遥かな夢を手の中に

 001
今年の桜は平年よりも開花時期が早い。しばらく前のニュースで、そんな話を耳にした。
天気予報は科学が発展した21世紀でもあまり宛にならないことが多いけれど(それでもまだ昔よりは確率は高くなった)、桜の開花時期については今年は大当たりだった。
高校の並木道はピンク色一色に染まり、少し強めの春風が舞うと桜吹雪があちこちで起こる。

ホームルームの時間が少し延びてしまって、約束の時間にギリギリの状態で学校を飛び出した。
待ち合わせの公園までは全速力で走れば10分。通りすがりの人の目も気にせずに、息を付くタイミングも忘れて目的地へとあかねは走った。

-------早く逢いたい。

桜の多い公園は、あちこちで花が咲き誇っている。芝生の方では花見の席取りらしいサラリーマン青年が何人かたむろしている。
「お花見には絶好の場所だもんね、ここの公園」
それほど綺麗なわけでもないが園内には水鳥の遊ぶ池もある。これからの時期、木漏れ日が映って輝けば美しいに違いない。
あかねは彼らのそばを通り抜けながら、どこかで待っている泰明の姿を探した。
人のにぎわうところを彼が好むわけがなく、出来る限り喧噪のシャットアウトできるような空間。そんなところに彼はきっといるはず。
重ね合うように延びる木々たちをかき分けて、少し奥ばった空間を覗き込む。
ふわり、と暖かな春風が吹いた。

宙に舞い上がる細い髪。長く、若草のように澄んだ色の絹糸とも見まごう泰明の髪が風になびいた。
目を閉じて、ただ一人その空間を独占しているような、そんな目に見えないバリヤーの中に泰明は佇んでいる。

「遅いぞ」

しばらくそこで立ちつくしていたあかねに、泰明は振り向かないままでそう言った。
「すみませ〜ん★学校出るのが遅くなっちゃって……」
泰明に近づいて申し訳なさそうに頭を下げるあかねの髪に、そっと彼は手を伸ばした。
「おまえが来られなくなるよりは良い。」
静かに、そうつぶやいて泰明は微笑んだ。


■■■


「ずっと思っていたことだが、ここの桜は向こうで見ていた桜とよく似ているな」
満開の大きな桜の木の根本に腰を下ろすと、上から降り注ぐ花びらを見上げて泰明が懐かしそうに言った。
「そうですか?そうかなあ………」
あかねにとってはその区別はろくに分からないが、手のひらに落ちる花を眺める泰明を見ていると、そういえばそんな気がしてくる。
「木は何百年もの時間を生き続ける。もしかすると本当に、あの時代に見た桜と同じものなのかもしれない」

二人の間に桜が舞い落ちる。次々と雪のように、静かに辺りを桜色に染め上げて行く。
「もしもこの桜があの時代から生きているとしたら、泰明さんのこと知っているのは私とか天真くんとか詩紋くんに続いて4人目、っていうことだね」
時間を共有している仲間が一人増えたような気がして、少し頼もしそうに木を見上げたあかねだったが、隣の泰明は静かに、こう答えた。

「……私はおまえにだけ存在を理解してもらえれば、それで十分だ」
そう言って手を握りしめてくれた泰明の細い指先に鼓動がひとつ高鳴って、そっとその肩に寄り添ってみた。

ただ大好きな人に、自分の存在を分かってくれれば幸せだと。そう言う泰明に、同じ事を言い返してみたい。
長い時間の交差した場所で出会って、そしてこうして一緒に花にうもれている今。それがどれだけ幸せなことなのか。
「これからもずっとそばにいてね」
「おまえの側以外、私の行くところなどありはしない」
言葉の約束。それは曖昧であまり意味のないことかもしれない。だけど、泰明の口から告げられた言葉ならずっと信じていられる。何よりも、彼の言葉は心そのままであると知っているから。

優しく咲き続ける桜の花に向けて、あかねは心でつぶやく。

ねえ、桜さん、これからもずっと、私たち二人の未来を見ていてね----------と。





-----THE END-----




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Megumi,Ka

suga