夏の結び目

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大学の夏休みは、7月末から9月半ばまで。
去年は色々と遊びの予定を入れていたが、今年はあまり自由が利かない。
「仕方ないよねえ、みんな就職のことで頭いっぱいだもん」
色鮮やかなストロベリーソーダのグラスが、あかねと蘭の前で細かい粒を浮き上がらせている。

女の子同士でのショッピングは、随分と久しぶりだ。
平日の午後ならSCも比較的空いているものだが、やはり8月になると週末と大差ない混雑で。
彼女たち同様に夏休みの学生たちや、幼い子どもを連れた主婦たちの姿も多く見られる。
ファッションブランドのショウウインドウは、既にシックな秋物が並ぶ。
それでも、まだまだ夏本番の気配。
半分以上はカラフルな夏物が飾られ、セールも伴って客足は途絶えない。
そういう二人も、夏用のお目当てモノを見繕いにやって来たのだ。

「あかねちゃんの水着、可愛かったよね!ピンクのフレアがいっぱいで」
8月も過ぎてしまったし、今から水着を探しても良いものは残っていないのでは…と思ったが、二人が見付けた店は穴場だった。
最新の水着も大量に入荷してあり、色もサイズも豊富。
しかも20〜50%オフのセール中で、満足行く水着を見付けることが出来た。
「でも、蘭が選んでくれて良かったよ〜。やっぱり水着は、女の子の意見が一番頼りになるよ〜」
あかねが購入したキャミソールビキニは、何着かチョイスした中から、蘭の意見を聞いて決めた。
自分の趣味で見繕っても、なかなかひとつに絞れない。
他人から見て似合っているか、第三者の意見も知りたいし。
本当ならば友雅に一番聞きたいところだが…ちょっとこれだけはお願い出来ない。
…友雅さん、絶対にきわどいのとか勧めそうだもんっ。
例えば、奥に立っていたマネキンが着ていた水着。
サイドに深いスリットが入って、背中が殆ど丸見えになってたりとか。
もしくはやたらにショーツが小さかったり、ブラが胸を強調させた作りになってたり…とか。
…これ以上、強調なんかさせたくないってば。
そっと隠すように胸に手を当て、心の中であかねはつぶやく。

「ね、せっかく水着買ったんだし、今度プールに行こうよ?」
「んー、どうしようかな」
「良いじゃない、行こう!たまには彼ナシで、女の子同士で遊ぼうよ!」
蘭は生き生きした顔をして、あかねの顔を覗き込む。
ここのところ、ずっとあかねを友雅に取られっぱなし。
彼氏アリをひがむというより、少しくらい女友達と過ごす時間をくれても良いのに…と、度々愚痴っていたところだ。
「それにさ、遊べる相手もなかなかいないし。でも夏休みなんだから、楽しみたいじゃない」
同い年の蘭だが、彼女は四年制の女子大に通っている。
来年は三年生なので、そろそろ早めに就職も頭に入れておくべきなのだが、彼女の実家は運送会社だ。
兄の天真がいずれ家を継ぐのは決まっているし、内務は妹の蘭にいつかは任されるだろう。
つまり彼らは大学を卒業すれば、そのまま自営業に就職することが決まっているのである。
今のところ、外部へと就職をする必要はないのだ。
おかげで、夏は割と自由に休暇を過ごすことが出来る。

あかねはといえば、まったくの平凡なサラリーマン家庭。
短大二年生であるため、殆どは就職戦線に参加しているのだが、彼女もまたそれらに加わる必要がない。
卒業したら……名字が変わる。
彼と同じ姓を持ち、新しい生活が始まることが約束されているからだ。
「そうだねー。8月は無理だけど、9月になれば空いているとこ、あるかな」
「うん、そうしよ!残暑厳しそうだし!」
女友達だけで泳ぎに行くのなら、さすがの友雅も五月蝿くは言うまい。

親しい天真や詩紋であっても、水着姿を見せるなんてとんでもない!と、冗談か本気か分からないことを言う。
意外に焼きもちやき。
結構独占欲が強い。
出会った時は、こんな人だとは思わなかったのだけれど…。
それが妙にくすぐったい。

"私だけを見ていなさい"
そう言いながら強く抱きしめてくれて、唇を重ねて、心も身体も重ねる。
息が付けないほど余裕の無い力が、自分を欲してくれているのが伝わってきて…こみ上げてくる熱い想い。
楽しい時間は、こんな風に友達と過ごす、気ままなひとときの中にも存在する。
でも、どきどきするほどの幸福感は、彼と過ごす時間の中でしか生まれない。
「ね、どこ行く?近場?それとも一泊くらい遠出しよっか?」
あかねがうっかり物思いに耽っている間に、蘭は既に夏のバカンスで頭がいっぱいのようだった。



「おかえり。外は暑かっただろう」
玄関のドアを開けると、抱えていた荷物に向かって、すぐに彼の手が伸びて来た。
外出用のトートバッグに加え、ブティックの紙袋がふたつ。
決して重いものではないけれども、いつも自然と彼は手を貸してくれる。
ごく弱い冷房が効いていた。
店舗よりも温度は高めだけれど、肌に刺激の少ない穏やかな涼が流れている。
ショッピングを終え、荷物を持ったまま帰って来たのは、自宅ではなく彼の部屋。
他人の部屋のはずなのに、違和感なく自分はそこに戻って来てしまう。

夏休みだし、時間に縛られることがない。
もちろん彼は仕事を持っているから、ほぼ毎日出掛けて行くけれども、あかねの時間は制限されない。
朝ご飯を用意して、彼を見送ったあとは、部屋の掃除とか洗濯とか。
夕飯の支度をしながら、帰宅する彼を出迎えて、一緒に眠って一緒に目覚める。
もう随分とこんな毎日が続いていて、自宅に帰っていないような気が…。
「あ、もう5時過ぎてるんだ!そろそろ晩ご飯の用意しますね!」
サイドボードの上にある時計が、午後5時をすっかり回っていたことに気付き、あかねは着替えもせずにキッチンへと向かった。
やっぱり帰りに、夕飯の足しになるものを買えば良かった。
食料品売り場を覗こうと思ったのだが、洋服などの荷物があったので持ちきれなくなるかも、と躊躇したのだ。

さて、何を作ろうか…。
冷蔵庫を開けようとした時、背後から伸びた両腕があかねをふわりと包んだ。
「夕飯の支度なんて、後にしなさい。少しくらい休んだ方が良いよ」
「でも…」
「一日中歩き回っていて疲れているんだし。まずはのんびりしておいで」
そう言って友雅は、あかねの背中をリビングの方へ押し戻す。
片手で冷蔵庫のドアを開き、中で冷えていたオレンジのボトルを手に取って、後から彼が部屋に戻って来る。
「疲れて倒れたりしちゃ、せっかくの楽しい一日も無駄になる。これでも飲んで、しばらくはあかねの話を聞かせておくれ」
「は、はぁい…」
ぴたり、と水滴の着いたボトルが頬に触れる。
ひんやりとしている感触なのに、胸の奥はじいんと暖かい。
優しさから生まれる熱は、どんなに熱くても邪魔にはならない。



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Megumi,Ka

suga