わがままな手

 001
気づいたのは、つい最近のこと。
自分がとてもわがままなヤツなんだって、改めて自覚して少し落ち込んだ。
そばにいてくれるだけで、それだけで良いと思っていたのはあっという間のことで、
今の私は、毎日あなたの手のぬくもりが欲しいと思ってる。
季節はどんどんと流れていって、風の匂いも暖かさも変わってきてる。
隣を見ると、あなたはそこにいるのにね。


「あかね殿?なにか、気になることでも?」
少し前を歩いているあなたが、振り向いて私の顔を見た。
「え、ううん…なんでもないよ。」慌てて自然体を繕って笑った。
「なら良いのですが…」
心配そうに、私を見るのは昔のままだね。
そう、あなたはいつも、私を護ってくれていた。
私の前を歩くのも、きっとその名残なんだろうな。
広い背中に、飛びつきたくなって、何度か腕を伸ばしたりしたけれど、何となく出来なくて。

「それはそうと…頼久さん、この世界は慣れた?」
風が流れて行き、草の香りを乗せてくる。
「慣れた…と言うほどではありませんが…天真や、天真の妹君の世話になりながらも、少しずつこの世界が分かりかけてきた、という感じでしょうか」
「京の世界とは全く違うからね、全部理解は出来ないかもしれないけど…」

頼久さんは、天真くんの家にお世話になってる。
天真くんの家の離れを借りて、居候してる。どうやってご両親を説得したかというと、それはまあ、いろいろと取り繕ったらしい。
で、毎日何をしているか…。実は天真くんの知り合いの剣道の師範代の、助手みたいなことをしているみたい。
価値観が少し現代とはかけ離れているけれど、剣の腕を披露して見せたら、問答無用で助手の面接試験はパスしちゃったんだって。そりゃ、そうだよね。
おかげで少しずつだけど毎日この世界の新しいことを吸収して、今はこうして普通に町を歩くのも平気になった。

だから、こんな風に二人で出掛けることも自由になった。
ちょっとだけ、それが嬉しかったりする。
なのにね…どんどん欲張りのわがままな私が、胸の奥から飛び出してくるのには困ってる。



「風が暖かくなってきましたね」
青い空を見上げて、頼久さんは遠い目を天へ向ける。
空の色は、あの世界と変わらない。
私が…二人が出会った、あの世界と同じ。桜の色だって変わらない。
そして、そばにあなたがいることも変わらないのに。
何でこんなに気持ちが落ち着かないんだろう?

ぼんやりして、池の畔に目を反らした。揺れている木の枝には、緑色の若芽。
こうしているうちにも、時間はどんどんと流れていってしまう。
そして夜がくれば、また一時の別れを告げなくちゃならない。
そんなの、嫌だ。
もっと、ずっと一緒にいたいのに。
ずっと、ずっと……離れたくない……。わがまま娘の出来上がり。
おかしいかな?こんなことを思うのは変なのかな。

「あかね殿」
肩に触れる、頼久さんの手のぬくもり。そっと、私を驚かせないように、静かに。
「やはりご様子が普通とは違うようです。今日はお帰りになり、お休みを取られた方がよろしいのでは…?」
そう、きっと頼久さんは私を本当に心配して、そう言ってくれたのは分かってる。


でも------------------。


「帰りたくないよ」
言っちゃった。ちょっと顔を上げると、頼久さんが私を覗き込んでる。
「そんなことをおっしゃられても…もしものことがありましたら…。万が一を考えて、私が家までお送り致しますので…」
「まだ、帰るような時間じゃない」
頼久さんの困ったような顔が、想像できるんだけれど、もう引くに引けない。
止まらなくなっちゃった、女の子のわがまま100連発。
「まだ…午後の4時じゃない。太陽だって沈んでなんかないよ。こんな時間に家に帰らなくちゃいけないなんて、そんなの幼稚園生みたいなものだよ。私は…そんな年じゃないもん」
「いや、それは理解しておりますが…私が気に掛けているのは、あかね殿の体調が崩れては大変なのではないかと……」
「私のことを心配してくれてるなら…もう少しそばにいてよ…頼久さん」

