★★★薔薇の名前★★★
「やっぱりだめー!決められないわ!」
少し早めの朝食を終えたあと、子どもたちはプリントアウトしたバラの品種とにらめっこ。
何だかんだで結構な時間を費やしたが、送迎バスの時間が近付きタイムアウト。
「どれも可愛くて綺麗で素敵で全部植えたくなっちゃう!」
「気持ちは分かるけどね」
頭を抱えて悩む姿を、微笑ましくあかねたちは眺めていた。
「もー父様にお任せするわ。父様ならきっと一番素敵なのを選んでくれるもの」
「ふう、荷が重いな」
というよりも、子どもたちは友雅に対して絶大の信頼を抱いている。
すべての面において、父は必ず最良の答えを出してくれるはずだと信じている。
「分かったよ。明日までに決めると約束するから、早く支度をしておいで」
今朝は出勤時間が少し遅いので、友雅が子どもたちを送迎バス乗り場まで連れて行く。
いつもはあかねと祥穂が交代で付き添うので、時々でも彼が送ってくれるのは有り難い。
ただし、彼がバス乗り場に行くとその場の空気が激変するのだが。


+++++


平日の昼は大概祥穂と二人なので、食事は簡単に済ませてしまう。
今日はきのこの和風パスタに、つけあわせのサラダとたまねぎのスープ。
「もうすぐ友雅さんの誕生日ですけど、何を作ろうか迷ってるんですよねー」
外食も考えたが、千歳たちが自分たちでごちそうを作りたいと言っているので、そこは尊重しなければ。
「ケーキはいつもどおり詩紋くんにお願いしますけど、子どもでも簡単に作れるものって何でしょうね」
「そうですわねえ…」
文紀も最近料理の楽しさが分かってきたようで、時間がある時はキッチンで手伝ってくれたりする。
楽しみながら作れる料理…。それでいて華やかなお祝いらしい料理…。
「何だかこの頃、考えることが多くて大変」
「ふふ、友雅様のバラも、皆様随分とお悩みでしたものね」
子どもたちの様子を思い出しながら、祥穂は笑顔を浮かべ野菜を切る。
庭に植える苗を選ぶなんて些細なことかもしれないが、それをあんなにも真剣に悩んでいる。
悩みすぎるのは決して良い事ではないけれど、こんな理由なら悪くはない。
「そうだ、祥穂さんも見て下さい。友雅さんのバラ選び、アドバイスください」
「私ですか?あまり参考にはならないと思いますが」
「そんなことないですよ。私よりずっと長く友雅さんを見てきた人だもの」
あかねと出会う前の友雅の日常、暮らしを何年も付き添って見ている彼女には、自分と違う価値観がきっとある。
最終的には彼に決めてもらうけれど、彼に関わる多くの人の意見をあかねも知りたい。

ファイルしてあるレシピノートを開いて、去年、一昨年と記憶を遡る。
千歳と文紀の誕生日、まゆきの誕生日、そして友雅の誕生日。毎年どんな食事をしたのか、日記も兼ねてノートに書き留めている。
「子どもたちの誕生日はまだ寒い頃だから、暖かい料理ばかりですよねー」
グラタン、ラザニア、クリームシチューなど。
友雅の誕生日は六月なので、年によって寒暖差があり一定していない。
ちなみに去年のお祝いメニューは、ちらし寿司をメインに懐石風の盛り付けで和風ディナーだった。
ならば今年は逆に洋風か中華などで考えてみようか。
「平日だからお酒はダメですねー、残念ですけど」
「お出しできるとしたらノンアルコールですね」
会社専属のドライバーが送迎してくれるが、いつ自分でハンドルを握る機会が訪れるか分からない。
予期せぬ事態を考慮して、平日出来るだけアルコールを飲まないようにしている。
「うーん、キリがないですね。今日はこれくらいにして、今夜のことを考えなきゃですね」
また若干日にちはあるので、これから徐々に詰めていこう。
取り敢えず、今夜の夕飯は何にしようか-----------。
「あ」
電話が鳴り響いて、そばにいたあかねがすぐに受話器を取った。
ディスプレイに表示されているのは、彼の名前。
「もしもし、どうしたんですか?」
『ああ、良かったあかねが出てくれて。これから何か用事あるかい?』
「用事は…そうですね、バス乗り場にお迎えに行くくらいですけど」
買い置きの食材もあるので、今日は買い物は行かずとも夕飯の支度は出来そう。
『ちょっとだけ出てこられるかな?付き合ってもらいたいところがあるのだよ』
「え、どこですか、遠いところですか?」
『植物公園。今、園内のバラが満開らしくてね。そこに、選んでもらった品種が結構あるみたいだ』
郊外にある植物公園だが、車なら家からさほど遠い距離ではない。
今から出掛けて園内を一回りしても、バスの到着時間には余裕を持って帰ってこられる。
『実際に咲いているのを見たら印象も変わるかもと思ってね。一緒に来てくれるかい?』
「…そうですね。本物を見てみたいですね」
写真やWEBを通して見る色や形は、思っていたのと全然違っていたりもする。
見るだけでは伝わってこない香りも加われば、惹かれる品種が見つかるかもしれない。




平日であることと午後も2時を過ぎている時間だからか、園内はそれほど混雑していなかった。
それが幸いして、満開に近いバラを二人でゆっくりと見て歩くことが出来た。
「えっと『ホープスアンドドリームス』がこれですね」
イノリがくれたメモを見ながら、品種を探し歩き観察する。
「綺麗ですね、形も可愛い」
「ネーミングも良いね。でも、さすがに可愛らし過ぎないかい?」
「うーん…」
確かに丸みを帯びた形も鮮やかなサーモンピンクも、彼のイメージとは違いすぎるか。
ほのかな香りがあるのも良いのだが、残念ながらこれは却下か。
「次。『万葉』、これすごく綺麗じゃないですか?」
明るいオレンジ色の花は波打って、とても優雅な佇まい。
香りは弱いが、まるでコサージュのように花が美しいバラだ。
「令和元年に相応しい品種名だね。でも、色が少々強めかな」
彼が言う通り存在感はあり、色も形も人の目を惹く。それがむしろ友雅のイメージにも重なるのだが…。
「実際に見ると余計に迷いますね」
スマホで写真を撮ったり、イノリのメモに気になったことを書き加えたり。
バラの香りに包まれながら、色々な花を見て歩く。
10種類ほど見たところで、友雅が立ち止まり口を開いた。

「あかね、実はまだ見ていない品種の中で、ひとつ気になっているものがあってね」
「えっ?どれですか?見に行きましょうよ!園内にあります?」
「あるよ。確か西ブロックにあると書いてあった」
それを聞くと、疲れも見せずあかねは足早に丘を登って行く。
あちこちの花を探し歩く姿は、可憐な蝶のようだなと思いつつ彼女の後を追いかけた。








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