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 Part.4(4/1)

「1週間も国外生活なんて、面倒くさいだけだね」
そうつぶやく彼の隣に、ネイビーのスーツケースがひとつ寄り添っている。
普段は比較的身軽な友雅にとって、この大きな荷物入れは邪魔にしか思えない。とはいえ、1週間海外で過ごすのならこれくらいは必要になる。
「あかねさんと一緒なら、大荷物も移動も面倒じゃないんでしょ」
「そりゃあね。エスコートする相手がいればこちらも張り合いがある」
今回は残念だったわね、と鷹通の母はアイスティーのストローを指ではじく。
ビジネス客と観光客が途切れることのない、エアポートホテルのカフェラウンジ。

日本では収穫の秋が近付いているが、イタリアでもワインの材料となるブドウの収穫が間近。
夏から秋にかけて現地に赴き、今年のブドウぼ出来を確かめながら新しいワインの銘柄を探索するのが毎年恒例だ。
留守の間は鷹通と彼の母に経営を任せることにした。予期せぬトラブルが起こることはまずないだろうが、彼らならスムースにその場を解決してくれるはず。
「ところで、あかねさんはその間どうするの。自分のお部屋に戻るの?」
「いや、そのまま居てもらうよ。その方が安全だからね」
未だにあかねは自分名義のマンションを借りている。
しかしあちらに帰ることは殆どなく、週に何日か郵便ポストを確認に行く程度。
または、二人の関係を知らない友人を自宅に招く時に戻るくらい。
「お家賃が勿体ないじゃない」
確かにそうなのだが、解約すれば都合の悪いことも出て来るのだ。
だったら友雅がいない間はそちらに戻れば良いのに、と誰もが思うだろう。あかねも当初はそのつもりだったが、友雅がそれを止めた。
「あかねのマンションは割と防犯設備がしっかりしているけれど、こっちの方が安安全性は高いよ」
隣接している別荘地とマンションの管理事務所が合同で警備会社と提携し、周辺全体の防犯に取り組んでいる。
終日パトロールも毎日行われ、街灯の点検も徹底されていて日が暮れても明るい。
加えてマンション自体は24時間管理人が駐在。常に出入りする者を監視している…と、これだけ並べたらセキュリティの完璧さが誰でも分かる。
「私も時間を見つけて様子を見にくるわ」
「ああ、頼りにしているよ」
時計を確認する。そろそろターミナルへ向かう時間だ。
たった1週間。されど1週間。
寂しくないように濃密な夜を過ごしたあとでも、数時間もすれば相手を恋しがってしまうに違いない。


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海外旅行の経験は3回。
一度目は高校の修学旅行でロサンゼルス。二度目以降は彼に同行してイタリアへ。
初めての海外よりドキドキしたのは、好きな人との旅行だったから。
開放的な風土に順応するように、普段とは違う過ごし方を楽しんだ。

…あーあ、今年も一緒に行きたかったな。
返却された書籍を棚に戻しながら、あかねは声を出さずに心の中でつぶやいた。
彼が毎年渡欧する予定があるのは分かっている。いつ誘われても良いように節約してきたし、有給休暇も無駄に消化しないよう努めてきた。
それだけ努力してみても、肝心の日程を調整できなければ意味はない。
有給と合わせて休暇を組もうとしたら、その日には既に別のスタッフの名前。従姉の結婚式でハワイに行くことになったのだとか。
改めて思い出してみると、秋頃に従姉の結婚式があると前々から言っていた。
しかしそれが海外だとは思わなかったし…。
お祝い事だから文句もつけられない。今回はこちらの運が悪かった、ということ。
そうやって自分を納得させてみるのだが、なかなかテンションは戻ってくれず。
観光ガイドのコーナーで立ち止まり、無意識のうちにイタリアの本を目で追ったりしている。
古めかしい壁の時計が示す時刻を見ると、出発時間から30分以上が経過していた。
彼は今、空の上にいる。遠い別の国へと向かう旅路の最中。
現地に到着してもいないのに、早く帰ってこないかな…と考えるなんて、我ながらちょっと気が早すぎだとあかねは思った。

