Wedding Dream

 001

食事の時は、殆どテレビを付けている事は無い。
そんな外部からの音がなくても、二人向き合えばいくらでも会話は尽きない。
仕事のこと、職場でのこと、彼が経験したいろいろなことや、大学での出来事や、自宅で過ごしている時の家族の話など。
常に一緒にいられないからこそ、相手に自分のことを知って欲しくて、言葉は溢れ出して行く。
しかし、今日は少しだけ違っていた。
早々に夕飯を済ませ、早めにデザートの時間を迎える。
香ばしいほうじ茶に抹茶のプリン。
和風のスイーツに舌鼓を打ちながら、彼女がじっと見つめている先に映し出されているのは、遠い遠い異国の出来事。

「わあー…」
ため息のような、それでいて羨ましそうな声。
まるで夢見心地の眼差しで、あかねは賛美歌に耳を傾けている。
友雅にとって、その光景は初めて見るものだった。
他人の婚儀に参列するという経験は、今も昔もなかったわけではない。
しかし、京では単に簡単な宴や、或いはちょっとした祝いの品を送る程度のこと。
宮中での婚儀となれば、さすがにこれくらい大事になるけれども、殆どの場合は祝いの言葉を掛けるくらいであった。
「王室の結婚式だって言うから、すっごく豪華なドレスかなあって思ったけど、すごく清楚でシンプルで素敵〜」
普段なら、あっという間に食べて終えてしまうデザートも、今のあかねには眼中にない様子。
白いウェディングドレスに目を奪われている。

「こちらの世界では、花嫁はみんなああいうドレスを着るのかい?」
「ううん、全員ってわけじゃないですよ。着物で和風のお式もあるし、洋風だとあんなドレスですけど」
まあ、さすがにあちらは英国王室。
一般人の結婚式で花嫁が着るドレスとは、到底比べ物にならないのだが。
「でも、すごく素敵〜。何だか童話の世界みたい」
王子様とお姫様が結ばれるおとぎ話を、小さい頃から何度も母に読み聞かせてもらっていた。
大きな教会で祭壇の前で、愛を誓い合う二人…それはまさに、今その目で見ているのと同じような光景。
お姫様になんて、なれるはずがないと分かっていたけれど、それでもどこかでいつも憧れていた。
白いドレスに身を包んで、自分にとっての王子様と永遠を誓う、その時を。

「で、あかねはどっちが良いんだい?」
え?と振り返ると、彼はテレビの結婚式など見ておらず、ずっとあかねの背中を眺めていた。
「着物?それともあんな感じのドレス?」
「え、ええと…」
あと一年も過ぎれば、自分も花嫁衣装に袖を通す時がやって来る。
まだまだ時間があると思っていたけれど、着実にその瞬間は狭まって来ていた。
夢物語じゃなく、憧れの光景が現実になる時が。
「友雅さんは、やっぱり和式の方が良いですか?」
「私は別に、どちらでも良いよ。こういうのは、花嫁の意見を尊重するものなんだろう?あかねの好きな方で構わないよ」
確かに、新婦のドレスや打掛やお色直しとか、披露宴で常にカメラを手に追いかけられるのは花嫁の方。
何度か参列したことのあるあかねも、ずっと見ていたのは花嫁のドレスだ。
だが…そうは言われても、やはり結婚式は二人のものだし。

「んーと…どっちが似合うと思います?」
隣に並ぶ予定の彼に、問いかけてみた。
けれども返ってくる言葉は、さっきとあまり変わらない。
「どちらも素敵だと思うよ。何せ、中身がかなり良いからね」
「うー、そういう風に誤摩化さないで、ちゃんと考えてくださいよー」
くるりと身体の向きを変えて、あかねは友雅のそばにやって来た。
そうして彼の膝に両腕を乗せると、下から覗き込むように彼を見る。
「どっちでも良いのなら、友雅さんの好きな方にしますっ。だから、ちゃんと決めて下さいっ」
白いウェディングドレスにレースのベールも素敵。
だけど、日本人だからこその白無垢も、一生に一度の晴れ舞台ならば捨てがたい。
とびきりドレッシーなお色直しのカクテルドレスも、現代風にアレンジした華やかな色打掛も、どれもこれも着てみたくて決められない。
ならば、いっそのこと彼に選んでもらいたい。

