じていないどころか、真正面からじっとこちらを見て、顔だって逸らす気配もない。
やたらとその瞳はきらきらしているものだから、つい目が離せない。
「あの、違うんです…。実はちょっと、道に迷ってしまって。」
再び少年が、口を開いた。
妹らしき少女の手をしっかり握り、控えめな表情でそう話す。
「道に迷ったって…。まず、おまえたちどこから来たんだ?門番がいるのに、すり抜けて来たのか?」
「違いますわっ!ちゃんと牛車に乗って母様と一緒に来ましたのよ。でも、衣が風で飛ばされてしまって。」
「妹が衣を追い掛けて飛び出したもので、急いで着いて行ったら…道が分からなくなってしまったんです。」
近衛たちは、お互いに顔を見合わせた。
牛車でやって来たということは、おそらくどこかの貴人か誰かの子どもか。
「おい、どうする?誰の子どもだと思う?」
「んー…左近衛府って言ってるけど、左近衛府かぁ…」
二人は記憶をめぐらせて、思い当たる節を探った。
左近衛府の役人で、五つかそこらの子どもがいる者。
もう一度、彼らの顔を眺めてみる。
何となく……どこかで見覚えのあるような顔立ちにも思えるのだが…。
その時、背後からドドドドド…と、けたたましい足音が聞こえてきた。
振り向くと別の近衛たちが、総勢十人ほどずらりと連なって、全速力でこちらに向かってくる。
一体何事か!もしかして、曲者でも侵入したか!?
さっきまでのらくらしていた近衛二人も、さすがにぴーんと背筋に緊張が走った。
しかし、集団の近衛たちは子どもたちを取り囲むと、皆一同にその顔を見て、ホッと溜息をついた。
「ようやく見付けることが出来ました…。千歳様、文紀様、探しましたぞ?」
「す、すいません…。ちょっと道に迷ってしまって…」
ぺこり、と頭を下げる少年。
あっけらかんとしているのは、少女の方。
「ともかく、ご無事で何よりです。母上殿と妹君は詰所でお待ちですので、我らがお連れ致しましょう。」
「ダメですわ!まだ衣を見つけておりませんのよ!探さなくちゃ!」
「それなら、我らが後ほど探して差し上げます。お二人は、詰所に戻られて下さい。母上殿が心配しておられます。」
何とか二人を言い聞かせると、近衛たちは一人ずつ彼らをそっと抱きかかえた。
そうして何事もなく、その場を立ち去ってゆく。
ほんの数分の出来事。
まるで、一陣の風が吹き抜けていったような騒がしさ。
ぽかんとして近衛二人は、しばらくその場に立ち尽くす。
一体何事だったんだ…?
千歳様?文紀様?彼らの名前、聞いた事があるが、どこでだったか?
それにしても、近衛たちがあんなに大勢で探しまわったとは、それだけ高位の者の子どもということなのだろうか。
生憎二人とも今年の春に、宮城への出仕が決まったばかりの新人。
役人の顔や名前も、まだ覚えている最中である。
「ん?おい、あそこの松の木の上に引っ掛かってるヤツって…」
ここから少々離れたところに、大きな松の木がある。
その枝に、ひらひらとなびく桜色の衣が一枚。
「あれ、さっきの娘が探してたってヤツじゃないのか」
「…左近衛府に行くとか言ってたよな。取って持ってってやるか」
どうせ暇を持て余しているし。
それに、子どもたちの正体が気になって仕方ない。
拾得物を口実に、左近衛府へ行ってみよう。
おそらく彼らは両親たちと一緒に、そこにいるであろうから。
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