粉雪を集めて

 001
今夜はかなり底冷えがする。身体の中から厳しい寒さが伝わって、全身を氷のように凍てつかせてしまいそうだ。
雪は静かに降り続け、いよいよ一面を白銀の色に染め上げようとしている。

新しい年を迎え、季節が変化していくためなのだろうか。この時期にはいつも多くの依頼が舞い込む。気の流れに妖魔たちが居場所を移動し、その途中で何か悪さでもするのかもしれない。
お師匠や兄弟子・弟弟子たちの手を借りても足りぬほどの盛況だ。
そして私も、こうして夜半過ぎまで出向いていることが多い。

秋の初めに私に与えられた一軒の屋敷は、お師匠が口添えをして手に入れてくれたものだ。広さは自慢出来ないが、庭には小さな川が流れて、緑が常に生い茂っている風景はなかなか良い。
自分の屋敷を持って、帰る場所が今までと変わったのだが、一仕事を終えたあとは必ずお師匠のところに立ち寄って様子を告げなくてはならない。
あくまでも私は、弟子の立場だ。安倍晴明ではない。
依頼する貴人たちが、本当はお師匠自身の手を借りたいと思っていることは知っている。しかしそうも行かない。そのために私達が代わりを勤める。
そこで行った一部始終をお師匠に伝えることが、最後の仕事だと言って良い。その後に異変が再び起こった場合、何か我々の手法に手違いがなかったか確認しなくてはならないからだ。

これまで一度さえも、過ちを犯したことはない。
私の持つ力は、他の兄弟子たちの力とは違う。
与えられた力は…………お師匠、安倍晴明の持つ力、そのものであるからだ。
お師匠の力で、抑えられないものはない。その力を与えられて、私はこの世に生を受けたのだ。


■■■

「なるほど。では、白野殿の屋敷に現れた怪異は、三の姫の怨念が生霊となって起こしていたことだと言うのだな」
「おそらく。尋ねましたところ、三の姫には心を通わせていた公達がいたと。しかし蘇倉公卿との縁談を結ぶため、引き裂かれたとの話。三の姫立ち会いのもと儀式を執り行い、速やかに事が済んだことをお伝えする。」
「承知した。危ういことはなかったか?」
「特には。姫に憑りついていたのは下級の物の怪。本来振り切れなかった念に加え、その隙間から入り込まれて自身を乗っ取られた上で起こった異変。物の怪を払ったあとは、三の姫自身の気の持ちようでどうにでもなるだろうと。」
二人が話しているところに、華澄が高杯を携えて姿を現した。晴明の式神の中でも彼女は古い方に入る。生まれたばかりの泰明の世話をした式神の一人だ。
華澄は白い杯を晴明に差し出し、続いて泰明へ差し出した。それに沿って晴明は提子を手に、泰明の杯へ酒を注ごうとしたが、その縁を泰明の手が遮った。
「私は酒はいらぬ。お師匠に事を伝えたら、即座にここを後にするつもりだ。」
「何だ、つれないことを言うようになったものだな。一杯付き合ってくれても良かろうが」
「いや……、結構。」
泰明は杯を高杯に戻し、姿勢を正して外を見た。
いつのまにか雑草だらけだった庭も、粉雪に化粧を施されていた。

「……屋敷に戻りたいか?一刻も早く。」
一人で杯を傾けていた晴明が尋ねた。
「外は寒い。それに、仕事の疲れもあるので……」
「それだけではなかろう。私が気付いていないとでも思うか?」
晴明に分からないことは何もない。きっとここに泰明がやってきた時から、気付いていたのだろう。泰明の心が、常にどこにあるか、その場所を。
「……屋敷に戻っても、よろしいか?」
「ああ、今日はご苦労だった。」
泰明の言葉に、晴明は静かに微笑んで答えた。

「一つ、聞かせてもらえるか、泰明。」
部屋を後にしようと立ち上がった泰明に、晴明の通った声が響いて彼は足を止めて振り返った。
「今回のこの騒動、おまえは…三の姫についてどう思う?おまえ自身の感想を聞かせてもらいたい。」
三の姫……好いた男との間を、家の繁栄のために引き裂かれた女。その悲しさを胸の中から消せなかった女。
「………哀れだ、と感じました。そして……悲しい……だろうと、思いました。」
その言葉に、晴明はほのかに暖かさを帯びた微笑みを作り、軽く瞼を伏せて溜息をこぼした。雪の降る夜の吐息は、真っ白な息を形に変える。
「その言葉を聞いて安心した。早く屋敷に戻ると良い。」
泰明は深く晴明に一礼をしてから、部屋を後にした。

……………に、よろしくと申しておけ。

牛車で一条戻り橋を超えたあたりで、泰明にだけ晴明の声が聞こえた。

■■■

「おかえりなさい!泰明さん」
屋敷に戻ると、声と同時に姿が目の中に飛び込んでくる。春先に見る桜の色合いを思い出すような髪を揺らして、まだ慣れない袿の裾を、足に絡ませながら私を迎え出てくれる。
「寒かったでしょ?外、雪降ってるものね。明日の朝は積もるかなぁ?」
「既に外は白くなっている。朝には厚みを帯びて根雪になるかもしれない。」
「ホント?それじゃお仕事に行くのも大変ですねぇ……」
そう言ってあかねは、渡殿から外を眺める。
「雪が降るのも自然の摂理に通じているからのこと。そう思えば何も問題はない。寒さを感じるのも当然であり、雪が降るのも当然の理にかなったことなのだからな。」
少しだけ身を乗り出して庭を眺めるあかねの背後に立って、私はそうつぶやいた。
「でも、私の住んでいるところでは、そんなに滅多に雪なんて降らなかったからなぁ……」
はらりはらりと静かに降り注ぐ雪を、のばした手のひらであかねは受け止める。
「だからかな…真っ白になっていく庭とか見ているとね…あんまり寒さを感じなくなっちゃうの。綺麗だなぁ…ってそんなことばっかり考えちゃって、寒くなくなっちゃって。」
あかねはそう言って、私の手をそっと握った。

この屋敷に住むようになって、寒さや暑さを一切感じなくなった。常にここは心地よい空気が漂っていて、そして心が安らぐ。
いつもここだけが春の陽気に包まれているようで、生き生きと芽吹く緑のような清々しささえ感じられる。
生まれ育ったお師匠の屋敷にいた時でさえ、そんなことを感じたことはなかった。
ここだけが…おまえがいるところだけが…私を安らかにさせる暖かさを持っている。

握りしめられた手をほどいて、そっと両手であかねを抱きしめた。
「ね、暖かい甘酒作って、一緒に飲みながらお庭眺めません?暖まりますよ?」
「…そうだな。良いかもしれない。」
するりとあかねのぬくもりは私の腕をすり抜けて、その姿は厨房へと消えていった。

酒で身体を暖めなくても、寒さはここなら感じられない。
おまえという存在がここにある限り、私は二度と寒さを感じることはないだろう。
おまえがそばにいてくれれば、私には冬は訪れない。

粉雪をどれほど集めても、どんなに雪に覆われたとしても、おまえのぬくもりが永遠の春を呼ぶ。
私の春は、どこよりも優しい。




-----THE END-----



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Megumi,Ka

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