君に逢いたかった

 001

ずっとずっと小さい頃。
"結婚式"というものを、はじめて見た時のこと。
いくつの時だったかも覚えていないし、何で見たのかも分からない。
おぼろげな記憶は決して鮮明ではないけれど、追うように見つめていたものだけは覚えている。

真っ白なドレス、真っ白なロングベール。
真っ白な百合の花束を手に、微笑んでいた女性。
傍らには寄り添う男性がいて、その光景はまるで絵本の中から飛び出した王子様とお姫様。
………お姫様って本当にいたんだ。
花嫁さんを見て、そう思った。

時が過ぎて物心も着くようになった頃、周囲では結婚する知人や親戚が増えた。
披露宴に連れて行ってもらって、そこで初めて本物の花嫁さんを見た。
でも、そこにいたのはお姫様ではなくて、可愛がってくれていた親戚のお姉さん。
顔も見たし声も聞いたし、絶対に人違いじゃなかった。
それなのに、あのドレスに身を包んだお姉さんは…いつものお姉さんじゃなくて、お姫様そのもので。

『お姫様ってお姉さんでもなれるの?』
今となっては失礼な言い方だったけれど、お姫様は生まれたときからお姫様だと思っていたから。
だからお姫様に生まれた人じゃないと、あんな姿にはなれないと思っていた。
それがまさか、よく知っている親戚のお姉さんが、お姫様になってしまうなんて。
『好きな人と結婚するときは、誰でもお姫様になれるのよ』
そう言って笑ったお姉さんの笑顔は、本当にあの時のお姫様と同じだった。

いつか、自分もお姫様になってみたい。
あんな真っ白なドレスを着てみたい。
ふわふわのレースいっぱいの、長いベールをひらめかせてみたい。
『将来の夢』は色々あったけれど、常に憧れていたのは白いドレスのお姫様。
プラチナのティアラを髪に飾り、王子様とお揃いの指輪をはめて、映画のワンシーンみたいな誓いのキス。
そんな日が来たら良いな。
胸の奥でずっと抱きながら……思い掛けなく早めに訪れたその日。

真っ白な衣に身を包み、私は彼の隣に歩み寄る。


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市内でも有数の紅葉の名所である神社は、この時期になると大勢の観光客が押し寄せる。
広大な鎮守の森は、赤と黄色のグラデーションで染め上げられ、市街地で見られた青い葉など一枚もない。
金箔が揺れるように輝く金色の銀杏。
夕焼けのように朱と紅を掛け合わせた鮮やかな紅葉。
「いやー…完璧って感じ?」
こういう情緒を嗜むことに縁遠い天真も、最高潮を迎えた圧巻の景色にため息をこぼした。
「凄いなあ…。ここって写真とかテレビでよく映るけど、実際に見るとこんなに色が鮮やかなんだ…」
この時期は大混雑するからという理由で、訪れることがなかった地元民の詩紋たちだったが、やはりこうして生で見ると、何故あんなにも観光客が集まるのかが理解できた。
あまりにも鮮やかで、華やかで、それでいて優雅。
なるほど、名所と呼ばれるだけある。その言葉に偽りはない。

「どうだい?最高の景色だろう」
紅葉を眺めていると、本日の主役の一人が庭へと下りて来た。
シンプルな黒の紋付袴だというのに、彼の持って生まれた艶やかさは全く負けておらず。
むしろ、そのまっすぐ伸びた背筋の姿勢が、いつも以上に存在感を際立たせる。
「意外に似合ってんじゃん、そういう和服」
「そうかねえ…少々堅苦しくないかい?私は普段から着ているような、着流しの方が楽で好ましいね」
「友雅さんっ!新郎がそういうこと言っちゃだめですよっ」
横から詩紋が笑いながら口を挟むと、その場の空気が柔らかになる。
彼らがいてくれて助かった、と友雅は少なからず思った。
中ではあかねの親戚が何組か来ていて、両親と共に挨拶に応じていたのだが、ほぼ初対面の相手だけに窮屈感が拭えずにいた。
普段の状況ならば、例え初対面だろうと差し障りなくスルー出来るものだけれど、今回ばかりは勝手が違うし。
これでも、それなりに緊張しているのだな…と、改めて我った。

空はうっすらと白い雲が揺れているが、ほぼ快晴と言って良い青空。
山に近いので少し肌寒いが、空色と紅に染まる木々のコントラストは素晴らしい。
「ホントに綺麗ですよね。春の桜の時期も綺麗って聞いたけど、秋の色って凄いなあって」
「その話を聞いたものだから、尚更この時期に式をお願いしたくなったんだよ」
本来ならばこの時期は、観光客を相手に大忙しの神社。
そんな繁忙期の挙式に応じてくれただけでなく、部外者が立ち入らぬように門を閉じて式を執り行ってもらうなんてこと、そう簡単に出来るものではないはずだ。

「有り難いことだよ。この時期だからこそ、意味があるのだからね」
「意味が?どういうことですか、それ」
かすかに吹いた風と差し込む日差しが、詩紋の髪をふわりと揺らす。
彼らの前で、友雅は森の景色に手をかざした。
「ほら、分かるだろう……あちらこちら茜色に染まっている」
針葉樹の深い緑に、重なり合う紅の葉。
更に金色の銀杏が明るさを差して、まるで夕暮れの茜色の空に見えなくもない。
「茜色に包まれた中で、永遠の愛を誓う…。素敵だと思わないかい?」
「……おまえ、ホンットになんつーか…」
天真が首筋をかきながら、友雅の顔を見て呆れ気味に言う。
よくもこんな歯の浮いた台詞を、恥ずかしげもなく言えるものだと感心する。
だが、思えばこれが友雅なのであって、京にいた時から何ら変わってはいない。

生活や環境が変わっても、中身はずっと変わらない……ようでいて、実はガラッと変わってしまった。
だから今彼はここに存在し、また今日から新しい道を歩き出そうとしている。
彼を変えた、すべての始まり。
彼女との出会いが-------------すべての始まり。

「それにしても、暇だねえ…」
本番までは、まだしばらく時間がある。
新郎は紋付を着付けるだけで終わるが、新婦の準備はそれとは段違い。
ヘアメイクやら化粧、着付け…と、男の倍近くは掛かりそうだと分かってはいるが、同じ場所にいてあかねの顔が見えないというのも、何となく手持ち無沙汰な感じが拭えない。
「仕方ないですよ、あかねちゃんは花嫁さんだし。」
「そーそー。悪役でも変身タイムが終わるまでは、大人しくちゃんと待つのが掟ってもんだぜ」
「…何だかよく分からないけど、とびきり美しい姫君が拝めるのを楽しみに、しばし我慢するよ。」
何度もフェアやショップに二人で通って、妥協せずに決めた花嫁衣装。
彼女が気に入ったものであり、自分が彼女に似合うであろうと思った満足行くデザイン。
「白無垢だってあかねちゃん言ってましたけど、どんな感じなのかは教えてくれなかったですよ」
「ま、それはゲストへのお楽しみ。でも、期待して損はないよ?」
ずっと彼女を見つめていた自分が、これならばと思った装いだ。
審美眼には自信がある。

もうすぐだね。
早く着たいと言っていた花嫁衣装に、身を包む君に会えるのは。



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Megumi,Ka

suga