胸の中のWedding Bell

 001

最近テレビや新聞などを見ると、決まって紅葉の話題が取り上げられる。
同じ市内でも方角によって、色付く時期が早かったり遅かったり。
更に、葉の色もまた様々。
黄金色、オレンジ色、まだ緑が残る葉もあれば、言葉どおりに紅色の葉もある。
そんな紅葉の木々達を、枯れることのない常緑樹の深い緑が包むように存在する写真は、豪華な唐文様の絹織物を見ているようだ。

京の秋も美しいと思ったものだが、こちらの秋は一層鮮やかで息を呑む。
寒さも厳しくなっているのに、つい立ち止まって街路樹や石畳に落ちた葉を拾い上げてみたりとか。
ずっと眺めていても飽きることのない美しさ。
…彼女のようだな、と朗らかな笑顔を思い出して、自分にも笑みが浮かんだ。

「先生ー、聞いてますかー?」
後ろから生徒が二人、友雅の顔を覗き込んだ。
「ん?何かあったかい?」
「お茶ですよ。何が良いですか?紅茶、緑茶、どっちにします?」
「そうだな…じゃあ、濃いめの緑茶にしてもらおうかな」
丁度午後3時を過ぎたので、稽古も休憩に入った。
さっき声を掛けた生徒たちが、ミニキッチンでお茶を用意している間に、座敷にいる生徒たちは手土産の菓子を人数分に取り分けている。
皆、稽古では真面目な態度で取り組んでいるが、こういう時はやはり女性である。肩の力が抜けて、とても楽しそうだ。
「先生、最近うわのそらが多いですねー。やっぱり、お式が近いからですか?」
菓子を用意していた生徒たちは、友雅の顔を見てにやにやしている。
そう、彼女たちにもすっかり伝わっていた。
もうすぐ-------------その日が来ることを。

「お式は神社で、披露宴はこっちでやるんですよね」
「ああ、日を改めてね。どちらも、それほど大掛かりではないけれどね」
懇意にしてもらっている神社で式を挙げ、披露宴は町中にある小さなゲストハウスで行う。
友雅と違って、あかねには多くの友人や親戚などいる。
彼ら全員を郊外の神社へ招くのは大変なので、あくまでも式は親しい者だけ参列してもらうことにした。
そして日を変えて行う披露宴は、誰もが行き来しやすいアクセスの便利な場所を選んだのだ。
「みんな、花嫁姿を見たいだろうからね。彼女も、見てもらいたいだろうし」
女性なら誰だって、憧れる花嫁衣装。
幸せを全身で表現して、その日だけは本物のお姫様になれる。
「あとで、写真持って来てくださいね」
「さて、どうしようかねえ…。見せびらかしたい気もするし、美しいものは独り占めしたいとも思うし」
平然と惚気てみせる彼の言葉には、生徒たちも慣れたもの。
さらっと口にするものだから、ツッコミを入れる隙さえもない。
「まあ、色々と世話にもなったし…女性にならお披露目してもいいかな」
「約束ですよ!みんなちゃんと聞きましたからね!途中で気が変わった、なんてナシですよ!」
「はいはい。是非とも花嫁を堪能して頂きましょう」
熱い緑茶に、上品な干菓子。
ごく弱めではあるが、暖房が必需品になってきた季節。
境内を包む鎮守の森を思い浮かべ、湯のみから立ち上る茶の香りを口に含んだ。

「でも、準備が整ったからって安心してちゃ、だめですよー先生」
そう言い出したのは、友雅より二つ下の生徒。
このクラスは既婚者が多く、5人中3人が結婚している。
彼女はその中の一人で、他の生徒たちとともに婚約や結婚に関することで、度々アドバイスしてくれたものだ。
「先生は心配ないと思いますけど、奥さんにはいつも以上に、気を使ってあげないとダメですからね」
「何か他に、気をつけることがあるのかい?」
挙式の段取りも、披露宴の料理や引き出物。
もちろん衣装についても、全て準備万端。
忘れていることがないように、毎日二人で確認しているけれど、特に今のところ問題はない…はずだが。
「お式とかの準備だけじゃなくて、花嫁さんのメンタル面にも、ちゃんと気を使ってあげないと」
メンタル面。確か、精神的なもの…とかそういう意味だったか。
「奥さん、最近元気がなかったりしてません?」
「いや、特にそういうことはないとは思うけれども…」
これまで通り家事をしているし、週末は一緒に買い出しにも出掛ける。
今日も仕事が終わったら、あかねのバイト先に迎えに行く。
何てことはない、いつも通りの日常風景。
彼女の表情も様子にも、変化らしい変化はないはずだ。
ずっと見つめているのだから、違和感があればすぐに分かると自負している。

「マリッジブルーっていうのが、あるんですよ。女性には」
------------------マリッジブルー?
この世界の生活にも十分馴染んで、所謂カタカナ言葉もほぼ理解出来るようになった友雅だが、この言葉は初めて聞いた。
ここでは誰でも知っている言葉なんだろうか。


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「それにしても、早いわねえ。今月ですもんねえ」
公園沿いにある小さなカフェは、午後のティータイムでものんびりした客足だ。
かといって閑古鳥が鳴いているわけではなく、常に程良い人数の客が店内でお茶を楽しんでいる。
だが、今日はちょっとだけ雰囲気が違う。
カウンターの向こうで話しかけるのは、この店の店長。
そしてこちら側には、若い男女があかねの隣に腰掛けていた。
「しっかしさぁ、式に参列ともなると緊張するな」
「そう?私は楽しみだけどなー。また振袖着られるもん!」
「とか言いながらコイツ、披露宴はドレスが良いだとか言って、しつこく親父に強請ってたんだぜ?」
珍しく賑やかな店内の理由は、この兄妹のおかげである。

いよいよ近付いて来た、今月末の結婚式。
友雅が音楽指導をしている縁で、縁結びでも有名な神社で神前式を挙げることになった。
春先から念入りに打ち合わせを重ね、挙式の日取りや披露宴のこと、もちろん二人の衣装についても妥協せずに選んで来た。
だが、その中でひとつだけ、どうしたものだろうかと二人で悩んだ問題があった。
挙式に招待する、参列者のことだ。

あかねの方は両親を含め、親しい親戚を何組か招くことになった。
だが友雅は…元々この世界の人間ではない。
不思議にも戸籍は存在していて、京と同じ両親の名前が記されているのだが、ここでは既に故人となって記されている。
その他の血縁者については、一切不明。記述されているものもない。
つまり、彼はこの世界で血縁者が存在しない、天涯孤独の身の上なのだ。
新婦側に参列者がいるのに、新郎側に一人も参列者がいない。
彼は別に気にしないと言ったけれど、それじゃあまりにも寂しすぎる気がして。
誰か代わりに出席してくれる人がいたら……。
最近は友人や知人でも参列出来るらしいし、と思い付いて咄嗟に浮かんだのが、天真、蘭、そして詩紋の三人だった。

普段から親しい間柄だし、あかねにとっては学生の頃からの長い付き合いだ。
そして何よりも、彼らは…本当の友雅の素性を知っている。
彼がどこで生まれて、どこで育った人であるか。
何も包み隠さず打ち明けることが出来る、この世界で数少ない人間。
友雅にとって彼らは、新類縁者と同じくらい親しい位置にいると言って良い。
だから、彼らを挙式に招待することにした。
ずっと二人を見て来てくれた彼らにも、この記念すべき瞬間を見届けて、そして祝ってもらいたかったから。



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Megumi,Ka

suga