「困ったな。私は生憎、こういうのは詳しくないからねえ…」
あかねに詰め寄られ、友雅は苦笑する。
自分で振っておきながら、まさか切り返されるとは思わなかった。
「友雅さんが、決めて?花嫁さんのドレスや打掛が、白いのはそういう意味もあるんです」
…白い意味?
初めて聞かされた言葉に、友雅は不思議そうに首を傾げた。
おそらく、彼の世界や時代では、そんな風習はなかったのだろう。
「あのですね、花嫁さんの衣装が真っ白なのは…これから旦那様の家の色に染まります、っていう意味合いがあるんです」
だから---------
「友雅さんが決めて下さいよ。私、友雅さんの色に染まるんですから」
テレビから流れる清らかな賛美歌と、パイプオルガンの音を背に受けながら、あかねの澄んだ瞳が彼を見つめる。

そっと、友雅の両手が頬に伸びて来た。
「正確に言えば、私の方があかねの色に染まるんだけどね」
笑いながら彼はその手を背中に移動させ、あかねを膝の上に引き上げた。
「この世界で、私は何の色も持たないし。まっさらな無色透明の人生を始めたのだから、それに色をつけてくれるのは、あかね自身だよ?」
何故、慣れ親しんだ世界をあっさり捨てられたのか。
それはすべて、彼女がここにいたからだ。
彼女がいる場所がどこであろうと、きっと自分はそこを選んだだろう。
離したくないと思ったから。
永遠に、離れたくないと思ったからだ。
「だから、じっくり時間をかけて、二人で気に入ったものを選ぼう。私もあかねも満足するような、素敵なものをね?」
両手で抱え込むと、少し恥じらうように彼女はうつむいて笑う。
胸に顔を押し当てようとするのを、指先で持ち上げて唇を重ねれば、自然とあかねの手が背中へと回った。


--------------ピピピピピ。
せっかくの甘い雰囲気を、突然引き裂く電話の音。
「はい〜…なあに、お母さん…」
『ちょっと!ちょっとあかね、今テレビ見てるっ?ロイヤルウェディングー!』
顔を近付けていたので、スピーカーホンにしなくても、高揚している母の声は友雅にも筒抜け。
『ねえ、素敵じゃないのー!シンプルだけどドレス素敵よねえー!あんた、ああいうドレスにしなさいよ!』
「…はあ?」
こちらで今まで話していたが、向こうでも同じような盛り上がりがあったようだ。
しかし、どれだけ流行に弱いのか…うちの母は。
呆れるあかねの隣で、友雅はくすくす笑っている。

『ああ〜でも、そうねえ!橘さんはどうしようかしら!こないだの演奏会の狩衣姿も素敵だったわよねー。和服も良いわあ』
と、いつのまにか花嫁のドレスの話から、今度は新郎の衣装にコロッと話題が変わっている。
まあ母の意図としては、そちらがメインという気がしないでもない…が。
『そうだ!あんたこの際だから、いっそのこと十二単とかはどう!?』
…一体、どこまで話が広がるのか…。
新郎新婦本人たちよりも、これは両親たちの方が大騒ぎになりそうな勢い。


「相変わらず賑やかだねえ、あかねの母上殿は」
電話を切ったあと、友雅に言われて恥ずかしいやら困るやら。
気がつけば、テレビに映る映像は教会から外の風景に変わって、白馬に引かれた馬車に乗り、結ばれた二人は宮殿へと向かう。
あまりにも優雅で荘厳で、自分にはとても投影出来ない、おとぎ話そのものの映像にため息がこぼれる。
「彼らは今、最高に幸せだろうね。でも…きっと私たちの方が幸せだと思うよ」
その日が来るまで、もっともっと愛を育んで。
幸せを積み重ねながら、二人寄り添って。

そして時が訪れて、愛を誓い合う瞬間が来たら------------
二人の幸せは、ロイヤルウェディングさえもきっと敵わない。





-----THE END-----




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2011.05.01

Megumi,Ka

suga