桜の樹の満開の下

 001
むせかえるほどの、花の香り。
甘くてめまいがしそうな、妖艶な香り。
それは女そのものの香り。
忘れられない、恋を思い出す。

偶然の出会いだった。
それを運命だと信じるほど、すでに自分は若くはなかった。
幾重にも渡る偶然が交差し、生まれた光溢れる時間の中で、君と出逢った。

あの日、桜色の吹雪の中で、君が微笑む姿を眺めているのが何より楽しかった。
一瞬さえも見逃せないほど、くまなく変化をしてゆく表情の移り変わりは、その度に私の目を引き寄せて、そして気が付いたとき、恋に落ちていた。

手のひらが汗ばむ季節がやってきて、あの花の色は残像さえも残さない。
その中にいた、君の姿さえ探せない。
流れて行く時間は、容赦なく君の記憶をかき消して行く。
二人の時間でさえも過去の遺物と化してしまい、その前で私は無に転じる。

恋とはいずれ、消えていくもの。
雪のように、そして心は地上を濡らす雨の如く、深く染み込んで想いを閉じこめる。
はじめての熱い想い。消すことのできない、君の瞳に映った青空の色。
手を伸ばして、触れたぬくもりと、何よりも輝いていた君との時間。
恋の味に酔った自分がそこにいた。

毎年のように花は散り、そして再び芽を吹き出して行く。
繰り返し、繰り返し、新しい花を木々に彩らせる。
淡桃色に染まった風に吹かれて、君の姿をその中に追いかける。





「友雅さん、どうかしたの?」

離したくなかった。君の手を握りしめた。
力の限り、ほどけないように。
この出逢いが、偶然という言葉だけで終幕を閉じないように。
君の声に振り返る。
笑顔が、そこにある。

「なんかぼーっとしちゃって、疲れてる?」
「いや…あまりに天気が良いから、ちょっと眠くなっただけさ」

見上げた空の色は、蒼天の色。君の心のように透き通っている。
そばにいる、君に手を伸ばす。どこかから草の香りが漂ってくる。

「眠ってもいいよ?ここにいるから大丈夫」

子守歌の声が聞こえる。ああ、それは君の声だね。
懐かしい。そして優しい。
目を閉じて、そこにいる桜吹雪の中の君。

あの頃の恋を辿って、そして君がここにいる。
そして、私がいる。

幾千年もの時が流れても、君に恋する私がここにいる。

だから、これからもふたりで恋をしよう。





-----THE END-----



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Megumi,Ka

suga