Sweet Memories

 001

朝から洗濯をして、二人で一緒に部屋の掃除をして。
軽い昼食も済ませたあとで、お茶を飲みながらほっとひと休み。
外はすっきりと晴天で、清々しい青空が広がる…そんな土曜の昼下がり。

「あかね、良いものを見せてあげようか?」
冷たいアイスティーで喉を潤しているあかねに、そう言ってから友雅は奥の和室へと向かった。
押入を開けて、何やらごそごそと荷物を運び出している様子。
しばらくして戻ってきた彼は、桐の衣装ケースを抱えている。
「これね、今後開催する演奏会で、着ることになった衣装なのだけど。」
教室で生徒たちに琵琶を指導する他に、演奏会に引っ張り出される事も多い。
スポンサーであるカルチャーセンター主催のものから、個人同業者に参加を直接依頼されたり。
年末年始や、春の桜の時期、秋の紅葉の時期などは、特にこう言った行事が多くなるため、なかなか忙しいのだ。
「何だか今回は、ちょっと変わった趣向をするらしいんだ。で、衣装にも色々凝ったから…と言われて、これを渡されたんだよ。」
変わった趣向ってどんなんだ?
衣装にも凝った…って、まさか妙なコスプレとかさせるんじゃ…。
「まあね、こちらの世界から見たら、コスプレとか言うものかもしれないけど」
友雅はからりと桐の蓋を開け、中にしまい込まれている衣装を取り出す。

「あ…うわあ、すごい!これ、狩衣ですよね!?」
開け放った窓から吹き込む風が、生地の上を流れるようにすり抜ける。
自然の光が反射して、艶やかに輝く鈍色には有職文様。
「今回の演奏会は、こういった衣装を身に着けて行うらしいんだ。」
まだまだ一般的には、身近に感じて貰えない雅楽や和楽器。
演奏だけではなく、ビジュアル的にもこだわってみてはどうだろうか、という案が会議で出された。
そういうわけで、衣装も狩衣に烏帽子や御冠という出で立ちで、すべて揃えることになったのだそうだ。
これまでは、大概羽織袴などの着物が衣装。
いきなりこんな本格的な装束を揃えられて、慣れていない者たちは戸惑っていたようだが、友雅にとっては全く心配なかった。

「昔は、これが日常着だったのだからね」
「そうですよねえ…」
今となってはこんな格好、生で見る機会さえも滅多にない。
でも、出会った時の彼はこんな装束を身に纏っていた。
それが、あたりまえだったのだ。
そんな彼も、今は洋服を違和感なく着こなしていて。
シャツもスーツも、色落ちした緩めのデニムさえも、普通に着ているのだから…何だか不思議だ。

「ね、友雅さん。着て見せてくださいよー」
「ここでかい?」
洋服には慣れたけれど、生まれたときから着ていた装束の着脱は、ちゃんと身体が今も覚えている。
きちんと正装する場合は、人の手を借りたいところだけれど、軽く袖を通すくらいなら容易いことだ。
「狩衣姿の友雅さん、久々に見てみたいです。」
彼女にそう期待されては、断れないのが性分だ。


上は狩衣、下は指貫を履いた。
本来なら中に単衣を身に着けるが、面倒だからそれは割愛して、ある程度の格好だけを再現してみた。
当て帯を軽く締めて、一応これで出来上がり。
事務所で試着をした時、やけに勝手を知っていた自分を見て、皆が驚いていた顔を思い出す。
「今となっては、ちょっと堅苦しいかな」
「そうですか?」
「洋服の方が、何かと気楽で良いよ。」
笑いながら友雅は、そう話す。

「……ん?」
急にあかねが、腕の中に飛び込んできた。
ぎゅうっとしがみつき、寄り添って胸に顔を擦り寄せてくる。
「何か、友雅さんと初めて会った時のこと、思い出しちゃいました。」
突然、京という異世界に放り出されて。
右も左も分からぬまま、誰一人知っている人もいなくて。
戸惑っているのに、周りからは"龍神の神子"と呼ばれ、あろうことか京を救えとか言われるし。
「もう、完全にパニックですよ。頭がまとまらないうちに、どんどん別のこと押し付けられて…」
心細いこともあった。このまま、元の世界に戻れないんじゃ…と、不安になったこともあった。
けれど、それも少しずつ和らいでいって、京の空気に馴染んだ。

