Dreaming

 001

「今朝もかなり冷え込んでいるようだね」
ゆっくりと階段から下りて来ると、ほのかに一階の空気は暖かい。
起床する時間は大抵決まっているので、時間に合わせて寝る前にエアコンのタイマーをセットしておく。
とは言っても、毎朝あかねの方が30分ほど早く起きるので、友雅がやって来る頃には暖房も程よく効いている頃なのだ。
メゾネットやロフトは天井が高いせいで、空調の効きがあまり良くないと言われているが、腰板部分に内臓されているパネルヒーターと床暖房のおかげでそれほど悪くもない。
「お天気は良いみたいですけど、日差しが入るのは遅いですもんね」
吹き抜けの大きな窓も、この時間では太陽の日差しが差し込まない。
暖房の効きを保つために、もうしばらくカーテンは閉じたままにしておく。

「もうすぐ師走だ。寒くて当然だな」
カウンターの上に置かれている、カレンダーの暦を見て友雅が言った。
今年も残すところ、あとひと月余り。
となると、そろそろ稽古の方も通常のカリキュラムを切り替えねば。
これからは新年の演奏会に向けて、練習や演目選びの準備に取りかからなくてはならない。
年の瀬も年明けも、なかなか落ち着いていられないのが"師走"ということだ。
「でも、あまり無理はしないで下さいよ。風邪とか流行り始めているみたいだし」
「大丈夫。日頃からあかねに栄養をもらっているからね」
優しい味わいの料理と、春のひだまりのように暖かいぬくもり。
抱きしめるたびに、心と身体が満ち足りて来る。

「ホント、冗談じゃなく無理は禁物ですよ」
「ああ、分かってる。だから、今度の土曜日はどこか食事に行こう」
土曜日?土曜日は大抵友雅さんもお休みだけど…と、あかねもカレンダーに目を向けた。
「あっ…」
休日だから気分転換に外食を、というものではない。
11月のこの日付は、二人にとって大切な日だったから。
「あっという間の一年だったね」
燃えるような紅葉に包まれた神社で、永遠の愛を誓ったその日。
あれからもう一年が過ぎようとしている。
本当に、いつのまにか、あっという間に。
「何だか信じられない。そうなんですね…一年経つんだ」
その前から一緒に暮らしていたから、結婚してからの生活感もさほど変わった感じもなく。
ただ、彼の表札の隣に自分の名前を記すようになったこと。
その他もろもろの事務的な手続きの際に、"元宮"ではなく"橘"と呼ばれるようになって、その度にはっとしたりもした。
「せっかくだからご両親も一緒に、とは思ったのだけど…今回はね、私たちの記念日だから」
「そうですよっ。今回は二人だけにしましょう!」
彼には普段から十分過ぎるほど親孝行(というか母孝行)してもらっているし、結婚記念日くらいは二人きりで。
一年間の出来事を思い出しながら過ごす……そんな日にしよう。


+++++


その日の土曜日。
ショッピングも兼ねて午前中から出掛ける予定だったが、あかねがなかなか下りて来ない。
さすがに結婚記念日だし、いつもより身支度に念を入れているようだ。
こういう場合、男はのんびりと構えて待っているに限る。
車のキーとコートをソファに置いて、しばらく腰掛けていようと思った矢先。

ピンポーン。
インターホンが部屋に響き、友雅はモニタで来客を確認する。
ドアの向こうに立っているのは若い男。服装を見る限りでは、宅配業者のようだ。
「おはようございます。橘さん、お届けものです」
まだ下りて来ないあかねに変わって、友雅が玄関へと向かった。
ロックを解除しドアを開けると、確かに宅配会社の男性。よく見かけるネームタグが、ユニフォームの胸に取り付けてある。
「ええと、お荷物が5つですね。サインをお願いします」
「5つもかい?」
差し出されたペンで伝票に名前を記入すると、彼はそれをポケットに仕舞い込んでから、カートに乗せた荷物を一つずつ運び入れた。
「おめでとうございます!それでは失礼します」
仕事を終えて出て行く間際、彼はそんなひと言を残した。

改めて、伝票一枚ずつ目を通す。
差出人の名前は、もちろん馴染みのある名前ばかり。
花にはカードが添えられているが、箱にはご丁寧に中身の説明にひと言が添えられてある。
「友雅さんごめんなさい!遅くなっちゃって…あれ?」
ようやく支度を終え、リビングから玄関にやって来たあかねだったが、その光景に思わずうわっと声を上げた。
そこにいた友雅の姿というより、彼の足下にある荷物に、だ。
「何ですかこれ!」
リボンとセロファンに包まれた、バスケットのフラワーアレンジメントが二つ。
上品な箱の中に閉じこめられているのは、漆の箱に入った上品な和風のフラワーアレンジメント。
チャコールブラウンの箱には、有名なパティシエの名前がプリントされ、光沢のある白い箱は、有名な漆器メーカーの文字。
一体これは何事かとびっくりしているあかねに、友雅は何も言わず微笑んで領収書を手渡した。

「……!」
カラフルなバラのアレンジメントの伝票は、"森村天真・蘭"。
もうひとつのアレンジメントには、あかねのバイト先の主人の名前。
シックな和のアレンジメントは、神社の宮司&関係者の連名。
パティシエのケーキボックスの伝票には、"流山詩紋”。
漆器メーカーの伝票には、友雅の事務所のスタッフの名前。
差出人はすべてバラバラだが、皆添えられているカードの内容は同じ。

---------------------『結婚記念日おめでとうございます』。

「みんな、覚えてくれていたんだねえ」
届けられた贈り物を前に、微笑む友雅の表情もまんざらではない様子。
当の本人たちが覚えているのは当然だが、他人である彼らがこの日を忘れないでいてくれたとは。
「ふふ、何だか嬉しいな…みんな」
前もって連絡もリアクションもなかったけれど、ちゃんと去年のことを覚えてくれている。
幸せを誓った一年前。まだ鮮明に思い出される紅色の森。
きっと毎年紅葉の話題を聞くたび、あの瞬間が蘇ってくるに違いない。

「出掛けるのは、もう少し遅めにするかい?」
「うん。このお花、全部飾ってからにしましょう!」
みんなが心を込めて、一年目の幸せな日を祝ってくれた証。
ちゃんと綺麗に飾ってあげなきゃ、申し訳ない。
「天真くんたちのは…明るい色だから玄関が良いな。宮司さんからのは、二階の和室が良いですよね、やっぱり」
バイト先からのお花は、彼の事務所から貰った漆器の時計と並べて、リビングのサイドボードの上に飾ろう。
嬉しい贈り物は常に目に届くところに置いて、送り主への感謝と嬉しさを何度も味わえるように。
「詩紋くんの贈り物は、帰ってからゆっくりお茶しましょうね」
「そうだね。今宵はいつもより長く過ごしたいものだ」

二人にとって特別な夜だから、話したいことも思い出したいこともたくさんある。
一人では思い出せないこと。二人だからこそ、思い出せること。
出会ったときから、結ばれたときまで。
いや、それからの二人のことも思い出しながら時を過ごそう。
今、感じている幸せのことも-----これからの幸せの話も。





-----THE END-----




お気に召して頂けましたら、ポチッとしていただければ嬉しいです♪








2013.12.04

Megumi,Ka

suga