時の向こうに舞う花を

 001
春が足音を立てて、もうすぐそこまでやって来ている。風の肌触りが柔らかくなり、膨らんでいた花のつぼみは日々を追う毎に口を開こうとしていた。
小鳥のさえずりが歌を歌うように聞こえるのは、彼らも訪れる春を嬉しいと感じているからなのだろうか。

「今年の桜は見事に咲きそうだと、先日仁和寺で永泉様に伺いました」
「へえ、そうなんだ…仁和寺って桜で有名なところだものね」
場所によっては既に花が開いているところもあるという。あかねの生まれ育った現代の世界でも、花見客であちこちの公園が賑わい出す時期だ。

梅が咲くのと同時に卒業式、桜が咲いたら入学式と始業式。小さい頃からの繰り返しで、一年がゆっくりと…時には慌ただしく過ぎていった。
そんな日々も、もう届かない『未来』という『過去』の一場面。
「桜が咲くの、楽しみだなー……」
屋敷の中から庭の緑を眺めながら、あかねはつぶやいた。隣にはさっきからずっと、頼久が寄り添っていてくれている。
「あかね殿は、花がお好きですか?」
「うん、見るのはやっぱり好き。何だか楽しくなっちゃうでしょ。それに、大切に育てたお花なんかが綺麗に咲いてくれると嬉しいし。」
「そうですね。四季の中で生まれ育つ花木は素朴ですか、雄々しく力強く美しいものですね」
「そうそう。大自然に感謝!って感じだよねー」
のどかな光景。一年前の自分が嘘みたいに、肩の力が抜けてゆったりとこの世界の流れに身を任せている。
ずっと親しかった友達もいないのに、小さい頃から一緒にいた家族もいないのに、寂しい気持ちが少しもなくて。ずいぶんと非情なものだな、と思ったりしてみたこともあったけれど。
--------------それには理由がある。

「花が咲く頃になりましたら、私と一緒に眺めに出かけてくださいますか?」
隣からそんな言葉が聞こえてきて、あかねはふと顔を上げた。
頼久が微笑む。以前のような堅さが取れて、今までになく柔らかな笑顔をしてあかねを見つめながら。
「勿論。」
あかねは答えて、こちらから同じように笑顔を返す。そしてそっと、頼久の大きな手に自分の手のひらを重ねた。
「今年は去年みたいに心配することも何もないから、のんびりお花眺めようね」
そう言うと、頼久は黙って微笑んだ。

「あなたと一緒なら、墨染色の桜も物悲しく感じなくなります。」
あの桜を見るたびにずっと、締め付けられるほどの悲しい思いが胸を突き刺した。
だけど今、握りしめる小さな手がそこにあれば、桜の色は眩しい光の色と同化する。

この世界で寂しくないのは、あなたがいるから。
それは、お互いに通じるたった一つの真実の心。
永遠に変わることのない、強くて優しくて、大切な宝物。





-----THE END-----



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Megumi,Ka

suga