葉月宵色

 001
「ああ、やっぱりよく似合うわー。」
夕暮れも近い夏の日。
あかねの家のリビングで、頼久はあつらえた浴衣を身に着けた。
藍色の紬は少し地味な印象もあるが、凛とした長身の彼にはよく似合う。
「背が高くてすらっとしてるから、何を着ても似合うのよねえ、頼久さんは。」
「そ、そうでしょうか…」
くるりと一周しながら、満足そうに頼久を眺めるあかねの母の言葉に、彼は気恥ずかしそうに目をうつむかせる。

「お母さーん?私の着付けを手伝ってくれるの、忘れてないでしょうねえ?」
冷たい麦茶のグラスを傾けながら、少し呆れたようにあかねがぼやく。
「あら、ごめんねえ。だって、本当によく似合って素敵なんだもの。」
満足そうに振り向く母の後ろで、頼久は戸惑い気味だ。
そのギャップが、何となくおかしい。

彼がこちらの世界にやってきて…どうやって両親に紹介しようかと、天真たちも含めて一ヶ月ほど悩んだ。
まさか、これまでのことを正直に告げられるわけもなく…。
というか、そんなの信じてもらえるわけがない。
知恵を絞って、それっぽい彼の生い立ちや身分を考え抜いて、思い切って彼を自宅に招いたのが、数週間前。
娘を持つ父親の心境で、最初は複雑な顔をしていた父も、生粋の真面目な彼の性格が功を奏したらしく、今では結構悪い顔はしていない。
その反対で…はじめからすっかり乗り気だったのは、母の方だ。
娘が男を連れてきたのだから、少しは慎重になっても良さそうなものだが、最初からこんな調子で、一目見て頼久を気に入ってしまって。
今回も、そろそろ夏祭りが近いから、浴衣を新調しようかと話していたところ、だったら頼久の分も仕立ててあげよう、と言い出した。
どんな生地が良いかと、あれやこれや反物を揃えては、家に連れて来た頼久を独占して、そりゃもう大騒ぎ。
娘のことなんて、眼中外という感じだ。

「全くもう…頼久さんのことになると、お母さんってば張り切りすぎるよね!」
一応娘の彼氏なんですけど?と、少しやっかみながらあかねは言うが、既に母の方は盛り上がっている。
「良いじゃないのよ。こんなカッコイイんだから。ホント、あかねには勿体ないわー」
何を言ってんだか…。
晴れて公認となったとは言え、これじゃ先が思いやられる。


+++++


「夜も更けたと言うのに、随分と小さな子供が多いのですね」
参道に並ぶ屋台には、どこもかしこも子供が集まって、わいわい賑わっている。
金魚すくいや、ヨーヨー釣り。綿菓子や焼きトウモロコシをほおばりながら、薄暗い神社の周りを元気に走り回る。
「屋台で売ってるものって、子供が大好きなものばっかりですもん。そりゃあ黙っていられませんよ。」
子供とは言えない年齢になった今でも、やっぱりこういうものは大好きだ。
甘酸っぱいりんご飴や、色とりどりの風船など。
少ないお小遣いを握りしめて、どれを買おうかといろいろ悩んで。
「懐かしいなあ。何か買って帰りましょうか。」
あかねは頼久の手を引いて、オレンジ色の明かりに包まれた屋台へと向かった。

気がつくと、両手には結構な荷物。
綿菓子、ヨーヨー、べっこう飴とりんご飴。たこ焼き、焼きいか、カステラ…殆どが食べ物ばかりだ。
「うちの家族は、こういうのが好きな人ばっかなんですよ。小さい頃なんて、お父さんたちが自分から、あれもこれもって買ってたくらいですもん。」
その結果、夕飯は屋台もので終了、なんてことが随分あったな、と思い出す。
「でも、美味しいんです、こういうの。帰ったら、頼久さんも食べて下さいね。」
彼には全く未知の食べ物だろう。
甘いものが多いけれど、気に入ってくれたら嬉しいのだが。


「神子殿、あちらの店には、小さな少女が多く集まっておりますが…何を売っているのでしょう?」
頼久が気になった方向の屋台を見ると、彼が言う通りに浴衣姿の小学生女子たちに交じって、中高生の少女たちも加わり、何かを品定めしている。
あかねも興味をそそられて、中を覗いてみると…電球の下できらきら輝くアクセサリーが並べられていた。
道ばたのワゴンセールよりも、それらはチープで材質もプラスチックのビーズが殆どで。値段も、子どもたちがお小遣いで買えるくらいのものばかり。
「綺麗なものですね。」
「うん、綺麗。確かに、ちゃんとしたお店に行けば、もっと良いものだってあるけど…。でも、こういうところで売っているからこそ、良いんですよ。」
子どもたちの脇から、ハートのビーズネックレスを手に取って、あかねは頼久にそれを見せた。
「女の子だし、小さい頃からこういうの大好きで。お母さんが持ってる首飾りとか、いいなーって憧れて。だけど本物なんて買えないから、こういうところで売ってるものが欲しくて欲しくて。」
おもちゃみたいなものだけど、それを手に入れた時は嬉しくて仕方が無くて。
夏休みの間、どこに行くにもつけていた。
ここに並ぶアクセサリーは、みんなそういう女の子の想いが詰まっている。
昔も、そして今も。

