Summer Precious

 001

太陽がさんさんと…なんて、そんな爽やかな言葉は相応しくない。
これはまさに、"ギラギラ"という形容詞がぴったりだ。
連日のように最高気温を記録し、暑さが退く様子なんてまったくなかった。

キャンパスのカフェには、開放的なオープンテラスが設置されているが、こんな炎天下に出てゆくような強者はいない。
何せ短大・四年制どちらにしても、生徒は女子だけの大学。
紫外線が肌を貫く環境に、喜んで身を置く物好きはいるわけがなかった。
あかねもまた、ひんやりエアコンの利いたフロアの中。
猛暑とは縁遠い場所で、友人たちと向き合っていた。

「そっかあ、残念。忙しいんだったら、しょうがないよねえ」
目の前にいるのは、高校からの友人と大学の講義で知り合った友人。
口を開いたのは古典芸能同好会の一員で、公私ともに琴を演奏している。

「あーあ、でもみんながっかりするだろうなあ」
カラン、とストローを揺らすと、氷がグラスに触れる音が響く。
「ごめんね…。今は自分の教室が忙しくて、手一杯だっていうから…」
「ううん、こっちも無理言っちゃってゴメン。」
レモンのアイスティーと、アイスミルクティー。
レアチーズケーキに、フルーツいっぱいのパウンドケーキ。
真ん中のサンドウィッチは、三人で二個ずつつまんでいる。
「橘さんに、よろしく言っておいて。」
彼女はピンク色のネイルの指先で、野菜サンドをひとつ取り上げた。

+++

打診されたのは、二週間ほど前のことだった。
「うちの同好会に、一度お稽古をお願い出来ないかなあ」?
同好会とは、もちろん古典芸能同好会のこと。
そのお稽古を頼みたい、というのは…もちろん誰のことを言っているのか分かる。
「夏休みに3回ほど、合同のお稽古があるの。その時、琵琶の指導をお願い出来ないかな。」
"元宮さんなら、聞いてくれるかと思って"と、彼女は言った。

春の演奏会が終わり、再び梅雨明け後に演奏会が開催された時-----あかねは彼を友人たちに紹介した。
彼女たちがちょくちょく話題にして、盛り上がっていた"あの時に琵琶を演奏していた男性"のこと。
再び彼が現れたときは、かなりきゃあきゃあと賑わって。
だから、打ち明けるときには少しためらいもあったが、彼が背中を押してくれて、ついにすべてを告げた。

「実は…と、友雅さんは、わ、私のー…そのー…こ、こ、こ…恋人…っで…」
一瞬、時間が止まったように固まったギャラリー。
それに続いて隣で微笑んでいた彼が、あかねの肩を抱いて自ら口を開いた。
「どうぞよろしく。あ、今の紹介にひとつ付け加えておくと、卒業後の約束も済ませている仲でもあるんだ。」
彼がそう言ったあと、予想通り楽屋内には、驚愕の叫びが響き渡った。

-----こうして、あかねと友雅の真実がオープンとなったのである。
そして、二人が確実なパイプラインを持っていることで、友人からこんな頼みをされることになったのだ。

+++

「どれくらい生徒さんがいるの?」
「ええと、30人くらいかなあ。カルチャースクールの時からの生徒さんが、半分以上なんだけど。」
稽古は隔週で月に2回。
週に三日、5人クラス編成で、午後から3時間の稽古である。
「その他にも、お仕事の打ち合わせとかお稽古の用意とかもあったりで、ホントに忙しいの。」
「そっかあ。じゃあ、時間なんか取れるはずないね」
あかねの説明を聞いて、友人たちも諦めざるを得なかった。
…残念ではあるが、仕方ない。

「でも、そんなに忙しいんじゃ、デートとかも大変でしょ。」
あっというまに、サンドウィッチは残りひとつ。
友人たちはすっとそれを差し出し、あかねは卵サンドを手に取った。
「もうすぐ夏休みじゃない。せっかくの長期休暇なのに、それじゃ旅行とか出来そうにないね。」
「あ、それは-----------」
ぱっと何かを思い出して、口を開きかけたあかね。
その表情がとたんに明るくなったのを見て、友人たちはピンと気付いた。
「なーに?それとこれとは別ってこと?用意周到だわねー!」
こつん、と突くような仕草。
笑いながらふざけたように、冷やかす友人たちの手。

…くすぐったいけど、何だか嬉しい。
打ち明けることに緊張していたのに、今は嘘みたいに心が軽い。
友人たちが、みんな知っている。
私の一番大切な人のこと。
ずっとこれからも、一緒にいようと約束をした、その人のこと。

幸せって、こんな感じかなあ---なんてね。
アイスティーで喉を潤しながら、綻んだ笑顔の頬が少しだけ熱を帯びていた。


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「あかね、明日の支度はちゃんと出来てるの?」
キッチンカウンターの向こう側から、母の声がする。
「忘れ物して、夜遅くに橘さんを買い物に行かせるなんて、そんな失礼なことしないでよ!?」
「もー、うるさいなあー。だから、今メモを照らし合わせて、チェックしてるんじゃないのよー」
洗顔キットにメイク用品、バス用品は備え付けがあると言っていたから、入浴剤くらいで良いか。
着替えは3日分。キャミソールとTシャツと、ワンピースと…涼しい時のために上着もいくつか。
それと…洗濯したばかりの下着……。

「でも、やっぱりとっておきにしとこうかな」
「えー?あかね、今何か言った?」
「はっ!?ううん!何でもないっ!」
びっくりした。母に、恥ずかしいつぶやきを聞かれたかと思った…。

二人きりで旅行だなんて、滅多に出来ない特別なデート。
普段も一切問題はないけれど、こういうときはちょっと新鮮な雰囲気も楽しみたい…気もする。
「いやあね、ニヤケちゃって。まったくこの子ったら。」
気付くと目の前に、揚げたてのエビフライの皿を持った母が、少し呆れた目でこちらを見ていた。
「そ、そうだ!忘れ物しちゃった…。部屋に行って、取ってくる!」
「バカねえ、言ってるそばから。ちゃんと用意するのよ!?」
母の声を背中で交わし、あかねは二階の自室へ上がっていった。



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Megumi,Ka

suga