これからの距離

 001
打ち上げ花火、ロケット花火、夏になると夜空に咲き誇る大輪の花の美しさをあなたは知ってる?
とても綺麗で、優雅で、そして凛々しくて華やかで。
そして、その色はとても暖かいんだよ。暑い夏の夜なのに、その暖かさって心地良くて。
まるで--------あなたみたいだよね、なんて思ったら、つい顔がほころんだ。

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夏になると、若者でごった返す町中の雑貨屋にも、たくさんの花火の種類が並ぶようになる。
子供の頃は夜が楽しみで仕方がなくて、山ほど花火のセットを買い込んで毎日のように遊んでいたことを思い出す。
「これを、どうやって楽しむのですか?」
「ここに火をつけるの。そうすると火花が出てね、お花みたいになるの」
あかねは手に持った小さな花火の先を指さしながら、頼久に簡単に説明をしてみたのだが、彼はどうも想像が付いていかないらしい。
「火の粉が…花に変わるのですか」
「うん…まぁ、そんなところかなぁ。でも、それも色々種類があってね、しかも色もたくさんあるの」
と言っても、まだ首をかしげる。
あの時代に花火などはなかったのだろうし、目で見るまでは理解も出来ないだろう。
実際に目で確かめるしかないか?と考えていると、店先のショーウインドウに貼られているポスターに気づいた。
「あ、頼久さん、これ行ってみようよ。実際に花火が見られるよ」
あかねが指さした方向にある張り紙を、頼久は目で追った。
『21世紀初めての七夕まつり』
「七夕ですか。7月7日…ですね。」
「そう。で、ほら、夜に花火大会があるって。ここに行けば花火を見られるから行ってみよ?」
「ええ。あかね殿とご一緒できるのならば喜んでお付き合い致します」
頼久は笑って答える。

こんな会話を他の人が聞いたら、一体二人はどんな関係なんだろう?なんて不思議がらないだろうか。
この新世紀の世の中に、自分よりも幼い少女に向かって『殿』付けに名を呼ぶ青年。しかも厳格すぎるほどの言葉遣いを用いながら。
時代が違うのだから、と何度か注意はしてみたのだけれども、なかなか彼にはあかねが勧めるような口調や仕草は難しかったようで、ぎこちない頼久の姿を見ていると、いたたまれなくなったあかねはこれまで通りで構わないと、にわかあきらめの決意をした。

たとえ周りがどう見ようと、そんな姿が頼久らしいと思っているし、そんな彼を好きになったのだから、このままできっと良いのだろう。
慣れない現代でぎくしゃくしている彼を見るより、らしい彼を見ている方があかねだって気分が良い。

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こっそりと母に頼んで、昔の父の浴衣を仕立て直してもらった。勿論…頼久のために、である。
まだ父には紹介していないけれど、実はあかねはすでに母に彼のことを紹介していた。
女性同士であるからなのか、何となく母なら頼久を気に入ってもらえるのではないか、という直感があって思い切ったのであるが、予想以上に結果は好転したらしかった。

仕立て直してもらった浴衣は、今時と言うにはほど遠い柄ではあるのだが、かえって頼久のような古風なタイプには、落ち着いた色合いや模様のイメージがよく似合った。
「背が高いから似合うわねえ。ちょっとお父さんの浴衣じゃおじさんくさいかしら…と思ったけど、やっぱり中身が違うものねえ」
試着をした彼の姿を見て、母もため息混じりにつぶやいた。
「いつも母上殿のお手を煩わせてしまい、申し訳なく思うと同時に、有り難く思います」
頼久に言葉を返されると、母としてもまんざらでもない気分になったらしく、照れくさそうに笑った。
「さ、あかねも早く浴衣の用意してらっしゃい。」
「は〜い。じゃ、頼久さん、外で待っててね」
藍染め色の浴衣と金色の帯を手に持って、一旦あかねは自分の部屋に戻っていった。