その頃だろうか。
ある人が、自分の中で特別な存在に思えてきたのは--------------。

「私のこと、どんな風に思っていた?」
「何考えてるのか、全然分かんない人だなって思いましたよ。やる気あるのかしら、この人っ!って」
本性を絶対に見せない。それでいて、鋭いところを見抜く。
すごくやりにくい人だなって思った。最初の頃は。
「今は?今も、何考えているか分からないかい?」
「うーん…そーですねえ…?」
くすくすと、友雅の腕の中で、あかねは明るく笑う。

すると彼の手が、あかねの両頬を自分の方へ持ち上げた。
「私が君のことを、誰よりも深く想っている。まずはそれを分かっていてくれれば、良いよ。」
緩く豊かに流れる長い髪。侍従の残り香。
出会った時と同じような格好で、抱きしめてくれる彼は…あの時とは違う意味でそばにいてくれる。
「愛してるよ、私の"神子殿”。」
ふざけ半分で昔の呼び方をして、引き寄せた唇に自分の唇を重ねて。
あの日、あるはずのなかった二人の指には、おそろいの銀の指輪が輝く。

-------------ピンポーン。
突然のインターホンが響き、名残惜しげに二人は互いを引き離した。
壁に掛かったモニタを覗くと……。
「あかね、母上殿がいらしているみたいだけど。」
「おっ、お母さんがあっ!?」
何でまた突然、友雅のマンションを訪ねてくるだなんて…聞いていなかったが。



「ごめんなさいねえ。急に来ちゃってお邪魔だったかしらー?」
お邪魔も何も…突然すぎて驚きの方が強い。
ドアが開けられると、母はデパートの紙袋を玄関先に下ろした。
「駅前のデパートで物産展やっててねえ。美味しいお総菜がたくさんあったから、お裾分けしようと思って寄ったのよー」
「お総菜って…これ、お菓子とかお酒とかも入ってるけど…」
「ま、良いじゃないのよ。お菓子はアンタが食べれば良いじゃない。」
…本当にお裾分けのつもりだったんだろうか。
もしかして単なる口実で、友雅の顔を見に来たのが本音なのでは…。

「あかね、そんなところで話していないで、中に上がって頂いたらどうだい?」
リビングから声がして、すぐに友雅がこちらにやって来た。
そして玄関先にいる母に、いつもの笑顔で軽く頭を下げる。
と同時に、母のテンションゲージが一気に上昇するのを、あかねは何となく感じ取った。
「あらっ!あら、あら、あらっ!!!まあああああっ!!!」
興奮は既に最高潮。
やけに顔を赤らめちゃって、一体どういう状態なのか。

「ちょっと、あらまあっ!何て格好なさってるのぉっ!?」
「ああ、すみません。実は演奏会の衣装を合わせていたので、こんなおかしな格好で失礼します。」
「いやだ、失礼だなんてっ!そんなこと全然ありませんわよぉっ」
目の前にいるあかねをかき分けて、少しでも間近で彼の姿を見ようと、母は今にも上がり込んで来そうな勢い。

「んまあ…ステキ!!!ホント、すごくお似合いですわよぉっ!」
「有り難う御座います。こんなもの、なかなか着る機会がないので、馴染めないところもあるんですが…」
とか何とか言っちゃって…。
ここは一応ごまかしておかなくちゃね、と友雅はウインクで合図する。
しかし母にとっては、そんなことはどうでも良いのだ。
すっかり瞳の奥が、ハート形になっているし。

「ホントにステキだわぁ…。橘さんて、ホントに雅やかなものがお似合いですわー。ねえ、あかねもそう思うでしょうっ!?」
「え?あ…はい…まあ、そうね…」
だって友雅さんの場合は、単なる仮装とかコスプレとかって類じゃないもん…。
琵琶にしたって狩衣にしたって、ホントにホンモノだもんね。
似合っていて、当たり前だもん。

「あ〜、今から演奏会楽しみですわあ!お友達誘って、是非伺いますわね!」
おそらく当日は、この間のようにやたらめかし込んで出掛けるはず。
そして舞台で琵琶を奏でる彼を見ながら、周りに未来の息子自慢をするのだろう。
演奏会っていうより、息子お披露目会のノリよね、きっと…。
さぞかし大騒ぎになるであろう会場を思い描き、あかねは少し呆れ気味に溜息を吐いた。




-----THE END-----




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2010.04.11

Megumi,Ka

suga