風越しの肖像

 001
ここ最近、世の中を騒がせている人物がいる。

現代での流行というものは、駆け抜けていくスピードがかなり速くなっている。音楽もファッションも、あっという間に新しいものが生まれては消えて、また生まれて消えて行く。
そんなめまぐるしい流行の中で、何故か最近盛り上がっているというか…話題になっている人物がいる。


「……どうした。いきなりやって来て、何か用か?」
「そう言う言い方ないじゃないですかーっ。用事がないと、ここに来ちゃダメなんですか!?」
「何も用がなくやって来ているような感じではない。何か意味があって来たのだろう?」
すっかり現代の生活に慣れた泰明の屋敷に、あかねが顔を出すのが日々を追うごとに頻繁になっている。それもそのはずで、惹かれ合う同士が時間を共に過ごしたいと思うのは当然のことだからだ。
現代に慣れたとはいえ、日常生活のことについてはかなり無頓着なのは変わらない。だからこうして、たまに食事やら何やらの手伝いを兼ねてあかねは泰明の家を訪れた。
今日もまた、両手に一週間くらいの食料品を抱えて玄関をくぐってきた。
それらを泰明は何も言わずに、あかねの手から取り上げて部屋の中に運ぶ。言葉がなくとも、そのさりげない仕草が嬉しく思うのは、それだけ泰明への思いが強くなっているからだろう、とあかねは自分を分析したりしてみる。

「秋だな。裏庭から見える森の葉が色づき始めている」
古めかしく、少しきしみのある庭先のガラス戸を開けると、うっそうと茂る森が見える。オレンジ色の葉が緑色の葉の中に広がりを見せていた。
「良い眺めですよねえ…ここ。紅葉とか綺麗だろうな。」
「風も涼しくなってきた。これから過ごしやすくなるな」
縁側に腰を下ろして、熱いお茶を二人で楽しむ。とても若い者達が好むスタイルではないけれど、流れ行く自然の色を、そのまま受け止めて楽しむことがどれだけ素晴らしいものなのか、泰明と共に過ごした時間の中であかねは知った。

「で、さっきの話だ。何か用件があったのだろう。言ってみろ」
はらり、と葉が風に舞う。少しひんやりした風が頬をくすぐる。
「そうそう。あのね……泰明さんのお師匠様の…晴明様って、どんな人だったの?」
いきなりの問いかけに、泰明は言葉を失った。
「お師匠……。何故そんな事を聞く?」
「うーん……とね、最近よくあちこちで晴明様の話とか聞くんだ。何かね、今流行ってるんだって」
あかねはそう説明をしたが、泰明には全く状況が飲み込めていない。一体自分の師匠である晴明が、この現代でどんな形で君臨しているというのだろう?

安倍晴明。平安の陰陽師。優れた力を持ち、平安時代の影の実力者とも言われる。帝や貴族たちは彼の力に頼ることで、それぞれの世界を栄えさせた。全てに通じる、稀代の陰陽師。
そして…泰明の生みの親であり、そして師匠でもある………。

「テレビとか本とか映画とか…すごいんだよ。『稀代の大陰陽師・安倍晴明』とか特集されてて。」
「………確かにお師匠は陰陽師として類い稀な力を持っておられる。だからと言って、何故そんなに皆が口を揃えて騒ぐのだ?」
泰明には理解が出来ない。会ったこともない、ましてやこの世界になどいるはずのない晴明のことを、何故皆が口を揃えて話しているのか?
「うーん……何て言うか…そういう不思議な力にみんな興味があるから、かなぁ……」
「不思議なことなど何もない。陰陽師であるのなら、当然持っている力だ。私だってそうだ。」
鬼や怨霊を追いつめる力。自然を揺るがす偉大な力。人間ではないものを操る力。ミステリアスな話題が先行して、晴明の印象を強く盛り上げている。
だが、それは泰明にとっては珍しくもないことだった。同じ陰陽師であるのなら、その力は当然持っているものであるのだから。
「だからね、そういうのがカッコイイ〜とかみんな思ってるんじゃないかな。で、泰明さんならもっと詳しく知っているんだろうなって思って聞いてみただけなんだけど」