「何だか、欲しくなっちゃったな。一つ、買っちゃおうかなあ」
今となっては、小銭程度で買える代物。実際に使うには、やっぱり少し躊躇するチープさだけど、想い出を購入するつもりなら、高くはない投資だ。
「紅色と…桜色のガラス玉のものが、神子殿にはよろしいのではないかと。」
「え?」
頼久はそう言うと、真ん中近くに並べられていた、小さなカットビーズのネックレスを手に取った。
「春に咲く花の色を映したようで、愛らしい神子殿には、よくお似合いだと思います」
「あ、は…あ…。そ、そうですかぁ…?」
真正面から静かに微笑む頼久の目が、優しすぎて胸が熱くなる。

「おい、お兄さん!こういう時は、彼女に買ってあげるのが男ってもんだぜ?」
屋台の主人が、幸せオーラを放っている二人を、嗾けるように声を掛けた。
「アクセサリーは、男が女に貢いでやるのが当然ってもんだぞ」
「…そのようなものなのですか?」
「ち、違いますよ!そう決まったわけじゃないですって!」
主人とあかねの言い分が、全く正反対なので、頼久としてはどちらを支持すれば良いのか、と首を傾げる。
すると、今度は屋台の手前にいた、小学生の女の子が頼久を見上げて言った。
「うちのおかあさんは、おとうさんがおくりものを買ってきてくれると、うれしいって言ってたよ」
「な、何を言い出すのーあなたー!」
「だって、おかあさん言ってたもん。好きなひとからおくりものもらったら、うれしいんだよって」
思わぬ伏兵がいたものだ。
まさか、こんな小さい女の子に、横から突っ込まれるとは。

「だから、おにいちゃんは、このおねえちゃんにおくりものをしないといけないんだよ」
「そうそう。高い代物はいずれ来るべき時に取っておいて。彼女の欲しそうなやつ、買ってやりなよ」
「二人とも、頼久さんをその気にさせないでー!」
三人のやり取りに、少し考えていた頼久だったが、すぐに答えを決めて、握っていたネックレスを主人に差し出した。
「では、これを頂きます。」
「ええっ!?」
たかだか700円くらいの、些細なもの。
それほど渋って大騒ぎするものではないけれど…。

「神子殿によくお似合いかと、私が勝手に思ったものではありますが…迷惑でなければ、どうぞ受け取って下さい。」
「あれ、お嬢さんって…神社の巫女さん?」
「あ、いやそーじゃなくって…」
話がややこしくなりそうだったので、とにかくネックレスを受け取ったあかねは、頼久と共にそこを離れた。



人通りの少ない道に出て、ようやく落ち着いた。
シャラリ、とあかねの手の中で、ビーズの擦れ合う音がする。
「申し訳ありません…迷惑だったでしょうか」
半ば無理に押し付けてしまったんじゃないだろうか、と、頼久は控えめに瞳を惑わせて彼女を見た。
しかし、両手にネックレスをかざしたあかねの表情は、そんな面影など何もなかった。
「ううん、そんなことないですよ。全然……」
人前では恥ずかしかっただけ。
頼久が自分に、と選んでくれたもの。嬉しくないはずがない。
値段や材質なんて、どうでもいい。
いくら高級なアクセサリーだって、想いの込められていないものは寒々しい。
「嬉しいですよ、ホントに。ありがとうございます。」
あかねの手からネックレスを受け取り、彼女の首にかけてみる。
思った通り、よく似合う。
暖かな印象のあかねには、春の色が一番しっくりと溶け込む。

「大切にしますね。ずーっと大切にします。」
歩くたびに、涼しい音がかすかに響く。
寄り添う二人にしか、聞こえないような小さな音だけれど、深くその音は心に響き渡る。
「早く戻りましょ。そろそろ、冷蔵庫に入れておいたスイカ、キンキンに冷えてますよ」
父もこの時間なら、既に帰宅しているだろう。
久しぶりに、頼久に晩酌の付き合いをしてもらおう、とか、今朝からやけに楽しみに言っていたし。

…はあ。今度はお父さんに、独占されちゃうかなあ。
「どうかしましたか?」
「あー…別に、何でもないんですけどね」

いやいや、そう簡単に取られてたまるもんか。
「ねえ頼久さん!夕飯終わったら、庭で花火しましょ!」
「花火、ですか。構いませんが…」
「そしたら、かき氷作ってあげますから、一緒に食べましょう!」
「は、はあ…神子殿がお望みでしたら、喜んでお付き合いさせて頂きますが。」
あかねはぎゅっと頼久の腕にしがみついて、嬉しそうに笑った。

あれもこれも、一緒に楽しむんだ。
一緒だから楽しいんだもの。

「約束ですよ?」
ずうっと一緒に。
来年の夏も、ずっと一緒に…こうして寄り添って。




-----THE END-----




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2008.08.10

Megumi,Ka

suga