Bedtime Story

 01

今年の冬は寒いと聞いていたが、こんなにも極寒だとは思わなかった。
窓の外の気温は…この時間だと既に氷点下に近いだろうか。
ニュースでは雪が降るという予報はなかったけれど、夜になればどんどん気温は下がる一方。
温度計を見るのも、ちょっと恐ろしくなるくらいだ。
そんな夜は、早めに床に着くのが一番。
バスソルト入りの風呂に浸かって、暖まったらフランネルのナイトシャツに着替えてベッドに直行。
ふわふわでやわらかな羽毛布団にくるまって、夢の世界に足を踏み入れる。
ほんの少しだけ効かせたエアコン、肌に優しいシルクのファブリック。
そして一番大切なのは、隣に眠る人の存在。

「ねえ友雅さん、ずっと聞きたかったんですけどー」
横たわっていた身体を少し起こし、あかねは友雅の顔を見下ろす。
「いつも腕枕してくれますけど、腕とか疲れません?」
二つ並べた大きな枕の上に、彼は左腕を伸ばして横たわる。
そうして、あかねを自分の方へ引き寄せると、その姿勢のまま眠りにつく。
-------これが日常。
「結構頭って、重心が掛かるでしょ?ずっとそのままじゃ、腕とか痛くなるんじゃないかと思って」
「そうかな?特に気にしたことはないけどね」
友雅は平然とそう答えると、あかねの背中に手を回して彼女を抱き寄せた。

彼の胸に頬を寄せて、耳を当てて心音を辿る。
トクン、トクン…規則的なリズムの心臓の音と、伝わって来る体温がゆっくり身体の中に響いて。
「あかねは、腕枕は居心地悪いかい?」
「私ですか?私は…そんなことないですけど…」
差し出された腕に頭を乗せれば、目の前に広い胸があって。
手を伸ばすと、鼓動に触れられる。
どんなに高級な羽毛布団よりも、暖かくて心地良いのは彼の心音と体温。
それらを独り占め出来る、ちょっとした優越感に浸れるのも悪い気はしない。
だけど、そんな風に良いことづくめなのは、もしかしたら自分だけじゃないのかな…なんて気もしたり。
「無理しないでくださいね?腕が痛かったり疲れたりしたら、すぐに引っ込めていいですから」
基本的に大半は夜の仕事がメインの彼だけれど、最近は新しく始める事業の打ち合わせなどで、昼間から出掛けることも増えて来た。
ゆっくり疲労を取るための睡眠時間が、逆に疲れを及ぼすようになってしまったら本末転倒だ。
別に腕枕じゃなくっても…こうして隣で、一緒に眠れるだけでも十分なのだし。

「そんなことをしたら、逆に安眠出来なくなってしまうよ」
顔を上げると、同時に彼の指先が頬に伸びた。
そっと静かに頬から顎へ、なぞるように指を動かしながら、友雅はあかねを見下ろしている。
「この腕にあかねの重みがあるから、私はよく眠れているのだからね」
「…そうなんですか?」
あかねが尋ねると、彼は笑顔で答えを返し、彼女の額に口づけを落とした。
広げた腕の中に、あかねの身体が転がり込んでくる。
胸に寄り添うようにして、自分の呼吸に同調しながら寝息を立て始める彼女を見ていると、何故かホッと心が落ち着いてくるのだ。
「例えて言うなら、君を私だけのものに出来た…という、安堵感と優越感かな」
「それは…」
それは、さっき私が思っていたこと、そのまんまじゃないですか。
友雅の顔を見ながら、あかねはそう胸の中でつぶやいた。
彼の心音、彼のぬくもり。
彼女の重み、彼女の寝息。
どちらも辿り着くのは同じところ。
二人がそれらから得るものは、安らぎという名の至福感。
一緒にいるからこそ生まれるもの。

改めて目を閉じ、あかねはいつもの姿勢で友雅の腕に頭を傾けた。
視界が塞がれると、他の五感が敏感になってくる。
ごくかすかに香ってくるのは、彼のコロン。
高級な紅茶葉にも似た印象を思わせつつ、いつしかそれは魅惑的な香りに変わる。
上品で、洗練されていて、深く、ほのかに甘い。
そして…最後に気付く濃厚で情熱的な香りは、長く近付いていられる者しか、きっと気付くことはない。

「ん?」
「ふふ、なんでもないですよー」
身を寄せて来たあかねを、友雅はその腕で抱きしめた。
じゃれつくように首筋に唇を近付けるから、こちらも同じことをしてあげる。
「くすぐったいですってば、もう〜」
「あかねが感じてしまうような悪戯をするからだよ。だから、しかえし」
唇を使ったお遊びは徐々に回数が増えて行き、笑い声が消える頃には、それらは同じ場所に到達していた。
吐息を塞いだ代わりに、甘い感触だけが二人の間でだけ交差する。
一枚の大きな布団に包まれて、その中に閉じこもっているかのよう。

「あ、これ良いじゃないですか」
突然何かひらめいたように、あかねが顔を上げた。
そのあと彼女は友雅の左腕を取り、横たわる自分の腰へ引き寄せて、あかねの手もまた友雅の腰へと伸びた。
「ほら、こんな風にして寝れば、友雅さんも腕痛くならないし」
腕と腕を交差させ、お互いの腰を支えるようにして。
そうやって抱き合うようにして…身体を密着させて。吐息が触れるくらいに。
「でも、これだと少し刺激が強過ぎるかな?」
笑いながら、友雅が顔を近付けた。
「こんな風に抱き合っていたら、寝かせたくなくなってしまうよ。」
「それは、姿勢とか関係ないでしょ」
いつだって、どんな風にしていようと、一時でも長く共にいたい。
触れ合っていたい。
目の中に、愛しい人だけを映していたい。
誰よりも近くにいたい。
この人のそばに。
指輪の約束が果たせる日は、まだまだずっと先のこと。
いつになるか分からないけれど、その日は必ずやって来る。
今はそう信じられる。

夢を見るのは、もう卒業。
二人の前にあるのは、現実という名前の夢。
甘くて幸せなその夢は、朝になってもきっと覚めない。







--------THE END




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2013.01.13

Megumi,Ka

suga