ついこの間までは定時でも空が明るかったのに、9月に入ってからは少し薄暗く感じるようになった。
太陽の動きが季節の変化を伝えている。カレンダーの枚数が減るたびに、日暮れもどんどん早まってくるのだろう。
さて、今夜は何を作って食べようかな。バスの中で考える。
一人だけだから量も必要ないし、簡単に済ませてしまっても良いか。
パスタに出来合いのソースを絡めて、冷凍してあるスープを温めて、野菜はコンビニに寄ってサラダでも買って……。
その時、バッグの中でスマホがブルブルと振動し始めた。
画面に表示されているのは、鷹通の母の名前。
『あかねさん?良かった、まだお仕事中なのかと思った。今、どこ?』
「近くのバス停に着いたところです」
『じゃあ、お部屋に戻って待ってて。夕飯まだでしょう、迎えに行くから食べに行かない?』
鷹通の母から、思いがけない食事のお誘い。
今日は『giada』が定休日なので彼女の仕事はない。『JADE』の方は営業があるが、そちらは鷹通の専門だ。
『彼がいなくて寂しいでしょうけど、たまには女だけでのご飯も良いでしょ』
「あ、はい。じゃあご一緒させてください」
せっかくのお誘いを断る理由などない。
早く部屋に戻って着替えを済ませ、彼女が迎えに来るのをしばし待とう。


15分ほどしてから鷹通の母が迎えに来てくれ、彼女の車で町中のレストランへ連れて行ってもらった。
メキシコ料理の店なんて初めてかもしれない。定番のタコスやサルサソース、最近流行のワカモレなどは親しみがあるが殆どの料理は未経験。
適当に鷹通の母がオーダーしてくれたが、どれも食べやすくて美味しい。
「主人の同僚にメキシコ系の方がいてね。時々ごちそうしてくれたりしたのよ」
さすが大使館員の奥方、交友関係も国際的。
メキシコの他にアイルランド、シンガポール、バーレーン…等々。馴染みが薄い国の食文化話は驚きの連続。
鷹通の母と話すのは楽しい。自分に目線を合わせてくれているのかもしれないが、どんな内容でもくだけた調子で話してくれる。
それに、常にこちらがリアクションを挟むタイミングを入れてくれるのも、彼女に親しみやすさを感じる理由だと思う。
メイン料理を簡単に済ませ、単品料理とドリンクでゆっくり時間を楽しむ。
「彼から連絡来た?」
「離陸前にメールが入ってました。まだ空の上ですよね」
ローマまでの所要時間は約13時間近く。今日の昼過ぎに出発だから、向こうに到着は明日の今ぐらいだ。
片道の移動だけで半日以上。改めて考えると何て遠い距離なんだろう。
「一人でそんな長時間移動だなんて、退屈しちゃいそう」
「そうねえ。私も大概は映画見て、寝て、また起きて映画見て…の繰り返しね」
合間に食事や軽食を摂ったりしても、殆どは眠っている時間の方が多いか。
「多分彼もそんな感じよ。あかねさんと一緒の時は、そうじゃないでしょうけど」
あかねを同行させる時は、わざわざビジネスクラスを取るくらいだし。

「さて、今日は良いものを持って来たのよ」
彼にはまだ言ってないの、と言いながら鷹通の母はバッグの中を探って、クリーム色の長封筒を取り出した。
今回のイタリア旅行とは格が違うかもしれないが…。
彼女の言葉を聞きつつ、あかねは封筒の中を確認すると2枚の紙と、細長いパンフレットのようなものが一冊。
「え、これ宿泊券ですか!?」
「そう。でも海外じゃないけれど」
明記されている宿名は洒落ていて、聞いたことない名前だけれどリゾートホテルのようなもの?
パンプレットを開いてみると、思った通りまるで異国のような雰囲気の施設写真がちりばめられていた。
「今年の夏は彼も忙しかったでしょう。だからね、これはご褒美」
両店舗とも決算ではそこそこの利益を出し、従業員たちには賞与として還元することができた。
しかしオーナーに対してはご褒美らしいものがなかったので、と彼女は言った。
「彼にご褒美と感じてもらうには、あかねさんが一緒じゃなきゃね。二人で予定合わせて楽しんで来て」
「わぁ…ありがとうございます!って、私がもらったわけじゃないのに」
一気に華やいだあかねの表情を見て、少しホッとした鷹通の母はデザートを二人分追加オーダーした。



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Megumi,Ka

suga