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いつも頼久と出掛ける時に、母は『楽しんでらっしゃい』と暖かい言葉をかけてくれる。
やっぱり二人のことは家族にも認めて貰いたいし、隠れてこそこそと忍び逢うなんて気分的にも暗くなる。
母だけでも味方になってくれただけで、あかねにとってはどれだけそれが心強いかは知れない。
勿論、今度は父にも紹介して認めてもらいたいのだけれど…それは何だか結婚の挨拶みたいな感じで、まだあかねの年齢では気恥ずかしい。だから、機会が作れないのかもしれない。

町中はさすがに祭りのおかげで人が多い。夜だというのに、どんどんと出足は増えて行く一方だ。 
「このまま花火の見えるところなんて行ったら…ごったがえして窮屈になっちゃうかもね…」
あかねは周りにいるカップル同士や子供達の姿を見て、今回の提案を少し悔やんでみた。
「私がお側におります故、何かありましてもあかね殿をお守り致します。ご心配ありません。」
そう頼久は言ってくれるのだけれど、どうせならゆっくりと二人で花火を眺めたいという気持ちもあるのだ。
ここでは、そんなのんびりとした時間など作れないだろう。
どこか良いところはないだろうか………。
高くて、周りにそんなに高い建物もなくて、騒がしくない特等席のような場所がないだろうか?

「あ、そうだ!頼久さん、こっちじゃなくて違うところに行こ!」
あかねは立ち止まって、今来た方向とは逆の道に頼久の手を引っ張って歩き出した。
「ど、どこに行かれるのですか?」
「もっとここより良いところ見つけた!ちょっと手間かかるけど、その分一番いい場所だから着いてきて!!」
二人は人混みの波を逆に歩いて行く。黙って前を進むあかねに着いていった先で頼久が見たのは、鉄筋コンクリートで作られた、大きな建物だった。
「ここは……?」
「私の学校。この時間なら部活の人達も帰ってるし、誰もいないから大丈夫!」
そう言って、あかねは閉められた門を乗り越えようとして身体を乗り出したのだ、けれど。
「あかね殿っ!そ、そのような格好をされてはなりませんっ!」
はっと気づいた。やばい。いつもの調子で、片足をあげようとしたのだけれど、浴衣ではあまりにも乱れた姿になってしまう。こんな所を頼久になんて見せられるわけがない。
「あ〜どうしよ★バカだ〜アタシ。こんなカッコじゃ乗り越えられないよ〜★」
そりゃあ浴衣姿も元はと言えば、頼久に見せたかったから着てみたのだが、やはりどこかしら普段の仕草が明るみに出てしまって、おしとやかさをカッコつけるにはかなりの根気が必要だとあかねは知った。
しかし、ここなら絶対に人もいないし、それにここの屋上なら周りに邪魔する建物だってないのに…諦めるにはもったいないくらいの好条件が整っているのだが、まずそれにはこの門を越えないといけないわけで…。
どうにかならないだろうか、と考えていると

「あかね殿、御前、失礼致します!」
え?と振り返ったとき、頼久が片手をついて門をふわりと飛び越えた。
門を挟んで向かい合う二人。そして彼の手があかねの身体を持ち上げる。思わず小さな声が上がった。
「このまま私が抱き上げて、こちらにお連れ致します」
あかねは頼久に身体の重心を預けた。そして、しっかりと彼の肩にしがみついた。
そういえばあっちの世界にいたときも、何度もこんな風に抱き上げてもらったことがあった。
これでも少し体重は気にしているのだけれど、そんなことなんて全然気にも止めないで軽々と身体を抱き上げてくれる強い腕の感触。

もう少し、このまま抱かれていたら気持ちいいだろうな、とか考えたりもするが、もうそろそろ花火の始まる時間。
じっとロマンティックモードに浸っているわけにはいかない。