あ。とんでもないこと、勢いで口走ってしまった…どうしよう☆
一気に体温が急上昇する。そ、そりゃあ本心といえば本心ではあるけれど、でも……☆
ああっもう!頼久さんの顔をマトモに見られなくなった…。
やっぱり大人しく言われた通りに家に帰った方が良かったかも…。
鼓動の動きは全身にくまなく回り始めて、もう不整脈があちこちから聞こえてくる。
自分の心拍数に包み込まれて、息が苦しくなっちゃいそう、どうすればいいんだろ。


と、思ったら…あれ?
背中に頼久さんの手が伸びた瞬間に、微妙に心音が整い始めた。
「あかね殿がお望みでしたら、頼久はいつまでもそばにおります」
私の肩を抱くようにして、背中に手を伸ばして頼久さんは微笑んだ。
「あなたの望むことを叶えて差し上げることが、この世での私の役目です。私が出来ることならば、どんなこと
でもお望みのままに」

私の望むままに。私の望むことは--------------。ずっと一緒にいたい。これからも。

「あなたを幸せにすることが、私の幸せでもあります。それがどんな形であっても」
ひらり、ひらりと桜が散って行く。これからも毎年、一緒に桜の季節を過ごしたい。
頼久さん…気づいてる?それが私の幸せなんだよ。


「頼久さん自身の幸せって、どんなこと?」
髪にこぼれた桜の花びらに手を伸ばして、ちょっと尋ねてみた。
「私の幸せ…それは、今言った通り…あかね殿の望みを叶えて差し上げることが…」
「そんなんじゃなくて。それは私の幸せがあってのことでしょ。そうじゃなくって、私の幸せとかを別にして、頼久さんの本心での幸せっていうのが知りたいの」
そう言ったら、急に頼久さんは頬を少し赤くした。
「……それは私の独断的な希望ですから、あかね殿は知らなくてもよろしいのでは…」
「それを私が知ることで、私が幸せになるとしても?」
ちょっと意地悪しちゃったね。でも、本当に知りたかったんだ。
だってそれを知っていれば…私だって頼久さんのことを幸せにしてあげることだって出来るかもしれないもの。
私だって…好きな人には幸せであって欲しいもの。

夕暮れが近づいてきた頃、やっと頼久さんは答えがまとまったみたいだった。
「私の…あくまで個人的な、独断での我が儘な希望でしかありませんが……。無礼な希望だと思ってはおりますが………」
公園の賑わいが、静けさに溶けて消えて行く時間。
「自分自身が…この手であかね殿を幸せにすることが……希望…あ、あくまでも希望ですけれど…☆こ、個人の単なる夢事のようなもので……」
え?それってあの……ええ!?
街灯があまり明るくないから、頼久さんの頬の色が判別出来なくなってきているけれど、多分私の頬の方が、赤くなってきていると思う。
だって、顔がほわん、と熱くなってる。あの…何て切り出せばいいんだろう?
「あ、あの…忘れて下さい!戯れ言でございます!聞かなかったことにして下さい!」
慌てて頼久さんは、今の自分の発言をごまかそうとしたけれど、そんなことできっこないよ。

だって……私だって。


自然に身体が動いて、腕を思いっきり伸ばした。
そして、頼久さんの胸の中に飛び込んだ。
ぬくもり。暖かさ。夢に描いた、彼の腕の中。
「あかね殿……!?」
とくん、とくんと心音が聞こえる。頼久さんの鼓動。
「頼久さんの夢、叶えてよ」
「は?」
驚いた声が、近くで聞こえた。
「その夢、叶えて。それが叶えられたら……私も絶対に幸せになれるから。」
そう、頼久さんが幸せになるための夢を叶えて幸せになれば、私も幸せになれるんだよね?
だったら、叶えなくちゃ…いけないよね?
「あかね殿…………」
強くて、優しい腕が身体を包んでくれる。このままずっと、こうしていられたらいいのに。
「あなたのために、この世に私は渡って参りました。あなた以外に、全てを捧げられる人は私にはいない…。この命が消えるときまで、あなたのそばにいるために。」

暖かいね。甘くて、溶けてしまいそうだね。
このままあなたの腕の中でなら、溶けてしまってもいいなって、そう思う。
好きな人の腕に抱かれること、どんな女の子だって夢見ることだもの。
こうしてずっと、あなたと共に。

あの日、あなたに恋した瞬間から。夢見てる桜色の未来。
わがままだと言われても、抑え付けられない恋心はあなたのために。
あなたと幸せになるために。一緒に生きて行くために。

大好きなあなたと----------------------------。




---THE END---




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