雪に願いを

 001
木枯らしが強くなってきて、歩いているとぬくもりが欲しくなって。
ちょっとだけ前を歩く彼の腕に、そっと手を伸ばしてみた。
「どうかしたのかい?」
緩く結んだ長い髪を身動きと共に揺らして、彼が私の方を振り返って言った。
「ううん、別に…。何となく、腕組んでみたいなーって思っただけ」
「姫君のお望みのままに。私の腕で良ければ遠慮なく差し出すよ」
照れくさいけれど思い切って笑顔を作って、お言葉に甘えて彼の腕に手を回してみた。
そしてちょっとだけ、その肘に頬をすり寄せるようにしてぬくもり感じたりして。

ほんのり香る彼の匂い。
もうしっかり覚えちゃったよ。

こないだまで赤や黄色の紅葉に染められていた公園の並木も、ほとんど残らず散ってしまっていて、骨組みだけになった枯れ木を見ていると、それだけで寒さが伝わってきそう。
池の上をすいすい泳いでいる水鳥たちを眺めて、寒くないのかなぁなんてどうでも良いことを考えたりした。
もうすぐ冬が来る。
ううん、もうすぐっていうよりも、既に来ているのかもしれない。

「そろそろこちらの世界でも、雪景色が見られる時期かな」
「うん。この辺りはそんなに雪が多い所じゃないから、ひっきりなしに降るって言うことはないけれど…でも寒さは結構厳しいよ」
そう、木枯らしはもうとっくに吹きすさんでいるけれど、まだ雪は降ってない。
でもそんなに遠くない未来、多分真っ白に街が彩られる日がやってきそうな、そんな気がする。

「ねえ友雅さん?向こうの世界の冬ってどんな過ごし方してたの?」
「冬かい?そうだね…特に何というか、あまり彩りのあることはなかったように思うね。春のように花が咲き乱れるわけでもないし、秋のような美しい紅葉を眺めることもない。寒さも日を追うごとに厳しくなって、内裏へ出向くために外へ出るのも辛いね」

確かにこの時代に育った私だって、これくらいの時期になったら外に出るのが嫌になっちゃって、朝はいつまでも布団にもぐっていて遅刻しそうになったり、こたつに入ったまま出られなくなってうたた寝しちゃったりするもの。
そんな時でも帝のために常に内裏に出向かないといけなかったんだから、友雅さんて大変なお仕事してたんだなぁ、なんて改めて思ったりしちゃうのはこんな時。

「だけど、雪の降る夜だけは好きだったよ」
ふと友雅さんを見ると、遠い目でどこかを見つめるようにそう言った。
「この世界に比べれば向こうの世界は静かな方だけれど、雪の夜は特に静けさが深まるんだよ。風の音もなく、何の物音もしない。不気味な感じにも思えるけれど、私はそうは感じなかったな。むしろ神聖な空気が漂っているように感じるんだ。」

淡々と言葉を選んで、その情景を描くような言葉を紡ぐ。
いつもそんな話し方をする友雅さんの声を聞いているのが、私はとっても好きだったりする。
昔、眠るときにお母さんに聞かされていた物語を思い出す。そんな、すごく優しくて穏やかなトーンで。

「そんな空気が流れているから、何となく雪が降っているのかな、と気づくんだ。そして戸を開けてみると、静かに音を立てずに真っ暗な闇から真っ白な雪が降り注いでいるのを目にするんだ」
「何だか友雅さんの話を聞いていると…すごく綺麗な絵が浮かんでくるみたい」
「君にも見せてあげたいね。寒さは辛いけれど、その情景を見ていると不思議に暖かくなってくるんだよ」
手のひらの上に落ちてきたら、その瞬間にさっと溶けてしまうほどの小さな氷の結晶だけれど、その一つ一つが積もって白銀の世界を創って行く。
朝目覚めたときに、窓の外に広がるまぶしい雪景色を見るのも壮観かもしれないけれど、友雅さんが言うように、静かに振り続ける夜の雪はもっと綺麗だよね。

「寒さよりも美しさが自分の中で勝っているから、どんなに冷え込んでいても気にならない。いつのまにか手足が冷たく凍えてしまうことも多々あったよ」
そう言って懐かしそうに、友雅さんは笑った。

何だか友雅さんの話を聞いていたら、寒くて苦手だった冬も結構悪くないんじゃないかな?なんて思うようになっちゃった。
我ながら単純と言えば単純なんだけれど。影響されやすいっていうか。
でも、ホントにそう思った。
寒いのは嫌いだけれど、でもそんな雪の夜があるのなら…今までよりもっと冬が好きになりそうな気がした。

