LOVE・ESSENCE

 001
図書館から見つけてきた本は約10冊、詩紋から借りた本は約5冊。
あかねは毎日ずっと、それらを隅々まで目を通しては頭を抱えていた。その隣にはいつも、詩紋が付き添っている。

「ねぇ、あかねちゃん…そろそろ決めないと、用意する時間を考えたら間に合わなくなっちゃうよ?」
そう言った詩紋の表情は、少しだけ不安げだ。
しかしあかねとしても、なかなか決め手になるポイントがつかめないために、最後の決定が下せない。
「分かってるけど……和風にするか洋風にするか…で迷ってるんだよねえ…」
同じ内容をあかねはずっと繰り返している。
それもこれも、もうすぐやってくる頼久の誕生日のせいである。

折角だから、手作りのケーキをプレゼントしよう!と決めたのは結構早かった。だが、それからが長かった。京で生まれ育った頼久の味覚についてで、頭の中がまとまらなかった。和風の蒸しケーキのようなものにするか、それとも思い切って、現代の味に馴染んでもらうために洋風のケーキにするか。
あかねと同じようにお菓子作りの好きな詩紋と、一緒に悩み続けて早半月になる。来週はもう頼久の誕生日だ。
「どうにかしないとね…今日中に作るもの決めないとなぁ…」
パラパラとめくる本の中にある写真は、どれもこれも宝石をあしらった王冠のように、色鮮やかにきらめいている。

■■■


「よ!やっと決まったんだって?頼久の誕生日に作るケーキ」
詩紋から聞いたのか、天真が昼休みに声を掛けてきた。
「まあ…ね。なんとか…なりそうなんだけど。でも微妙な味の付け方が悩みなんだよね〜。男の人だから、あまり甘いのもダメかな〜とか…」
やっと作るものは決まったものの、今度は味についてあかねは悩み始めてしまった。
「とにかく、食えるもんを作れよな。不味いんじゃ祝いにもなりゃしねーからな」
天真はそう言って念を押す…というか、プレッシャーを与える。
頼久に、美味しいと言ってもらえるようなものを。そう言ってもらいたいから、それなりのものを作らないと……。
ほんの少しだけ気が重い。


頼久は天真の家に居候として同居させてもらっている。京で出会った頃のぎくしゃくした関係など信じられないほどに、今の二人にはわだかまりなど全くなく、まるで兄弟のような関係を築いている。
その夜、家に戻った天真はすぐに彼の部屋のドアを叩いた。
「今日のあかね殿は、どんなご様子だった?」
あかねと会えない日には、必ず頼久はこうして天真に尋ねる。
「ああ、別に…いつもどおり。元気だったぜ。」
「ならば良いが」
そう答えが返ってくると、ホッとしたようにかすかに頼久は微笑む。

『ったく、ベタ惚れなんだからよ〜』と、天真は声を出して笑いそうなのをこらえて、クッションの上に腰を下ろした。
「そうそう。今度のおまえの誕生日に合わせてさ、あかねのヤツ一生懸命何か作ってるらしいぜ?」
「あかね殿…が?」
開いていた写真集のような本を閉じて、頼久は天真に視線を向ける。
本当はあかねに口止めされていることだが…まあちょっとくらいは良いだろう、と天真は思った。
「何かを料理してる…らしいけどな」
「あかね殿が料理を?」
「そ。お前に手料理を食わせてやりたいらしいぜ?」
そう聞けば、恐らく嬉しそうに笑うだろうと思っていた頼久の表情だったのだが、天真の意志とは正反対に、うっすらと影を落として目を伏せた。
「何だよ、嬉しくないのかぁ?」
「いや…そんなことはないが…ただ、そのためにあかね殿が怪我などされたら…」
あまりにも真剣な面持ちで悩む頼久に、天真は耐えきれずのけ反りながら大声で笑った。
「お、おまえ考えすぎだって!そんなアブねえことはしねーよ!…ったく、マジに考えすぎだっての!」
天真の笑い声に、頼久は少し戸惑いながら短くした髪をかきあげる。
「ほーんと、おまえはあかねにぞっこんだなー♪」
「てっ…天真っ!!」
そう言いながらムキになって突っ掛かってくる頼久の顔が、真っ赤になっているのを見ると、どうもからからずにいられないのが天真の性分である。


■■■


頼久の誕生日当日、学校を終えると皆天真の家へ向かった。あかねを除いては。
部屋では詩紋と天真が、頼久とともにあかねのやってくるのを待っている。テーブルの上には詩紋が持ち寄った料理と、天真の母が用意してくれた簡単なオードブルと飲み物が用意されており、誕生日を祝うのに万全な体制が整っていた。
「あかねちゃん遅いね…」
「失敗て作り直しとかしてんじゃねーの?」
「そんなことない…と思うけど」
テーブルの真ん中には、スペースが空けられている。あかねが持ってくるケーキの特等席だ。

「もしや…こちらに来る途中で、事故にでも遭われたのでは……!」
「だからー、考えすぎだっての。子供じゃあるまいしー」
呆れたような、からかうような感じで天真が頼久をあしらう。しかし、彼の生真面目さはそう簡単に崩れるものではない。
「私は、途中まで様子を見に行ってくる」
いてもたってもいられなくなったのか、そう言っていきなり、主賓である頼久が立ち上がった。
「頼久さん、大丈夫ですよ。もう少し待っていればきっと……」
詩紋が落ち着かせようとしたのだが、あかねのことになると頼久の熱意は止まらない。
「いや、何かあってからでは遅すぎる。申し訳ないが、出かけてくる」
頼久はそう言い残し、足早に部屋を飛び出していった。残された天真は、笑って詩紋に言う。
「好きにやらしとけ。あいつ、あかねに関しては猪突猛進だからな。」


