ないしょばなし

 しあわせになるいつつのお題(1/5)
どの時代も、年頃の女性が数人集まれば賑やかになる。それはこの、平安の京でも同じ事だった。
おしゃべりの話題はと言えば…やはりメインは男女の恋愛事が殆どだ。
どこぞの家の姫君と、若君が婚儀を交わす予定なのだとか、どこかの屋敷の侍女のところに、ある公達が通っているとか…。
「やっぱり、同じことで盛り上がってるんだなー」
数人の侍女たちが寄り集まって、こそこそ話しているのを庭先でぼんやり眺めていたあかねは、ついつい本音をこぼしてしまった。

ふと、あかねに付き添っている侍女の麻月がこちらを見た。
「あかね様は、こういったお話には興味はありませんこと?」
「ううん。そういうわけじゃないですよ。ただ、私の生まれた世界でも、女の子はそういう話をすることが多かったから、やっぱり変わらないんだなーと思って」
いつだって女の子が気になるのは、恋愛について。自分の想いや他人の想い、決して楽しいことばかりではないけれど、どんなときでも恋愛は平等なものだから。
「そういうあかね様は、いかがなのでしょう?」
「えっ?」
数人の衣擦れの音が近づいて、あかねのいる高欄の近くまで侍女達がやってきた。天気の良い今日は、池の水面も輝いて見目麗しい。
「どなたか心を寄せられている御方、いらっしゃいませんの?」
まさか自分に話題が飛んでくるとは思わなかった。思わずあかねは、言葉を失って戸惑いを隠せない。
だが、かしましい侍女たちはどんどん詰め寄ってくる。
「あのように素晴らしい殿方が集まられている八葉に囲まれて、心を躍らせないなんて女ではありませんわよ?」
「まあ、それはお言葉が過ぎますわよ。まだ、ご自分のお気持ちに気付かれていないだけでは?」
「それはそれで勿体ないことですわ。身近にいながら、お近づきになる機会などいくらでもありますのに」
あかねは何も言っていないのだが、彼女たちにはどうやら龍神の神子は八葉の誰かと結ばれるということになっているらしい。
まだ、彼の気持ちなど探れる余裕なんてないのに。

「あかね様、私にだけそっとお聞かせ下さいませ。どなたに想いを寄せておられますの?」
ぐっと顔を近づけてきたのは、あかねより一つ下の侍女である。時折ハメを外すこともある元気な彼女は、麻月にたしなめられることも少なくはないが愛嬌があって憎めない。
「そ、そんな人いないですよ!」
「お隠しにならないで」
あまりに無理強いするので呆れた麻月は、彼女の袖をにつかんであかねから遠ざけてしまった。
しかし、それで終わらないのが年頃の女性たちだ。
「そんなに無理に詰め寄っては、あかね様の言いにくいことでしょうに」
そう言い出したのは、まぎれもなく今しがた侍女を引き離した麻月だった。彼女までがあかねの恋愛事情を聞き出そうとしているとは……。
困ったものだ。こうなったら言うしかないか?
だが、本当にそれが恋なのかどうか……あかねにもまだ実感がないので困っている。

「やはり天真殿でしょうか?年も近くて、ずっと元の世界から御一緒でらっしゃいますし。」
「そうなりますと詩紋殿もそうですわよ。まだ可愛らしい御方ですけれど、聡明でなかなか素敵な殿方になるのでは?」
「イノリ殿はどうです?やはりお若いですけれど、真っ直ぐなお心が頼もしい御方ですわね」
残念ですが違います。あかねは黙って心の中でつぶやいた。
「鷹通殿はいかがでしょう?真面目で誠実な御方ですわ。将来もきっと有望ではないかしら」
「逆の雰囲気ですが、そうなりますと友雅殿は外せませんわね。兎にも角にも女性なら、あの方に一度は見惚れてしまいますもの」
これまた残念でした。彼女たちの言うことはもっともなことばかりだけれど、あかねに琴線を揺らすまでは行かない。
「永泉様は…清楚な方でいらっしゃいますけれど、仏門に入られておりますしね……」
「泰明殿は少々冷ややかな面もありますが、その知的なところがまた素敵なのでは」
確かにこうして彼女たちの意見を聞いていると、それぞれの魅力というものが分かってくる。既に毎日のように一緒に過ごしている彼らには、特別な印象を持つことがなくなってきていた。
だからこそ気付かない彼らの一面というものが、他人の意見から見ると気付くことも多いから面白い。
と、呑気にしている場合じゃなかった。
「頼久殿は…………」
最後の八葉の名前を侍女が口にしたとたん、無意識のうちに身体がぴくんと動いてしまった。
それを見逃さない彼女たちではない。

