記憶の空へ

 第1話
つながっているもの。それは時として目に見えないもので、
だからこそ人は、頼りないその無の映像を通り過ぎてしまう。
だけどそれらは忘れない限り、ずっと途切れたりすることはない。


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春爛漫と言葉で聞けば、心躍るほど楽しい気がする。
けれどそんなことを言っている場合ではなかった。
苦手な教科書を目の前にして、笑顔なんて浮かべられるはずがない。ためいきしか出てこない。
全く理解できない数式や、意味の分からない物質が羅列されてある。こんなものを見ていたら、うなされそうで昼寝も出来ない。
天真は頭をかきむしった。
「こんなん頭にたたき込むのに時間使うくらいなら、カンペでも作って時間使った方が、よっぽど有効的なんじゃねぇのか〜?」
得意のフレーズが飛び出した。
「何、言ってんのよ天真くん☆それが見つかったら、それこそ内申書に響くよ」
「いまさら内申書なんて、どう転ぼうが良くなんてなりゃしねぇよ☆」
あかねの小言に、天真は言い返す。

今まで繰り返した喧嘩は数知れず。職員室で説教を受けたことも、いちいち覚えていられないほどの回数。授業のサボりに至っては…記憶にない。それくらい多数、というわけで。
そんな悪行の常連の天真であるから、確かに内申書は良くない。多分。
しかし、別に大学に進学しようなんてことも考えていないし、卒業までは一年以上あるんだし、今からせかせかするなんてのは、はっきり言って性分じゃなかった。
「まったく…まさか今度の中間、サボるとか考えてるんじゃないよね?」
「お、それ良い提案。良いねえ、サボっちまえば試験なんて受けなくたっていいもんな」
思わず身を乗り出した天真の頭を、思いっきりあかねは参考書で叩いた。
「痛〜!おまえ、すこし加減しろよ!」
「それくらい刺激与えないと、天真くんの頭は動き出さないでしょ」
「なんだと〜!?」
立ち上がってあかねの背後に回った天真の手が、ぐいっとあかねの首周りにまきつく。
もちろん、いつもの悪戯程度の力で。

あかねの笑い声がする。いつもの、それがいつもの空気。
こうしている時間が、普段通りだった。もう何年も、ずっと。

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小学一年の夏休み直前の頃、あかねはこの街に引っ越してきた。
以前過ごしていた街は、隣県の小さな街だった。
彼女が引っ越してきた理由を、天真は知らない。言わないから、聞いたこともなかった。

ただ、ここに来た当初のあかねは、いつも何かにおびえているような目をしていたことは覚えている。
何かの支えを探しているような、おぼつかない目をして頼りなくて。
そして何故か、ほおっておけなくて。声をかけた。

話してみると普通の女の子で、しかも飾りっけもない笑い方や話し方が天真は気に入った。
幸い彼女の住むマンションも天真の家の近くで、登下校を共にしたりしているうちに親しくなっていった。
二人の姿を誤解してひやかしたりする輩もいたが、そんなことは気にしたりしなかった。

あかねは天真にとって、親友だった。
恋愛の対象ではなく、あくまでもそれ以上の、親友と呼べる大切な存在だった。
いつのまにか、あの当時の弱々しさもなくなって、明るくあかねは笑うようになった。冗談を言って、たまにはふくれっ面になったり。そんなあかねと共に過ごすのは楽しかった。

だから、あの頃のあかねの姿を、天真はもう思い出せなくなっていた。



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Megumi,Ka

suga