「お師匠は朝が弱い」
「は?」
「起きるのが億劫なときは庭先の草木を捕まえて呪をかけ、自分の姿に仕立ててあれこれ雑用をさせる。ゆっくり寝て目が覚めると、やっと本人とすり替わる…そんなことはしょっちゅうだった」
「……はぁ、そうですか…」
「しかし花だけは自分に仕立てない。花は必ず女人に変えて侍女代わりに身の回りの世話をさせる。お師匠曰く、『美しい花は、美しい女人にしなくては意味がない』からだそうだが」
「……そーですか……★」
「以前内裏に上がった際、気に食わぬ貴人に怨霊退治を頼まれて事を済ませたが、礼が思った以上に粗末だったために、相手の邸宅に実る甘葛を鳩につまんでこさせたこともある」
「…………」
泰明はそのあとも、あれやこれやと晴明の話を説明した。が、それらは全てあまりに人間味あふれるものばかりで、巷でヒーロー視されている晴明の形容詞とは、とうてい結びつかないものばかりである。
むしろマスコミなどで持ち上げられている内容よりも、実際に晴明のそばで生きていた泰明の言葉の方が間違いなく事実であるし、何度かあかねも会ったことがある記憶から考えてみても、そんなに華やかな雰囲気があったとは言えない。
というか、青年として扱われることが多い現代の晴明に比べて、あかねが会ったことのある晴明は既に60代も近い頃の風貌。それでもやはり、何か人とは違う鋭い光が放っているような気がした感はあったが。

「それから食事の支度をしていたときに………」
「も、もう良いです…よく分かりました★」
次々と出てくる晴明の話だが、多分泰明からうち明けられる内容は殆どが日常での彼の姿そのものだろう。だが、それが妙に微笑ましく思えるのも確かで、何故か素直に信じられるような気がする。
泰明をその力でこの世に生み出し、その力を全て泰明に注ぎ、子供として、弟子として共に育て上げた生活の中で、飾らない本当の晴明の姿が泰明の瞳にはいつも映っていたのだろう。

「お師匠は………偉大な方だ。それは間違いない。」

ぽつり、と泰明はそうつぶやいて空を見上げた。秋の色が漂う青空は、どこまでも高く遠く広がっている。目を凝らせば姿が見えそうな気もするのに、超えてしまった時空の向こうを見ることは出来ない。
今、晴明がどうしているのかも感じることが出来ない。

「晴明様って、すごい人なんだよね」
「尊敬に値することは間違いない」
「うん……そして…素敵な人なんだよね、きっと」
「…それはどうか知らぬが」
素っ気なく泰明は、そう言った。
だけど、間違いない。あかねはそう信じてる。

泰明をこの世に生み出してくれた人だから。
自分にとって、大切な……大好きな……愛する人を生み出してくれたのだから。
彼の力に感謝せざるを得ない。

「私、晴明様…大好きだな」
泰明の腕にもたれて、あかねがつぶやくと泰明が表情を険しく変えた。
「おまえはお師匠に惹かれているのか?」
その言葉にびっくりして、あかねは顔を上げた。そして彼の顔を見て、思わず吹き出しそうになった。
「何言ってるんですかー!変なこと言わないで下さいよ!そんなのあるわけないじゃないですか!」
そう笑って空気を浄化しようとした。だけど、少しだけ頬が熱い。泰明の頬も、ほんの少し紅が差しているように見えなくもない。
嫉妬とか、不機嫌とか、見て分かるくらいに顔に出るようになってきて。
日々変わり行く泰明の表情を見届けたいから…だから一緒にこうしていたいと思う。

「泰明さんを生んでくれた人だもの…素敵な人に決まってますよ」
彼の腕に手を回して、ちょっとだけ甘えるように顔をうなだれてみる。そんなあかねの髪にキスをすることも、今の泰明には自然な立ち振る舞いになった。
「おまえに逢うことが出来ただけでも……お師匠には感謝しなくてはならないのかもしれない」
この世に生まれていなかったら、出会うことはなかった。愛し合うこともなかった。
誕生の奇跡と偶然は紙一重で、それらが交差しながら…こうして二人は寄り添っていられる。
「出会えて良かったね」
あかねが微笑むと、泰明は何も言わないが微笑みを返す。
ゆっくりしたスピードでかみ合って行く、運命の歯車に感謝しながら。


■■■


「ふぇっくしょん!」
夏の猛暑がまだ残る連日だと言うのに、何故かここの所くしゃみが絶えない。風邪の症状があるわけでもないのに、どうにもこうにも、鼻がくすぐったい。

「……泰明の奴、何か向こうでわしのことでも噂しておるのではないだろうな」

遙か時空の向こう側に渡った、大切な我が子を思い浮かべて、晴明は空を見上げた。

遠い世界で、彼らはどうしているだろうか。
ちょっとした呪を使えば、池の水面に映して覗くことも容易いことだが、彼らが二人で生きることを選んだ以上、その間に顔を挟むことは避けておこうと思う。

「若い者たちの邪魔をするなど、野暮なことはしたくはないからなぁ」
いつのまにか庭先に花開いている、薄紫の桔梗の花に語りかけながら、晴明は笑った。

秋は近づいている。
季節が-----時間とともに流れている。
それぞれの時空の中で。





------------THE END




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