「まあ、あかね様は頼久殿に………?」
みんな揃ってこちらを覗き込むものだから、ますますあかねの身体は緊張の糸でぐるぐると縛られて動けなくなる。
「確かに素敵な御方ですわよねえ。誠実で凛としていて……あかね様への想いは並々ならないものですものね」
勝手に納得しているようだが、それがあかねにとっては微妙なのだ。
彼があかねに向けてくれている心は、龍神の神子への忠誠心としてのものなのか。それとももっと…個人的な特別なものなのかが分からないから。
「あかね様は、頼久殿のどんなところに惹かれましたの?」
改めて麻月が尋ねてきた。
「…よく分からないんです、自分でも。ただ、頼久さんは私のことを本気で護ってくれてるし。私なんかに命まで平気で賭けてくれる…それが嬉しくて…って、それだけなんですよ」
命など簡単に投げ出すものじゃない、と彼に詰め寄ったことは何度も有る。その度に彼はあかねを見返して、その澄んだ瞳で何度もあかねを説得した。

『あなたを護るために私の命はあるのです』
-------頼久がいなくなってしまったら、何にもならないのに。その言葉の本当の意味を、尋ねることだって出来なくなるのに。


「それで充分でございますわよ。自分を護ってくださる、そのお心に惹かれるのは当然のこと。嬉しいと思われることが、その証ではございませんこと?」
麻月が答えた。
そうだろうか……。そうだとしたら、やはり彼の本心が気になってくる。
龍神の神子でなくなったあとも、彼は同じように言ってくれるかどうか。




「神子様、頼久の支度が済みましたとのことですわよ」
部屋にやってきた藤姫が、どきんとする言葉を口にした。動揺しているのはあかねだけで、他人事であるが故に他の面々は揃って微笑んでいる。
「お急ぎになりませ。頼久殿がお待ちですわよ」
そう言って麻月が、あかねの背中を押した。
「い、今のことは…頼久さんにはないしょですよ!?」
真っ赤になっているあかねを見て、くすくす笑いながら侍女たちはうなづいた。

「神子殿、お迎えに上がりました」
背後にやってきた頼久の声に飛び上がるほど驚いて、思わず腰が砕けそうになったのを何とか踏みとどまった。
こんな調子で一日一緒にいられるだろうか…と思いながらも、一緒にいてくれるのが嬉しいと心は素直に反応している。
「それじゃ…行って来ますっ…」
ぱたぱたと逃げるようにして、あかねは部屋を後にした。


「頼久殿があんな風に微笑まれるの、あかね様がいらしてからですわよねえ?」
土御門家に仕えて数年経つ侍女たちばかりだが、これまで頼久の笑顔なんて殆ど見なかった。彼が静かに笑みを浮かべるようになったのは、ここ数ヶ月のこと。
その笑顔がいつも、あかねのそばにいるときだというのは…やはり彼にとって彼女が特別であるからだろうと思う。
「取り敢えず、これもあかね様にはないしょにしておきます?」
麻月はくすっと笑った。



ないしょにしておかなくても……お互いに気付くのはさほど遠くないような、そんな気がする。





-----THE END-----



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