「早く雪が降らないかなー。何だか初雪が待ち遠しいなあ!」
冷たい雲の広がる空を見上げて、天の神様に向かって聞こえるように大きな声で言ってみた。
「さっきまで寒そうな顔をしていたのに、どういった心境の変化があったのかな?」
くすくす笑い声が聞こえる。
「だって、何だか友雅さんの話聞いてたら、雪の夜がすっごく楽しみになっちゃったんだもん。そりゃ寒いのは嫌だけどー…」
「だからって君が凍えて風邪でもひいてしまったら困ってしまうよ」

本当は寒さには自信ないけど。でも、それでも見てみたいと真剣に思ってる。
友雅さんが綺麗だと言った世界を、この目でどうしても見てみたいんだもの。
多分向こうの世界とは風景が違うはずだけれど、それでも一度で良いから同じような世界を見てみたいって、本気でそう思ってるんだから。

あー…でも風邪ひくのは嫌だなぁ。
熱なんか出たら、今度は友雅さんとこうしてデートする時間も削られちゃうよ。
二兎を追う者は一兎も得ずって、こういうことを言うのかなー…。ままならない恋する乙女心っていうヤツですね。

そういえばもうすぐクリスマスも近いんだけど。

でも、うーんこればっかりは友雅さんには説明するのも理解してもらうのもちょっと難しそうだからやめとこうと思ってる。
ちょっと寂しい気もするけれどね。
だったらせめて、ホワイトクリスマスなんて夢くらい見られないかなぁ。クリスマスなんか気にしなくたって、雪が降ったらそれだけで何だか素敵な気がする。
友雅さんの話を聞いたせいかな。

「冷え込んできたね。もしかすると今夜あたり、雪が降るかもしれない」
突然空を見上げて、友雅さんがつぶやいた。
「えっ!?ホント!?友雅さんて、そんなこと分かるの?」
「いや、単なるカンだよ。こっちの世界みたいに毎日毎日きちんとした天気の分析をしてくれる人なんていなかったからね。そりゃ泰明殿のような陰陽師殿たちがある程度の暦などを計って天気を占ってくれてはいたけれど」

そっか。最近の天気予報は結構当たるようになってきたけれど、それでもやっぱり宛にならないところもあるよね。
でも向こうの世界では、季節が今の世界以上に身近なところにあって。その中で生活しながら四季の移り変わりを身体で覚えてきたんだろうな。
そうなると、何となく友雅さんの言うことを信じたくなってきた。

「本当に雪が降ったらいいなー…。明日の朝が楽しみー♪」
「雪が降る夜を楽しみにしていたんじゃなかったのかい?だったら楽しみなのは今夜なんじゃないのかな」
あ、そうだね。確かに。うなづいた私の頭を撫でるようにして友雅さんの手が優しく触れた。
こつん、と肩にもたれてそっと目を閉じてみる。

「私と一緒に見ようか?」
私の肩を静かに抱き寄せるようにして、すぐ耳元で友雅さんの声がした。
「雪の降る夜は、私と一緒に過ごさないかい?」

………そんな風にとびっきりの笑顔なんか作っちゃって、とことんそんな甘い言葉なんか簡単に口にしてくれちゃって。
………断ることなんか出来っこないでしょ。勿論、そんな気もないけど。

「一緒にいれば、寒さなんか気にならないさ」

そりゃそうだよ。友雅さんのそばにいると、どれだけ暖かくなるか分かる?身体の芯からぽかぽかしてくるんだから。そして、じわって心臓の深いところが熱くなってくるんだから。
「それに、たとえ凍えそうになったとしても、そばにいれば君のことを暖めてあげることくらいは私には出来るからね」
そんな心配なんか、全然いらない。
一緒にいるだけで、どんなに暖房の効いた部屋よりも暖かい空間が出来ちゃう。
ああ、こんな時期を『人恋しい』って表現する意味、何となく分かった気がした。
他人の暖かさが一番伝わる季節なんだね。その人の存在が、暖かさになって自分の中に伝わってくるからなんだね。

ぎゅっと。友雅さんの腕の中に飛び込んで抱きついてみた。
「どうしたんだい?いきなり積極的になって」
少しだけ戸惑ってる友雅さんの顔を見上げた。
「こうしていると、あったかい?」
ね、私の存在はあなたにとって、暖かいと感じてくれているのかな?私の想いは、伝わっているのかな?
尋ねた私の身体を引き寄せるようにして、静かに優しく両腕で抱きしめてくれた手。
「離したくなくなるくらい、暖かいね、君は」

ぬくもりも、香りも、優しさも、強さも、暖かさも、教えてくれたものは全て覚えた。
絶対に忘れたりしない。大好きな人のこと。
毎年、雪が降る時期になったら思い出すのかな、今日のこと。そしてこの暖かさ。

------------早く雪が降らないかな?




-----THE END-----






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