White Snow Flowers

 001
雪が降り始めたのは何日前だったろう。
時には粉のように、またある時はぼたん雪。気付けば目に映る景色は殆どが白に染まって、常緑樹には白い花が咲いたかのように見える。
「例年になく雪が多いですわね」
戸の隙間から見える庭を覗きながら、藤姫がつぶやいた。
年頭の雪は珍しくないが、今年は量が多い方だと京生まれ京育ちの彼女は言った。

「おお寒い。火桶がいくつあっても足りませんわ」
冬は苦手。花も少なく華やかさに欠けるし、何より寒いのが頂けない。
早く暖かな春が来てくれれば良いのに、とぼやく女房に詩紋が声を掛ける。
「寒いから美味しく育つ野菜もあるんですよ」
「まあ、雪に覆われていても味が良くなるのですか?」
「うん。例えば大根とか…」
春夏と比べたら生育は遅いし種類も限られる農作物だが、冬の寒さに順応しているものも少なくない。
特にカブや大根などアブラナ系は、越冬で味に甘みが増すものが多いようだ。
「そういえば、羹の大根は美味しいですわね」
「熱々でホロッと柔らかくてね〜」
目の前が湯気で見えなくなるくらい熱く煮込んだ大根や汁物を、火傷しないように注意しつつ味わう冬の食卓。
寒さが厳しければ厳しいほど、体内に浸透する熱の感覚が心地良さとなる。
今宵はさっそく大根を使うことにしよう、と女房たちと話していたところに頼久がやって来た。
「失礼致します。これから雪下ろしを始めようかと思うのですが」
「えっ、今からですか?」
今日は止む気配はなさそうだし、払ってもまた積る。
何よりも、雪まみれになってまで寒い中を作業する必要はないだろう。屋根が潰れるほどの積雪でもないのだ。
「取り敢えず今は体力を温存して、少し暖まってください」
そう言ってあかねと詩紋は、火桶の前のスペースを一人分空けた。

雪の降る日は来客も少ない。
当然こちらも外出は不可なので、屋敷の住人以外と会うこともない。
「天真先輩、どうしてるかなあ」
昨年の秋、地道に作業を続けていた空き家の修復が終わった。それを機に天真はこの土御門家を出て、妹の蘭と共にその家で暮らしている。
その後も度々こちらに顔を出したり、あかねたちが向こうへ出掛けたりしてはいたが、雪が続くようになってからは機会がなくなった。
現代なら電話かメールで現状を確認出来る。しかし京では無理だ。
せめてこの雪が止んで、もう少し足場が楽になったなら。
凍えるくらい寒さ厳しい中を好んで出歩く者など、そういるわけがない…と思うのだが例外もいる。
「あかね様、橘少将様がいらっしゃいました」
女房が開いた戸の向こうに、羽織っていた薄藤色の衣を畳む彼の姿があった。
「相変わらず今日も雪が凄いね」
とか言いながら、彼はほぼ毎日土御門家を訪れる。
出仕のついでと言いながら、悪天候の中を寄り道するのだから相当だ。
「友雅殿、まずは手を暖めて来て下さいませ。神子様に冷たい指先で触れては困りますわ」
あかねの頬に手を伸ばそうとした友雅を、阻止する藤姫のやや厳しい声が。
しかし用意周到な彼のこと。女房が援護射撃をする。
「それならご心配いりませんわ、藤姫様」
朝夕冷え込んできた頃、女房に湯桶を用意して欲しいと友雅は頼んでいた。
あかねの部屋に渡る前に湯に手を浸し、暖めておきたいからとの理由で。
牛車の音が聞こえ従者から到着を告げられると、湯桶で友雅を出迎えるのが女房たちの習慣になっていた。
「姫君に寒さを感じさせたりしないよ。心も身体も、ね」
遠慮することなく、あかねの頬に友雅の手が触れた。
いつものように指先までも、じんわりと暖かい。
「で、皆揃って雪を愛でながら何を話していたのだい?」
「天真くんたちのことです。しばらく会ってないから、どうしてるのかと思って」
言われてみれば連日ここに来ている友雅も、ここ最近天真を見かけていなかった。
人一倍賑やかさを醸し出していた天真だから、屋敷が静かだなと感じたのはそのせいか。
「明後日くらいから天候も回復すると聞いているし、そうしたら訪ねて行ってみてはどうかな」
友雅の言う通り、方法はそれしかない。
もうしばらく待ってから、みんなで町に出掛けてみよう。


土御門家を出ると、友雅を乗せた牛車は朱雀大路へと向かった。
だが、いつもの道とは逆に進み、更にそこから裏手に曲がり路地を入り……。
多くの市が並ぶ町中も人通りはなく、しんと静まり返っている。
長屋が続く一画に、真新しい手直しを施された家がある。
友雅は衣を頭から羽織り、車を降りてその家の戸を叩いた。
「はいはいはい、どちらさんですかー……って!何でおまえ!!」
中から顔を出した天真は、目の前に突如現れた友雅の姿に驚きを隠せなかった。
「最近顔を見ていないから、どうしているのかと気になってね」
「おまえがそんな理由で来るとは思えねえ…。あかねが絡んでんじゃねーの?」
「察しが良いね。半分は正解だ」
やっぱりな、と立ち話しているところに、蘭の声が奥から響く。
「ちょっとお兄ちゃん、中に入ってもらってよ!寒いじゃないの!」
つい友雅は苦笑してしまった。
予想は着いていたが、やはり心配など必要なかった。
冬の寒さなど関係なく、彼らは相変わらず元気なようだ。
「入るか?麦湯くらいなら出せるけど」
「いや。君らの様子を見に来ただけだし、これから出仕なのでね」
以前の友雅ならこんな悪天候の日は、適当な口実を作ってあっさりサボりそうなものだが、あかねの件で帝に多大な尽力を頂いた手前、宮仕えの立場としては気を引き締めざるを得ない。
何せ京では、帝があかねの保護者的存在なので(よく考えるととんでもない話なのだが)。
「晴れたらまた屋敷に顔を出すと良い。君らと会えるのを楽しみにしているようだから」
「ああ、よろしく言っといてくれ」
天真と簡単な会話を済ませ、友雅は再び衣を纏った。

わずか数分の間に雪の粒子が細かくなった気がする。そろそろ峠を越えた証か。
足早に車へ戻ろうとした時のこと、彼の目に奇妙なものが映った。
それは大きな雪玉が縦に二つ重ねられてあり、上の雪玉には小石などで顔のような飾りが付いている。
一体これは何だろう?初めて見るものだ。
仏像…でもなさそうだが、人の形に見えなくもない。
「友雅様、如何なさいましたか」
立ち尽くしていた主を不思議に思ったのか、従者がこちらに駆け寄って来た。
その彼も重なった雪玉を見ると、首を傾げた。
「君も知らないかい?」
「はあ、見たことありませんね。まじないか何かでしょうか」
まじないの代物か。それなら泰明に聞けば分かるかもしれない。
だが…
「どことなく、可愛らしいですね」
朴訥とした風貌のせいか、雪が吹き荒ぶ中でも眺めていると心が和んでくる。
悪霊を祓うためというよりも、賽の神を具現化したと言う方が納得出来る佇まい。
まあ、嫌な気は感じないので特に問題はなさそうな気はするが、念のため泰明に尋ねておこうと友雅は思った。



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Megumi,Ka

suga