■■■


随分と遅くなってしまったのは、あかねのせいでもなんでもない。単なる交通事情によるものだ。
持っているのはケーキだから、立ったままバスに乗るのは型くずれするのが怖いし、だからってタクシー使うなんてこともやりすぎだし。
そう言うわけで、わざわざ隣駅の始発の停留所から乗り、何とか天真の家の近くまでやってくることができた。おかげで夕べ苦労して仕上げたケーキも無事だ。
ラッピングも綺麗に出来ているし、自分でもなかなかの仕上がりと思っているのだが、問題は頼久が喜んでくれるか、ということである。

「喜んでくれたらいいなぁ…」
ケーキの箱を両手で抱きかかえるようにして、頼久の表情を思い浮かべる。
その時、公園の向こうから声とともに走ってくる姿が目に入った。

「あかね殿!」

息を切らして頼久がこちらに走ってきた。
「よ、頼久さん…どうしてこんなところにいるの?」
突然現れた彼の姿に、今思い描いていた頼久の姿がオーバーラップして一つになる。
「ご、ご無事でしたか……?」
「え?あたしは別に何もないけど……」
「おいでになるのが遅いもので…何かあったのではと…ここまでやってきてしまいまして…」
あかねの姿を目にして、少しはホッとした頼久だったが、それでも上がった息はまだ落ち着いていないようだ。
「…頼久さん、ホントに心配性なところ変わってないねー。京にいたときから全然変わってないよ」
「そう…ですか?どうもあなたのことになると、自分でも呆れるほど考えすぎてしまうようで…よく天真にも笑われてしまうのですが」
頼久が照れくさそうに笑いながら言うので、あかねも少しだけ頬が赤くなる。
「あ、荷物…お持ちしましょう」
そう言って手を伸ばした頼久の元に、あかねの作ったケーキが移動した。ほんの少しだけ手が触れる。

「あかね殿…その指はどうされたのですか!?」
「えっ……?」
頼久があかねの手を握る。少し赤くなっている指先。
「ああ…昨日、栗を剥いてたんだけど、剥きすぎて手が痛くなっちゃって★」
ケーキの材料に使おうとして、栗の皮を剥いていたのだが、これが結構な重労働だったせいで、すっかり手が赤くなってしまったのだ。
「このようなご無理をされてまで……」
手のひらを、そっと優しく大きな手が包み込む。

「…無理ってほどじゃないけど…★でも頑張ったのは事実だからね。喜んでもらえたら嬉しいんだけど」
どんなに苦労したって、頼久が喜んでくれれば。それだけを思い描いて頑張って作った、あかねの想いの詰まったバースデイケーキ。

「あなたが作って下さった……嬉しくないはずがありません」
そう頼久は言って、微笑む。
あかねの一番見たかった、その笑顔で。


■■■


「綺麗に出来上がってよかったね、あかねちゃん!」
「もう、頑張っちゃったもんね〜」
やっとのことで特等席に着いたケーキを箱から出すと、若草色のクリームで包まれたケーキが顔を覗かせた。
「抹茶風味のケーキなの。スポンジも抹茶と刻んだ栗を入れて、生クリームに小豆とかもちょっと混ぜたりしてね。あとはマロンクリームと、デコレーションに栗の甘露煮とかを…」
和風な雰囲気で、洋風のケーキ。ちょっと前にどこかの喫茶店で見かけたケーキを思い出して、旬の栗を組み合わせてみた。黄金色の栗が、きらきらして落ち着いた装飾を演出している。

「じゃ、主賓!ケーキを切り分けろ」
天真が頼久にナイフを差し出す。それを受け取った頼久は、ケーキに刺し入れようとしたとたん、また天真が口を挟んだ。
「こらぁ!あかねもじっとしてんじゃねーの!こういう時は一緒に握ってやるもんだろうが!」
「な、何を言い出すのよ!それじゃまるで………」
まるで……結婚披露宴のケーキ入刀。頼久には分からないことだと思うけれど。
「あかねちゃん、いいからいいから。せっかくなんだし♪」
詩紋にまでそそのかされてしまい、逃げ場のなくなったあかねは仕方がなく頼久に寄り添って、彼の持つナイフを共に握ってケーキを取り分けた。
「おめでとう〜ご両人〜!」
あかねは天真のひやかしに顔を赤らめているが、頼久の顔がほんのりと赤いのは、その行動の意味ではなくて、ただあかねと寄り添いあっているせいだけなのかもしれない。

ケーキの味は好評だった。甘さを控えめにしたせいで、頼久たちにとっても食べやすい味になったようだ。あかねはホッと一安心した。
「これだけ作れるってことは、あかねの花嫁修業も順調ってことだな、頼久、安心しろ!」
ぽん、と天真が頼久の肩を叩く。
「天真!何を言い出すのだ!」
「な、何を言ってんのよ天真くんっ!」
二人そろって顔を赤くして天真に詰め寄る。

ほのかに甘くて……そして楽しい、この世界で初めての誕生日。





-----THE END-----





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