雪の華

 001
雪が降ってきているのに気付いたのは、床について一時間ほど過ぎた頃だった。
やけに外が明るいことにふと起き上がって、蔀戸を上げてみると庭が白化粧を装っていた。
冷え込みは厳しく、その雪と同じように白い息が形になって見えてくるほどだ。それでも庭を眺めることを止められない。
常緑樹の深い緑に降り積もる雪のコントラストが、まるで日本画のように美しくて見とれてしまう。

「あかね殿、どうかなさったのですか?」
蔀戸越しに外を眺めているあかねの姿を、見回りに来た頼久が見つけて声をかけた。
「あ、頼久さん…別になんでもないですよ。ただ、雪が降っていたから、庭が綺麗だなあって思って、ぼーっと眺めてたんです」
「そうでございましたか」
高欄で立ち止まった頼久は、そんなあかねの眺めている視線の方向をなぞった。うっすらと白く色づいていく庭の風景。音もなく静かに、雪は降り続いている。

「頼久さん、雪が降っているのに一晩中見回りなんですか?」
「はい。それが私の役目でございますから。」
当然のように頼久は言うが、時間が追うごとに冷えてくる一晩を外で過ごすのは、そう楽なことではないはずだ。
「でも、少しくらい暖まらないと風邪ひいちゃいますよ。ちょっと中に上がってください!」
あかねはそう言って、蔀戸を上げて身を乗り出した。そして薄手の夜着のままで階まで降りると、慌てて頼久が駆け寄ってくる。
「あかね殿!そのようなお姿で降りられるとお体に触ります!」
「だ、大丈夫…!とにかく頼久さんも、中に上がってくださいよ」
「そ、そんなめっそうもございません!警備の仕事をおろそかにするわけには……!それに…このような時刻に……」
頼久が弁解を続けようとしたとき、
「は……っくしゅん!」
さすがにこの寒さに寝着姿は辛くて、思わずくしゃみが飛び出した。
「あかね殿!中へお上がり下さい!」
「平気…だから頼久さんもちょっと上がってください」
「しかし……」
同じような言葉を続けようとした頼久だったが、あかねがもう一度くしゃみをしそうになったので、仕方がなく階を上がってあかねの部屋に通されることになった。
本当は、こんな時間に女人の部屋に足を踏み入れることにも抵抗があったのだが。


■■■




高燈台の灯りがぼんやりと部屋を照らして、少しだけ暖かさを演出している。
あかねのいない部屋に取り残されて、頼久は気持ちが落ち着かなかった。
うっすらと匂う、冬の落葉の香り。季節にあわせてたかれる香が漂う中に、やっとあかねが戻ってきた。
「頼久さん、これ飲んでください。暖まりますよ。」
そう言って彼女が手に持っていたのは、入れたばかりの茶の入った茶碗だった。
手に触れた碗の表面から、じわりじわりと暖かさが全身へと染みこんでくる。白く上がる湯気、外の雪は止まない。
「こっちの世界の冬って静かですねえ。雪が降ってるのにしーんとして…私の住んでいたところなんて、ずっと騒がしかったからこの風景って何となくいいなって…だからさっき眺めていたんです」
音のない雪が闇を白く染めていく庭を、あかねが眺めていると頼久が小さな声でつぶやくように言った。
「あちらの世界が恋しいですか…?戻りたいと、思われていますか?」
あかねは頼久の方に目を移す。そして左右に首を振った後、彼に向けて静かに微笑みを返した。

「思えば今年の初め頃でございました。あかね殿が私たちの前に降り立ったのは…」
懐かしそうにその頃を思い出しながら、頼久は言葉を綴る。
「八葉というものがどんな立場の者であるか、以前より藤姫殿よりお聞き致しておりましたが、
まさか私自身がその八葉に選ばれるなどとは思ってもみなかったことです。」

それはあかねとしても同じことだ。まさか自分が、教科書で散々習った平安の世界に迷い込むなどとは思わなかった。更に、その京を守るための重大な任務を『龍神の神子』として与えられるなど…考えたこともなかった。
「戸惑ってばかりで、何もお役に立てなかったことが…今でも悔やまれます」
「そんなことないですよ!頼久さんはすごく頑張ってくれたじゃないですか!私こそ何にも出来ないままで…八葉のみなさんがいなかったら…何も出来なかったです。感謝しなきゃいけないのは私の方ですよ。」
「……いいえ、私はあかね殿に感謝しなくてはならないことが、あまりに多すぎるのです」
手のひらで包む茶碗の暖かさが身体に染みこんでくるように、彼女の存在が頼久の心にどれほどの癒しを与えてくれたか。
一方通行の肩身の狭い視野の中で生きていた自分に、外の光を差し込む窓を取り付けてくれたのが、どれほどに心を和ませてくれたか。



「新年が明けましたら……ずっと京にいてくださるのですね」
「違いますよ。もう今年から、ずっとここにいるじゃないですか。」
二人は顔を見合わせて笑った。
「……ずっと、そばにいてくださるのですね」
声を潜めるように小さく囁いた頼久の言葉に、そっとあかねの言葉が続く。
「……ずっと、そばにいさせてください」

するりと袖から延びた互いの手が、それぞれの手のひらをしっかりと握りしめる。その暖かさに心を奪われ、その手の強さに心が惹かれた。
違う世界で生きていた二人が、巡り会った偶然という名の運命に引き寄せられて出会い、そして今はこうして同じ時間を生きている。

握りしめた手のひらがほどけないように、その暖かさを確かめながら手をつなぐ。
これから流れていく時間が、常に二人一緒であるように願いながら。



-----THE END-----



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