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裏庭にある古い校舎のドアは立て付けが悪く、ちょっとしたヘアピンを差し込めば鍵が開いてしまうのだ。
天真からの情報を聞いておいて良かった、とあかねは思った。
誰もいないか、一応の確認は済ませておく。駐車場も車は残っていないし、用務員室の灯りも消えている。職員室も真っ暗だし、取り敢えずの確認はオッケーである。

「声を出さないで、静かにね。そーっと後を着いてきて」
ひんやりとした空気の夜の学校。こんな場所には曰く付きの怪談話などがつきものなのであるが、頼久がそばにいると、そんなことも気にならないのが不思議だ。
非常口のランプと火災報知器の灯りがぼんやりと浮かんでいる。
屋上へ行くドアは鍵がかかっているけれど、そんなドアを通過しなくても屋上に上がれる方法はある。
あかねは4階にある自分の教室のドアを開けた。
静まり返る机と椅子の羅列。

「ここは何ですか?同じような椅子が並んでおりますが…」
「あ、ここはね、私の通っている学校の、私のクラス。うーん、クラスっていうのは、組ね。学校っていうのはたくさん人がいるから、何人かでまとめて組ごとに分けられてるの。」
「では、ここの部屋であかね殿は毎日、勉学に励んでいるのですね」
「うーん、励んでいるかどうかは分からないけど★」
自慢は決して出来ない成績には、これ以上何も言うことはない。
教室の窓からベランダに出て、奥の非常階段へ行けば一気に屋上に上がることが出来る。大声じゃ言えないけれど、この手口で天真がいつもエスケープしていたので、情報は完璧に揃っているのだが、こんなところで役に立つとは思っても見なかった。
屋上にたどり着いて、周りを見渡す。
思った通りの好条件が整っていて、あの山のふもとから上がる花火なら、ここから真っ正面に見ることが出来るだろう。

「ここは、非常に眺めの良い場所ですね」
頼久の髪が夜風に揺れたとき、
ドーン!という大きな音が響いた。いきなりの音にびくっとした。そしてはっとして驚いたまま音の方向を見た頼久の目に映ったのは、暗黒の星空に広がった大輪の花。
「これは…………」
「綺麗でしょ?」
次々に音を立てて、火の大輪は花開く。赤や青や緑や黄色、その色彩の数は果てしなく、虹色よりも鮮やかに夜を彩っている。

「これが花火というものですか」
「そう。夏になるとね、お祭りがあって…そういう時には、こうして花火をあげるの。小さい頃はね、この音がすっごく怖かったんだけど、でも実際にこの花火を見たら綺麗でそんなことも忘れちゃった」
誰だって一度は魅せられる夏の花。夜にしか咲かない、何よりも大きな花の姿。
「美しいですね。このようなものを見たことはありませんでした」
「頼久さん、花火、気に入った?」
「はい。夜にはこんな素晴らしい花を見ることも出来るとは思いませんでした」
咲いては散って行く花火を眺めながら、頼久はそう言ってあかねに笑顔を返した。
「じゃあ、もう一つの花火もやってみよ」
そう言ってあかねは、手に下げていた巾着袋の中に手を突っ込んだ。
そしてそこから取り出したのは、小さな花火のセットとライター。

「ここではあんな大きな花火は、少々危ないのではありませんか?」
少し頼久は心配そうな顔をする。あかねは細いワイヤーに固められた花火を二本取り出しながら笑う。
「大丈夫、あれとは違う、個人で遊ぶための小さな花火だから。大きさは違うけれど、でもそれなりに綺麗だからやってみようよ」
はい、と言って一本花火を頼久に差し出す。そしてライターを先につける
「うわっ!」
とたんに、先から流れるような火の粉が飛び出した。白い煙が吹き出し、そしてオレンジ色の火花が咲く。
空に打ち上げられた花火とは大きさも比べモノにならないほど些細なものだが、よく見ればその光はとても明るいものだと気づいた。
「綺麗でしょ!」
はしゃぐあかねの手先にも、花火の明かりが流れては落ちる。
夏の夜がこんなに明るいものだなんて、頼久は知らなかった。



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Megumi,Ka

suga